205話 帰宅
「ああそれと、屋外実験場では新しい魔導カノン砲の射撃実験とある新兵器の実験を行っている」
「ほう」
シフが面白そうなことを口に出した。
「しかしカノン砲だが、馬で引ける重さに限界があるから、性能にも制限がどうしてもな……」
この世界の馬は比較的図体が大きく力も強いが、それでも引ける重さは200kgが限界。さらに長時間の行軍となればその半分の重さまでがいい所だ。
二頭、三頭と頭数を増やすにも限度があるし、私は物理には弱いが、車輪をつけたとしても自衛隊や米軍が使うような数トンもある榴弾砲を馬が引けるとは思えない。
「──では蒸気機関の開発はどうなっている?」
内燃機関は無理でも蒸気機関なら比較的構造が簡単だ。機関車があればどんな重たいものでも輸送できるようになるし、何より蒸気機関があれば産業革命が達成される。
「そいつにはまだ時間が欲しい……。仕組みは理解できたが、どうしても水蒸気が漏れない精密な造りに手間取っている。下手なものだと爆発する危険もあって思うように進んでいないのが現状だ」
「そうか。ドワーフの腕は信頼している。いつかモノにしてくれ」
「ああ」
「……それで、例の新兵器とやらを見てみたいのだが──」
「あ」
「ん?」
その場の全員が私の後ろを見て固まった。
不思議に思った私は振り返り、その現実に直面するのだった。
「……や、やあ孔明……」
「こんにちはレオ。随分と楽しそうですね」
孔明は満面の笑みでそう言うが、目だけは全く笑っていなかった。
「あ……、ああ…………」
「はぁ……。良いですか? 御璽を使えるのは貴方だけです。そして婦人会と言えど皇帝として顔を出すべきです。妻に恥をかかせるのですか? ──さあ早く帰りましょう」
「うぅ……」
私は皆に同情の目を向けられながら製造産業局を後にした。
外では無数の兵士、近衛騎士、馬車が集まっていた。
その隅でカワカゼが深くフードを被り俯いている。その横の歳三は肩を竦め首を横に振った。
「さあ乗ってください」
孔明に促されるまま、私は皇帝用の立派な馬車に乗った。そしてあろうことか孔明まで乗り込んできた。
「出してください」
この狭い密室で、皇城まで地獄の説教タイムが始まるのは誰の目にも明らかであった。
「……レオ、どうしたんですか急にこんな勝手な真似を」
「いや……その……、暇で……」
「確かにこれまでの一ヶ月から見れば今日からは少し暇ですか、決して何も仕事がない訳ではないのですよ」
「ううむ……」
「まあ仕事が少し遅れること、それ自体はさして大きな問題ではありません。それよりも、私に黙って出ていったことが問題なのです。一言声を掛けてくれれば、先に判を押して婦人会に顔を出すように伝えられました。それから午後からは自由だったのですよ」
「……すまない。次からは声を掛けるようにする」
孔明は畳んだ羽扇で手をぱちぱち叩きながら言葉を続ける。
「そんなに暇なら何か遊び相手でもあてがいましょうか? 奥様には内緒で」
「いや! それは駄目だ!」
私が女や酒に溺れれば、それは夫婦間だけでなく国の破滅すら招く可能性がある。
「では何か趣味でも見つけてください。城の中で完結する趣味を」
「うーん……」
ろくな趣味もなく生きてきた前世が恨めしい。あれだけ娯楽に満ちた世界で大した楽しみも見つけられずに日々を送っていたのだから。
「まあ考えておく」
「じっくり考えてください。時間はたっぷりあるのですから」
「そうだな……」
それから私たちは、窓の外を流れる皇都の景色を眺めていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから私は心を入れ替え皇城で過ごすことにした。
しかし何もしないのも勿体ないので、書き物を始めた。
考えてみれば私の知識全てがこの世界にとってはかけがえのないものなのである。別に私が凄い訳ではないが、これまで人類が築いてきた知識をこの世界に残すこと、それは一種の使命のように感じた。
手頃な所から、童話や昔話の類を思い出せるだけ書いた。
書き物のリハビリが済んでからは名著をできるだけ再現した物語を幾つか書いてみたりもした。
次に現代の生活をありのまま描いた。当然この世界の住人には理解されないだろう。彼らの目にはSFにでも映っただろうか。
だがそれでいい。ここから何か閃く人がいるかもしれない。
もっと有意義なものも書いていく。
まず元の世界で起きた歴史上の事件。それを知れば歴史が繰り返すことは防げる。
せっかくなのでカントやロック、ルソーなどの哲学者、思想家たちの考えも記していった。
当然この世界は元の世界とは違った人類史を歩んでいるので、全く異なる別の思想が既に存在するが、多様な考えが存在するのは悪くない。
実現できるかは知らないが資本主義や社会主義など、社会システム自体の紹介も行う。
帝国で採用した以外の法律や憲法、国際条約など、ありとあらゆる政治的知識も残しておく。
これらが役に立つのは数十年後、国民全体に教育が行き届いてからだろう。それまでは一部の知識人の間で理解を深められればいい。
もしかすると在野の知識人が私の考えに興味を持って、私や政府に師事するかもしれない。そうすれば今の帝国にも利益はある。
与えられた仕事をこなし、空いた時間には書き物をし、時にはエルシャと戯れる。
そんな日々を送っていた。




