207話 道中
道中は極めて平穏であった。
それもそのはず、私たちには強力な露払いがいた。
と言うのも先の遠征メンバーに挙げていない者たちがいる。アルド率いる帝国情報局の一行だ。
『レオ様、もうすぐ帝国を抜けます』
「了解だ。ここから先は警戒を強めろ」
『は。それでは先行偵察へ向かいます』
空からは空軍が、陸では情報局が完璧な偵察を行っている。魔物はもちろん、ネズミの一匹すら私には近づくことができないだろう。
「……それにしても早いな。かなり予定を繰り上げているぞ」
『これでも別に無理をさせている訳ではない』
「それはそうなんだが……」
休憩はきちんと取っているのだが、皇都から帝国を出るまで従来は五日かかるはずが、三日目の今日に国境を越えてしまった。
馬は未舗装の道であっても軽快な足取りを乱すことはないし、長時間乗っている人間の方も皆何故か疲れは感じていない。
悪いものではないからいいのだが、原因不明のふわふわした高揚感に包まれなんとも不思議な感じである。
何はともあれ皇都から真っ直ぐ南下するだけでアキードに着き、そこからも街と街を繋ぐ街道を辿れば良いので本来はそれほど危険な道程ではない。
はずなのだが……。
『……陛下、検問のようです。アキードの……、あれはノラヒの旗印でしょうか……。そちらに向かっています。どう致しますか』
アキード領内を少し進んで早速アルドから連絡があった。
「皇帝旗を掲げているのにわざわざ検問……? まあ招待状を見せれば問題ないだろう。気にするな」
『了解しました』
「……団長、恐らく検問があるらしい。向こうの招待状を見せて通して通して貰ってくれ」
『は!』
アキードと帝国は戦争をしたことがないし、接している国境が長すぎるため特に柵や明確な仕切りなどは設けていない。
それなのにこんなに早く越境を察知できるものだろうか。
私は一抹の不安を覚えた。
そしてその不安はすぐに形となって襲ってきた。
「──待て! それ以上近づくな! そちらは陛下のいらっしゃる馬車だぞ!!!」
外から団長の怒号が聞こえてくる。どうやらただ事ではないようだ。
「ナポレオン、外はどうなっている?」
『問題ない。馬車から出るな』
皇帝が乗る馬車は強力な反魔法防護が付与されており、この中にいれば大抵の攻撃に対して安全である。
しかし馬車から出なければ、小さな覗き窓から外の様子を伺うことしかできず、なんとももどかしい。
『……レオ、最悪の場合の交戦許可を』
「……許可する。だがまずは拘束を優先しろ」
『──南東5km先から約300、野盗らしき集団がやって来ている』
『西方3km先から約100の男たちが見える』
『南数km先、約1000程待機している集団があります』
竜人たちから続々と偵察情報が送られてくる。
『陛下! これは検問を装った野盗による襲撃です!』
団長は焦りを隠せない様子でそう私に言った。どうやら平和に話し合いはできなかったらしい。
「本当は他国で戦闘は避けたかったのだがな……。致し方あるまい。きちんと犯罪者を取り締まらないアキードが悪いのだ。──やれ」
私が命令を下した瞬間、バババババババン! と連続した爆発音が響いた。
『レオ様、終わりました』
そう淡々と告げるのはタリオだった。
「流石だな。……アルド、その辺に転がっている死体から詳しい身元など調べろ。調査が済んだらヒラーノへ盗賊の一行として突き出せ」
『了解しました』
「ルーデル、ハオラン。お前たちは三号航空爆弾を装備し遠方からやって来る敵にぶつけてこい。訓練されていないチンピラなら小型爆弾とはいえ初めて見るそれに驚いて逃げていくだろう」
『了解した』
「ナポレオン、私たちは他の賊に絡まれない内に先を急ごう。時間的に余裕はあるがまたこのようなことがあるかもしれないからな。早く行動して悪いことはない。
『そのつもりだ。──進め!』
ナポレオンの指揮で隊列は再び動き出す。
なんとも幸先の悪いアキード初来訪の出だしに、私は若干暗い気持ちに包まれた。
「……なあ、なんで襲われたと思う?」
『……そりャ、俺らが帝国の旗を掲げていたから金目のものをを持っていると思ったんだろ』
「しかし、よりにもよって皇帝を襲うか? 盗賊にしては大所帯とはいえ、いくらなんでも勝ち目がなさすぎるだろ」
『アキードの盗賊の学力なんて知ったことないが、奴らには皇帝旗も普通の帝国旗も見分けがつかなかったんだろだろ』
「確かに色は同じだが……」
歳三は軽い口調でそう言いのけた。
……だとしても近衛騎士団の物々しい装備を見てもなお、無謀な戦いを挑むほど彼らも馬鹿ではないはずだ。一応彼らはそうして生きているのだから。
『気にするな。時が来れば分かる』
「そうだな……」
結局は調査が終わるのを待つしかない。
私の心配も急に終わり無事にアキードでの会合が済めばいいのだが……。