21話 帝国近衛騎士団
足下には敵の傭兵、そしてウィルフリードの兵士たちの死体が転がっていた。
しかし、私は不快な気持ちが全く浮かんでこなかった。それ以上に、援軍が来たという希望が大きい。
まだ辺りには数十人程の兵が戦っていた。歳三やゲオルグたちの姿はなく、本隊は入れ違いで北へ向かった様だ。
「援軍が来た!私たちは彼らを先導する!皆の者、ここを死守してくれ!」
「おぉぉぉぉ!!!」
私がそう叫ぶと、味方は一層勢いを増して相手に斬りかかり、逆に敵は次々に逃げ始めた。
北門の方から轟音が鳴り響く。遂に壁が崩れ落ちる音がする。確認できないのがもどかしいが、少なくとも状況は確実に悪化していた。
「タリオ急げ!」
「分かってますよ!」
今は義勇兵の奮戦を祈るしかない。もうすぐ歳三たちも着くはずだ。
そして、私がこの援軍を導くのだ!
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援軍の旗手が旗を振るのが見えた。どうやら私たちの存在に気づいたらしい。
「良し!北へ向かうぞ!」
私は旗を北へ向けた。その意味を察したのか、先頭の騎兵が進路を北へ変えると、全軍が北へ向かい始めた。
段々と背後から聞こえてくる、馬が大地を踏みしめる音が大きくなってきた。
私が後ろを確認したその時、近衛騎士団がすこし左右に割れ、中央から明らかに装備の質が違う一騎が出てきた。
グングンと近づいて来たそれは、すぐに私たちの横に並んだ。
「私は帝国近衛騎士団、団長のヘルムート=ヤーヴィスだ!君はウィルフリード家の人間か?」
団長を名乗る彼は、他の騎兵がランスを装備しているのに対し、腰から長剣を提げていた。
「私はウルツ=ウィルフリードの嫡男、レオ=ウィルフリードです!援軍感謝申し上げます!」
私は轟音の中、声が届くように腹の底から叫んだ。
「ウルツ殿の息子であったか!その歳にして自ら出陣とは、流石は帝国の英雄の息子だ!」
「ありがとうございます!ですが私の力ではどうすることも出来ず、もうすぐ北門も破られるでしょう!」
「なるほど、それで先導しに来たのか!状況は把握した!兵力を集めるために近隣領主の軍を集めていたら遅くなってしまい申し訳ない!」
「いえ!皇都から直々の援軍を下さった皇帝陛下に改めて忠誠を誓います!」
私はヘルムート団長に敵の兵力、編成、その他知りうる全ての情報を伝えた。
「了解した!ここからは我々にお任せ願おう!次期領主殿は安全なところへ避難するのだ!」
「どうかウィルフリードをよろしくお願いします!!!」
私は顔にぶつかる風と砂で口がカラカラだったが、それだけは一層大きな声で伝えた。
彼は少しスピードを落とし、再び隊列に加わった。それと同時に左右に開いた騎兵も元の位置まですぐに戻った。この規律にすら精鋭の鱗片を見いだせた。
それから少しすると、北門が見えてきた。
攻城塔は、壁上のバリスタからの応戦の甲斐あってか未だに乗り込めていなかった。しかし、やはり壁は崩れていて、辺りに散らばる壁を成していた岩が堀を埋めている。
木製の跳ね橋は燃え落ち、門にも穴が空いていた。
流石にこの距離では目視で兵たちの動きまでは分からなかった。だが、外で戦闘している所を見るに、まだ完全に破られたわけでは無さそうだ。
「タリオ!私たちが居ても彼らの邪魔になるだけだ!」
「西門まで引き返しますか!?」
「いや、歳三たちが心配だ!私たちは援軍の横に着こう!そしてそのまま歳三たちと合流するんだ!」
「分かりました!」
タリオは手網を引き、左に逸れながら減速した。右手を大軍が駆け抜けていく様は圧巻であった。
私たちは歳三や兵たちの無事を願いながら、いや、この中で無事など甘すぎる願いだと知りながらも、そう願いながら援軍の少し左横に着いて北門へ向かった。
次第に北門周辺の様子が分かる距離まで来た。
崩壊した壁からは防御網を食い破ろうと敵が集中して攻撃を仕掛けている。応戦するのは義勇兵がほとんどで、力量の差から押されつつあるのが見えた。
その外側では歳三たちと見られる部隊が突入部隊を横から攻撃しているが、逆に半分包囲され壊滅の危機に瀕していた。
あと数分援軍が遅れていたら、少なくともウィルフリードは兵士、冒険者、傭兵の大部分を失っていたであろう。
敵が馬の駆ける音に気がついた頃にはもう遅かった。
先頭の近衛騎士団は魚鱗の陣形を取り、一気に加速していく。近隣領主部隊との距離はどんどん離れていく。
「タリオ!私たちは街の方へ避けよう!」
「はい!」
近衛騎士団はランスを構える。そして敵陣のど真ん中を突っ切って行った。誇張するわけでもなく、本当にランスに突き上げられた敵兵が宙を舞った。
当然、迎撃の体制など整える暇もなく包囲陣の脇腹を抉られた敵は大混乱に陥った。もはや指揮系統はまともに機能していない。
すぐにその後ろから近隣領主軍も攻撃を始める。
弓騎兵は攻城兵器を操作する敵兵を集中して狙い撃ちにした。
攻城塔のがら空きの後ろから矢を撃ち込まれ、敵兵がボロボロ落ちてくる。カタパルトを操作していた敵兵は兵器を放棄して敗走する。
軽騎兵は剣を抜き、近衛騎士団が突き飛ばした敵兵にトドメを刺す。混乱し逃げ惑う敵兵を駆け抜けざまに背中を斬りつける。
五百程の近衛騎士団はそのまま丘の方にある敵本陣の方へ突撃して行った。恐らく、逃げられる前にファウルの領主を捕らえに行くのだろう。
残った千五百程の援軍は、戦場を駆け回り敵をそれは一方的に虐殺していった。
私は後ろを見ながらその景色を眺めていた。
この、胸から込み上げる不快感は、馬に揺られて酔ったのか、それとも無惨な光景に……。
そんな事を考えていたが、タリオの叫びが私の思考を遮った。
「レオ様!あれは我が軍の攻撃隊の様です!」
タリオが指を指す先には崩れた壁の下で戦う兵士たちがいた。
「歳三たちを探すぞ!」
「はい!」
一目でその戦いの苛烈さを物語る死屍累々の数々と血溜まりに、一抹の不安がよぎった。




