214話 経済戦争
「申し訳ありません。私のスキル『神算鬼謀』は歴史上全ての戦争を覗き見することができるのですが、残念ながら経済戦争であったり受験戦争であったり、戦争の名を冠してはいても本義での戦争ではないものは見ることができないのです」
「心配には及ばないさ孔明。分かりやすく言えば、圧倒的な経済力で敵国を叩きのめせばいい。それが現代の戦争のあり方だ」
大国が他国に掛ける圧力は二つある。それは軍事力と経済力だ。
直接殺されても国は大変なことになるが、経済が潰されれば結果として国が崩壊する程の攻撃になる。
「通商破壊とは違うのか?」
「……通商破壊も最終手段としては選択肢に残しておこう。しかし私の本当の狙いは敵国に損害を出させることではない」
ルーデルは若干食いついたが、自分の任務がなさそうだと悟るとまたつまらなそうに空を眺め始めた。
「これを機に一気に帝国を豊かにする。富国強兵だ。蒸気機関を利用し工業製品の大量生産を行う。経済のシステムを根本から改革しモノに溢れた国にする。もはや他国が我々に対抗するのを諦めるぐらいの国力をつければくだらない争いも起きなくなるだろう」
「開国派の連中も似たようなこと言ってたなァ……。ま、国が豊かになるのはいいことだ。飢えた同胞なんて見たくないしな」
「正直に言って他国の時代錯誤な考え方に付き合うのも馬鹿らしい。自国のためになることを全力で取り組めば、結果として他国を追い詰めることになるという状態が一番望ましい。……他国で思い出したが、脱出の際に捕まえた捕虜はすぐに逃がしてやれ。あれを理由に攻め込まれても面倒だ」
「分かりました」
皆が私の方を見て次の言葉を待っている。
今回ばかりはこの世界のプロフェッショナルたちも、各英雄たちも頼ることができない。現代を生きた私だからこそ世界情勢から学んだ知識をここで活かすのだ。
「これより指示を伝える。心して聞くように」
「…………」
「孔明、内務省としてこれから伝える全ての省庁の調整を頼む。それと、孔明個人にお願いしたいことがある。それは天候操作だ。お前の仁義に反するかもしれないが、今年だけでもどうにか頼む。凶作などに足を引っ張られたくない」
「成程、……了解致しました。摩頂放踵し、必ずや史上一の収穫高をご覧入れましょう」
孔明は袖の下で腕を組みお辞儀をした。
顔が少し陰っていたのが気がかりではあるが、孔明ならきっとやってくれると信じている。
「ヘクセル。前回見せてくれた生活魔導具。あれを量産化できるように更なる改良を加えてくれ」
「わわわわ分かったよ……」
今日は眼鏡を掛け前髪のやけに長いヘクセルは、手をモジモジさせながらそう返事した。
「ザーク、シフ。お前たちが一番重要な役回りだ。……蒸気機関による産業機械を完成させろ。それと蒸気機関車だ。人の移動が活発になれば金も回る。私やルーデルの書いた外見からなんとか仕組みを解明してみてくれ」
「やるだけやってみる」
「ドワーフの名にかけて、その技術力を証明してみせる」
ドワーフと帝国の技術者たちはここ数ヶ月休まることを知らない。だが彼らはこれからもっと忙しくなるだろう。
「ナポレオン、国立銀行からの大規模な投資を行う。新たな工場制機械工業に取り組む商人たちには長期間低金利での融資だ」
「工場建設についていくつか法律も制定しよう」
革命時に兵を失ったため軍事費は削減され新通貨も発行し、今はある程度予算に都合がつく。
減った兵数分は兵器と練度で補えば良い。
「歳三、ルーデル。陸軍と空軍はとにかく新兵器の訓練だ。近代軍としての完成形を作り敵国の侵略に備えよ」
「おう」
「了解だ」
弓から銃へ、投石器から大砲へ、魔法から爆弾へ。いずれも元から使っていたものも併せて作戦に組み込むが、やはり強力な新兵器を手足のように使えた方が圧倒的に強い。
「アルド、情報局は国境警備を怠るな。仮に怪しげな動きを見たら報告し、かつ阻止しろ。前回の失態を挽回するようにな」
「は……! 頂いた機会、決して無駄にはしません……!」
情報戦ではこちらが圧倒的に有利だ。敵が何日もかけて伝令を走らせている間に、私たちは通信機により一瞬で連絡が可能。
アルドの気合いの入りようを見ても、侵略に怯える日々を過ごす必要はなさそうだ。
「私からは以上だ。細かい指示は孔明に仰げ。各省庁は緊密に連携し、私の要求を上回る報告を期待している。──これにて解散!」
「ねぇ、今度の遠征は私も連れてって」
「駄目だエル。みすみすと君を危険に晒すことはできない。私が今回どんな危ない目に遭ったか聞いているはずだ」
「危険だからよ。貴方がもう帰って来ないかもしれないって思いながら待たされる女の気持ち、考えたことある?」
「…………」
エルシャはいつも枕元で核心を突いたことを言う。
「貴方が孔明を連れて行かなかった理由、当ててあげる。自分が死んでも国が回るようにでしょ? ……だから私にも死んで欲しくない。権威付けである皇帝家の血筋を失いたくないから」
何も言い返すことができなかった。
「死ぬなら一緒がいい。貴方だって死んでしまえば、国なんてどうでもいいでしょう? ──キャッ!」
「あまり我儘を言って私を困らせないでくれ……!」
「乱暴なのも別に嫌いじゃないわ。でも……、貴方の優しさの傍で眠らせて……」
そう泣き縋る彼女の姿は、皇帝家の一人ではなく、たった一人の少女であった。