221話 遺志
無差別爆撃作戦が開始されて二日。国内でも動きがあった。
「──レオ様、魔王領よりウィルフリード軍が皇都まで帰還しましたにゃ。 そして代表のアルガー=シュリン様がレオ様にお会いしたいといらっしゃってますにゃ……」
「……! アルガーが!? もちろん会う!」
私は久しぶりに略礼服に着替え応接室へ向かった。
そこには左手の小指と中指、右手の薬指、右目を失ったアルガーの姿があった。そんな彼の満身創痍な様子は、魔王領での壮絶な戦いを物語っていた。
「レオ様……!」
「生きていたのだなアルガー……」
私の姿を見たアルガーは私に駆け寄り、そしてその場に崩れ落ち私の脚にしがみつくように泣き出した。
「申し訳……! 申し訳ございませんでしたァッ……!」
「やめろアルガー」
「私が死ねば良かった! 私が最後まで残り死ねばよかった! そうすればウルツは……!」
「やめろアルガー。顔を上げてくれ」
近くで見るアルガーの顔は酷いものだった。端正な彼の顔には目元以外にも無数の傷があり、髪の毛で隠れている額には未だ癒えぬ生々しい刀傷が見えた。
「お前の気持ちは理解できる。副将として、そして父の戦友として、私よりも長い年月を共に過ごした。もしかしたら私よりもお前の方が悲しんでいるかもしれないな」
「レオ様……」
「お前が生きていて良かった。……タリオはこんな思いをせずに済むのだからな……」
戦争になれば誰もが大切な人を失う。それが今回は私で、タリオではなかった。
ただそれだけの話だ。
「聞かせてくれ、父上の最期を……」
「はい……」
私たちはソファに腰掛ける。
それから少しして、アルガーは重たい口を開いた。
「……私たちは魔王領のより深くまで探索を敢行していました。そこは霧が濃く、見通しの悪い場所でした。また魔素の濃度も高く、魔力を感知することも難しかったため、はぐれないよう密集陣形で進んでいました」
傷で動きが悪いのかアルガーは歪な瞬きをしながら、一つ一つ思い出すようにゆっくり言葉を続けた。
「王国軍が迫っていることは直前まで気が付けませんできた。私たちは正面のオーク三十体に気を取られていたのです。……王国軍が攻撃を仕掛けてきたと分かったのは、三万の敵兵に完全に包囲されてからでした」
一万対三万。いくら強力なウィルフリード軍と言えど、大砲も持ち込めない魔王領で三倍の兵力差を覆せるほど王国軍も弱くない。
「何度も魔物と交戦し消耗していた我々はすぐに瓦解。脱兎の如くひたすら散り散りに敗走を始めました。……その時、ウルツと私の集団が敵軍に包囲されました。完全に逃げ場はなかった」
アルガーも諦める状況。それがどれほど無惨な戦いだったかは想像に難くない。
「私たちは死を覚悟しました。しかし敵軍は一転、我々を殺そうとしなかった。そう、生きたまま捕縛しようとしたのです」
「……人質か」
「はい恐らく……。それを察したウルツは、自らの死をもってして私たちを助ける道を選んだのです。……人質となり、レオ様に迷惑をかけないように……」
「…………」
父らしい考え方だ。
「ウルツは最後の魔力を振り絞り、一方向に敵軍の穴をこじ開けました。……そして自らの胸に魔剣を突き刺し……魔力暴走による大爆発で多くの敵軍を道ずれに、壮絶な最期を遂げました……!」
「……そうか…………」
父は決して敵軍に辱められることなく、見事な死に際を演じきったのだ。死を美化するつもりはないが、父は味方を救い、敵を少しでも減らし、誇りと共に散っていったのだ。
「これが、逃げる時に偶然見つけた、唯一の形見です……」
そう言ってアルガーはポケットから小さな金属片を取り出した。
それは爆風で焼き焦げ、欠けも酷かったが、間違いなく父が先帝から賜った帝国最高位勲章、王国との戦争で英雄と呼ばれる活躍をした父にだけ与えられた唯一無二の特別な勲章だった。
「……そうか。本当に父は、死んだのだな……」
父が片時も外すことのなかったその勲章を見た時、父がもうこの世にいないのだと、私は心の底から実感した。
それと共に、止めようのない涙が込み上げ、私の頬を濡らした。
横に座るエルシャは、ただ私に寄り添っていた。
「結局私は一度もあの背中に追いつけることなく、二度と追いかけることもできなくなったのだな……」
私は冷たい金属片を握りしめる。それは決して私の心を癒してくれることはなかったが、骨すら残らず、何に祈ればいいのか分からなかった私は、ただ、無機質な金属片を両手で握りしめることしかできなかった。
「──レオ様、ルイース=ウィルフリード様がお着きになられましたにゃ……」
「……母上!」
「ルイース様……」
「レオ、アルガー……」
久しぶりに見た母の顔は、酷くやつれているようだった。
そして母も私たちの様子を見て、全てを察したように静かに涙を流した。
「すまないミーツ、外してくれ」
「は、はいにゃ……」
「私も──」
「駄目だエル。お前ももう、家族だ」
「……そうね」
私たちは失くしたものを数え、その思い出までが消えてしまわないよう、胸の奥に大切にしまった。




