203話 暇つぶし
結局昨日はそんな書類仕事のひたすらに処理する一日であった。そうしないと下が動けないので仕方ないが、逆に言えば私の仕事は初日のそれだけだ。
後は各英雄や担当の者に任せた仕事の結果報告書が届くのを待つのみである。
「……歳三。急に暇になったので出掛けたい」
「あ? 何を言ってるんだ……。見ればわかるだろうがこっちはクソ忙しい。姫様にでも構ってもらえ」
歳三は慣れない書類仕事にイライラしているようだった。
「エルは貴族夫人同士の集まりがあるそうだ。私はお呼びでない。そしてあんなに忙しかったのに急に暇になったから手持ち無沙汰なんだ。……そうだな、ヘクセルの所に顔を出そうか」
「お前が出掛けるなら近衛騎士の護衛は必須だ。事前に伝えないと団長も準備できてないだろ」
「あまり大事にしたくはない。だからお忍びで行きたい」
「あァもう知らんが、カワカゼに声を掛けろ。城のどっかで近衛騎士と一緒に警備している。後から孔明に怒られても俺は知らねェからな?」
「分かった。ありがとう」
物語の中での王様は好き勝手やりたいことをやっているイメージだった。しかし、現実はそう甘くない。
この忙しい時期に自分のわがままに振り回し他人に迷惑を掛けることも厭わない性格ならどれ程楽だったか。
息が詰まる皇帝という立場に、既に若干辟易している節はあった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「悪いな、急に付き合わせて」
「いえ、歳三さんの……、ああいや、皇帝陛下の頼みですので! ……ですが他に護衛は本当に必要ないんですか? 私だけでは……」
「お前の腕は歳三お墨付きだと信頼しているぞ。さ、早く行こう」
なんとかカワカゼを見つけ、二人で深いフード付きの外套に身を包みこっそり皇城を抜け出した。皇城の外に出る抜け道は幾つもあるので、外に出る分には困らなかった。
「──それで、研究開発局ですが、ここから歩いていくと小一時間は掛かります。馬車を探しましょう」
「いや、それはやめておこう。目立ちたくない」
それに、皇都をこっそり見て回るこの状況は、少しワクワクしていた。
「では私の傍を絶対に離れないでください。怪しまれないように敢えて人通りの多い所を通ります」
カワカゼの先導で皇都を散歩する。
何気に皇都をこうして自分の足で歩くのは久しぶりだ。
政変すぐは流石に皇都の民衆も萎縮していたが、即位式とその演説の効果もあってか今では前までの活気を取り戻していた。
辺りに漂う出店のいい匂いや、目を引くガラス越しの服や宝石など、私が忘れてはいけない、庶民たちの暮らしが確かにそこにあることを再確認できた。
「着きました。ですが警備は厳重です。流石に忍び入ることは不可能かと。……どう説明しますか?」
研究開発局は製造産業局と隣接して巨大な建物群を形成している。そこでは最高機密の新兵器や時代を飛ばしかねない発明品の研究等を行っているその性質から、警備は皇城と同等かそれ以上のものがなされている。
「私が直接“通せ”と言えば良いだろう」
アポなしだが許して欲しい。
私は門番に近づく。
「誰だ貴様! 顔を見せろ!」
門番の兵士が私に槍を向ける。その声に応じて周囲の警備兵が続々と集合した。
「まあ武器を下ろしてくれ。……私だ。ヘクセルに用がある。通してくれ」
「へへへ、へ、陛下!? 何故ここに! ……ッ! た、大変失礼しました!」
私がフードを脱ぐと門番は武器を投げ捨て跪いた。他の警備兵たちもざわざわと騒ぎ出す。
「突然すまないな。ただの暇つぶしだ」
「そ、それは何よりで! ──す、すぐに陛下をお通ししろ!」
そんなこんなで一悶着あったが、無事に研究開発局の中へ入ることができた。
「──お久しぶりです、レオ様! いえ、皇帝陛下!」
「ひひひ久しぶりと言うには短すぎるね……。だだだだって昨日会った、あ、お会いしたですからね……。へへへへ……」
「邪魔して悪いなミラ、ヘクセル。……この中は安全だ、カワカゼは休んでいてくれ」
「はい」
元々あった建物を再利用しているので外観は皇都の建物らしく煉瓦造りだが、中は防火や防魔法の細工が施され、白を基調とした研究室風の内装に仕上がっていた。
「そ、それで、き、今日はどんなご用件でここまで……?」
「ああそれはただの暇つぶ──、いや、視察だ。こうして現場に赴くことで士気をあげてもらおうと思ってな」
「わざわざありがとうございます!」
ミラは勢いよく頭を下げた。一方で今日は眼鏡姿に白衣で若い女性の姿をしたヘクセルはもじもじ何か言いたげな様子である。
「そ、それで! 例のものの進捗を伺いに来たんだよ!」
「ああ、例のものですね! それならお隣の工房に!」
「そうだったか。ちなみに、もうひとつの方はどうだ?」
「も、もうひとつ、ですか……?」
適当に誤魔化しているだけなので例のものも、もうひとつのものも知らない。
「新たな生活魔導具のことだね。それなら試作品が完成しているよ。久しぶりに兵器以外のものが作れてたのしかったな」
ヘクセルは魔導具のこととなると急に饒舌になる。
「兵器も自国の民を救う立派な魔導具だ。……それで、生活魔導具はどこに?」
「……まぁそうなんだけどね。──これだよ! 見てくれ! 君からアイデアを貰って作った「魔導冷却庫」に「魔導塵吸引器」、そして「魔導急速加熱器」だ!」
「ほう、これは中々の出来だな……」
どうやら生活魔導具とは、私がヘクセルに紹介した家電製品のことだった。
これは左から順に冷蔵庫、掃除機、電子レンジだろう。
「氷魔法を魔石で再現するのには手間が掛かったよ! 特に微弱な魔力を長期的に、という問題がね。逆に加熱器はその配慮が不必要だった分、簡単にできた。……にしても、オーブンではなく料理を手軽にすぐ温めるための小さな箱というのは新しい発想だったよ! 君は面白いアイデアに溢れているのだな!」
実はどれも皇城での生活を改善したいがためにヘクセルに頼んだものだ。
冷蔵庫があれば毎時間宮廷魔導師を集めて食料庫に氷魔法を撃たせる必要もないし、掃除機があれば使用人の数も減らせる。そして何より電子レンジがあれば大量の食事をぴったりの時間に用意して、冷めたら廃棄なんて勿体ない真似を止めさせられる。
「……前言撤回させてくれ。やっぱり兵器より、こういうものが普及した方が人々は幸せになる」