211話 決裂
楕円形のテーブルを囲うように椅子が置かれた部屋の中には、王国の人間が十人、アキードの人間が二十人いた。
「帝国の方は奥にどうぞ」
帝国の席の左に王国、右にアキードという席順だ。
帝国は扉から一番遠く、日本的な間隔からすれば上座だが、両側を敵の陣営の人間が固めているという状況はかなり気分が悪い。後ろは変な模様の壁で逃げ場などない。窓も遠くハオランたちの助けもすぐにはこれない。
「陛下、どうぞこちらに」
「ああ」
団長は五つの空席の真ん中の椅子を引いて私に差し出した。ここが一番安全だろう。
その左右両脇に歳三と団長、外側にナポレオンとルーデルという席順となった。
「いや〜、アキードは人数が多くてすみませんねぇ〜。なんせ各地域の代表が集まらないと話が進まないもんで。その点帝国さんは陛下おひとりで全て決められて、人数も少なく済んでほんま羨ましいでんな〜!」
「国によって制度が違うのは当然のことだ。そんなことより早く会合を始めよう」
「……はいはい。それじゃ、まずは自己紹介からやな」
ヘンドラから順に自己紹介が始まった。
この場にいる中で私が知っているのはヘンドラ、ディプロマ。それと王国からはプリスタが来ている。
「──では次に早速本題に入らせてもらうで。ズバリ、今回の会合の目的は帝国に対する制裁についてや」
「制裁だと?」
いきなり不穏なワードが飛び出してきた。
「そうや! 帝国の新兵器の数々は手に負えない! たまたま近くでこの前の戦争を見ていたうちの商人も腰を抜かすほど怯えていたわ!」
「待て、ディプロマ殿から聞いていないのか? 私はその兵力を魔王領調査や小国の独立保障といった方向に使おうと提案したんだ」
「そんなん信じられんわ。せやろ、王国はん?」
「そうだ」
「その通り!」
「まったくだ」
ヘンドラの呼び掛けに王国の人間が口々に賛同する。
しかしプリスタとディプロマは苦い表情で沈黙を貫いていた。
「信頼されないような行いをかつての帝国が行ってきたということだろうか。例えそうだとしても、今の帝国はその力の使い方を誤ることはない」
「ならお互いに同じだけの兵器を持っていたらいい。使い方を誤らなければそれでいいならな! 誤った使い方をした者を確かに止めるだけの力を全ての国が持つべきや!」
相互確証破壊のような理論か。互いに同じだけの破壊的な兵器を持っていれば、戦争になった際は互いの国を破壊し合い共倒れするため、そもそも戦争にならない。
元の世界ではこれは核兵器運用の核抑止の考え方だが、この世界では高々カノン砲でもそこまで恐れられているようだ。
「悪いがそれはできない。だがそちらも自国開発で新兵器を生み出したとて、我々はそれを非難することはない。それも立派な技術の発展だからな。……膨大な時間と費用を費やしやっと生み出したこの兵器を簡単に渡すことはできない。それはうちの研究者や技術者を愚弄することと同義だ」
「それでは話は進みませんな」
ヘンドラは腕を組み不満そうな顔で椅子にだらしなくもたれかかった。
「王国としては、帝国による侵略行為の激化を懸念する」
王国連中の中で一番の若者が声をあげた。
「帝国から王国に侵略行為はしないと約束しよう。そのための条約を結びたい。それが、プリスタ殿からも聞いているであろう相互独立保障なのだ。三者のうち一人が侵略を行ったら、残りの二人がその一人を倒す。そんなパワーバランスが一番丁度いいでしょう」
「ならやはり帝国の兵器を各国が持つべきだ」
「駄目だそれはできない。強力な兵器を他国に渡して自国民を危険に晒す訳にはいかない」
「それはこちらも同じことだ」
このような押し問答を何度も繰り返し、結局話は平行線だった。
「──では独立保障を含めた同盟の話は一旦保留としよう。話し合うべき問題はそれだけじゃない。例えば貿易だ」
「残念やけど、帝国はんに兵器の材料となる魔石や鉱石は渡せませんな」
「それは、帝国に対して禁輸を行うということか?」
「いやいや、今まで通り剣や防具はお売りしますよ」
「不要だ。溶かしてもいいがお互い二度手間なのでやはり原料での取り引きを希望する」
「お断りします」
アキードとは一切話にならないようだ。
「……では、王国はどうですか?」
「王国としても協商連合の考えを尊重する」
「つまり王国も帝国に対して禁輸を行うと」
「そうだ。……そして我々王国と協商連合は強大な軍事力を持つ帝国に対抗するべく、軍事同盟の結成を宣言する」
「そ、それは……、本気で言っているのか……?」
プリスタが頭を抱える横で、王国の代表の一人が声高らかにそう宣言する。
ナポレオンとルーデルは眉ひとつ動かさなかったが、歳三と団長はいつでも動けるように体を強ばらせていた。
「馬鹿馬鹿しい! では最初からこの会合は茶番だったのだな!」
「そうです陛下。残念ながらね」
「……こちらこそ、分かり合えなくて残念だよ」
「大変申し訳ありませんが、陛下にはご退場頂かなければなりません」
「言われなくてもそうするさ! 帰らせてもらおうか!」
私がわざと外に聞こえる程大きな声でそう言いながら立ち上がった、その時だった。
突如として扉が開き、アキードの人間がなだれ込んできた。これらの手には妖しく輝くナイフが握られていた。
「陛下。短い天下ではありましたが、表舞台からご退場願います」




