202話 近代軍編成
憲法の制定の次は法律である。
しかしこれら全てを説明していると少なくとも十日はかかるため割愛する。
帝国法は各貴族が独自に定める法律より優位性がある。だが現実には、と言うか私自身も武器製造について破っていたが、あまり守られてはいない。
それは実行権力がなかったからだ。わざわざ近衛騎士団をあっちこっちに派遣はしないし、国有軍を招集するような大袈裟なこともしない。
そんな妥協的な状況を打破するのが国家保安局である。
定期的に行われる秘密調査により、その領地が犯罪者をきちんと取り締まっているか、またその領地自身が法を犯していないか捜査する。
だがそれだけでは買収などの汚職リスクは拭いきれない。
そこで活躍するのが帝国情報局である。このダブルチェックがあれば、ほとんどのことは見逃すことがないだろう。
そして万が一反抗的に法に反した行いをすれば、基本は逮捕。抵抗すれば反乱を起こされる前に暗殺なりなんなりで物事を片付けられるという寸法だ。
「……まとめてここにサインすればいいか?」
「いや、憲法にしたように、刑法・民法・商法・刑事訴訟法・民事訴訟法それぞれにサインしてくれ」
「分かった」
ナポレオンに言われるがまま、私は目の前に次々と出される分厚い本の一ページ目に名前を書き記していった。
「……では、次は軍隊だ」
ナポレオンは私がサインした法典を回収し文官に手渡すと、今度は紙の束を出てきた。
「一枚目にサインと印を。二枚目からは印だけでいい」
「分かった」
紙に目を通すと、それは軍事機密書であった。
一枚目には国軍の扱いについて、二枚目以降は上級将校の任命となっている。
「……十個師団か。こう考えると少ない気もするな」
「仕方ないです。いくら皇都と言えど、生産性のない専門軍人を十万人も養うのは厳しいものです。……曹操の屯田制度を真似るのもいいかもしれませんね」
正確な国勢調査が完了していないので過去に残された数字を信用するしかないのだが、そこでは皇都の人口は三十万前後とされている。
そのうち十万が兵士なのだから、どれだけ地方領地からの食料による納税に頼っているかが分かる。
「吾輩としては軍団規模で運用したい。これでは全く話にならない。やはり各領地から軍を取り上げて国が一括で管理すべきだ」
「そうしたいのは山々だが、いきなりは無理だろうな……」
ナポレオンが運用した軍組織。通常の歩兵軍団は三個の歩兵師団、一個の騎兵師団、砲兵師団で一つのまとまりとして運用していた。
そして帝国では分かりやすく一個師団=一万人で構成する。ただしこの一万人というのはその師団に関わる物資運搬などに充てる人員も含むので、一個騎兵師団に一万の馬がいる訳ではないので注意が必要だ。
「所詮他の貴族は、その貴族の思惑が混じった行動しかしない。軍隊にそのようなものは行動を鈍くするだけで、全くもって不必要だ」
「それは理解している。だが軍を持つのは貴族に認められた特権でもある。簡単には覆せない」
私は数百枚はある書類に次々と判を押しながらそう答えた。
「どうしてもと言うなら、指揮権はその土地の貴族に認めるがあくまでも国軍の駐屯地という扱いにすべきだ。有事には指揮権を剥奪することもできる」
「言葉では簡単だがその土地の軍の騎士はその土地の領主に忠誠を誓っている。書類上で指揮権を書き換えても従ってはくれないだろう」
「皇帝の権威はそんなに弱いものか? 違うだろう! 民は従わせるものだ!」
若干ナポレオンの悪いところが出てきているような気がするが、言っていることは間違っていない。
有事となれば少しの指揮の乱れも敗北に繋がるし、その危険を避ける為なら初めから皇帝の強権を行使することも悪とは言えない。
「確かにそれはいずれ改革すべき点でしょう。ですが就位したばかりの皇帝では何でもかんでも言うことを聞かせるのは難しいです。そこでまずは勤倹力行。真面目に仕事に向き合い、自然と騎士たちがレオに忠誠心を捧げるようになればいいのです」
「その通りだ。経済力や軍事力で皇都が他を圧倒すれば、貴族たちもその権利を自ら手放す時が来るだろう」
「……そのような回りくどいやり方をせずとも、やるべきことはすぐに始めるべきだ!」
何を言おうとナポレオン傲然とした態度を改めようとしない。
「聞いてくれナポレオン。お前の立場も決して良くはない。傍から見れば正体も分からぬぽっと出の偉そうな人間がいきなり国の重役に就いたんだ。少しずつ実績を重ねて周囲に認めてもらう必要がある」
「……」
「そしてそれは私も似たような立場だ。半分は父の七光りと妻の血縁のおかげで皇帝になれたようなものだ。そしてもう半分は他の貴族たちに力を貸してもらったおかげ。これからは私自身が成し遂げていかなければならない。──一緒に頑張ろう、ナポレオン」
「…………ああ」
そこまで私が言うと、流石にナポレオンも少し恥ずかしそうに帽子を深く被りボソリと返事をしてくれた。




