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199話 夜明け

 挨拶回りや他国との交渉に神経をすり減らした私は、残りの時間を殆ど椅子の上で過ごした。

 それでも、さっき挨拶できなかった貴族がやって来たり、贈り物を渡しに来たり、気が休まることはなかった。


 寝室に戻ることができたのは深夜、空が星に彩られる頃だった。


「……今日は疲れたわね」


 エルシャは無造作にベッドへ身を投げ出した。私も彼女の横に腰掛ける。


「だがその分収穫も大きかった」


 民は私たちを受け入れてくれた。平和を成し遂げるための提案もできた。

 これからはゆっくり国内のことに集中できる。皇帝という絶対の権力を手に入れたからには、帝国を比肩なき強国に押し上げ、他国からの干渉を無視できるだけの国に作り替えてみせる。


「明日からも忙しくなるのね」


「やりたいことが山積みだ。立ち止まっている暇はないさ」


「……じゃあ、今夜だけは、貴方の時間を私のためだけに使って」


 今日はいくつもの行事があったが、私たち夫婦にとっての結婚初夜でもあった。


「エル……」


「今はレオ=フォン=プロメリトスではなく、私だけのレオ=ウィルフリードとして」


 エルシャがその細い指先で私の袖を引っ張る。彼女の顔を見ると、月明かりに照らされた淡く朱に染まった頬が妖しく見えた。

 私は上着を脱ぎ捨てエルシャに覆い被さるようにキスをする。彼女は恥じらいに頬を一層赤くした。


 するりと抜ける彼女の艶髪に指を通し、そこにも口付けを残す。しかし彼女は待ちきれないと言った様子で私を強く抱き寄せ、「来て」とだけ耳打ちをした。

 頬に彼女の熱い体温が触れる度、私の心は燃え上がった。


 それから私たち間には、言葉は必要なかった。


 ゆっくりと流れる時の中、二人の存在を深く感じながら、これから先の未来を共に歩むことを身体に深く刻み込んだ。


 やがて疲れ果て眠りに落ちるその時が来るまで、私たちは互いを貪り尽くした。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






「──おはようレオ……」


 腕に当たる柔らかく温かな感触と共に目覚める朝は、筆舌に尽くし難いまでに素晴らしく心地よいものだ。神が居るなら、このような美しく愛おしい女性と結びつけてくれたことを一生の信心をもって感謝しなければならない。


「おはようエル」


 私は彼女の頭を抱き寄せ、彼女の甘い香りを堪能した。


「……もう行っちゃうの?」


「名残惜しいが、始めると終わらなくなるからな」


 私は辺りに散乱した服を拾い上げながらベッドから出た。


「そろそろ寒くなってくる季節だ。君も服は来た方がいい」


「……まだこのままでいい。お仕事頑張ってね──」


 エルシャはさっきまで私のいた所に転がり込み、シーツに顔を当てながらベッドの中でゴソゴソと体をくねらせている。

 それ以上は何も言うまいと、気持ちが変わってしまう前にわたしだけそっと寝室を後にした。







「おはようございますにゃレオ様──って、デッッッ……!」


「断腸の思いで寝室を後にした私の覚悟が伝わったようで何よりだが、エルシャに見つかる前に私のを凝視するのを止めることをオススメするよ。……おはようミーツ」


 綺麗な四十五度でお辞儀をしたまま固まるミーツを引き起こす。


「あっ……、お、おはようございますにゃ……」


 この距離で目を合わせてもチラチラと下の方を見てくる。

 猫人族の発情期はまだ先のはずなのだが。


「着替えを持ってきてくれ。それから適当に腹に詰め込んだら後はデスクワークだ」


「は、はいにゃ!」


 ミーツはそこまで指示されてやっと、とたとた廊下を走り別の部屋へ服を取りに行った。


 城内の風習として寝室周辺やエルシャの近辺は男性の立ち入りが禁止されている。そしてまだ元から城にいたメイドらが無害か確かめきれていないため、身の回りの世話は引き続き馴染みの連中に任せることになった。


「ふう……」


 私は外を眺めて気分を鎮めつつ、ミーツが戻ってくるのを待った。


「──こちらをどうぞにゃ」


「おう、ありがとう」


 程なくして戻ってきた彼女が手に持つ服に着替える。

 皇帝の服というのは華美な装飾やらなんやらで、とてつもなく重たい。これでも式典の時の正装からは簡略化されているのだが、それでも一日中これとなると疲れる。

 まあ一国の主たる人間がシャツ一枚でうろつく訳にもいかないので仕方がないが、どうにかしたいところだ。


「お食事もご用意できてますにゃ」


「ではこのまますぐ行こう」


 その足でだだっ広い食堂に向かうと、長机を埋め尽くすまでの料理が並べられていた。

 皇帝がお腹を空かせるなどもってのほかであるという考えの元だろうが、根本が日本人である私にとって食事を残すというのは心苦しいものである。これもどうにかしたい。


「私は朝は本当に少しでいい。残った分は皆で食べてくれ」


「大変失礼致しました。明日からは少なくするよう申し付けておきます」


「頼むよ」


 メイドに一言言えばいいだけなのだが、いくつも直したい細かいものがあるとお互い気が滅入るものだ。

 このBGM代わりに本物の演奏隊を置くのも、朝なのにランプを全て点灯するのも、私が食べ終わるまで十人以上のメイドが脇に控えているのも。権威の象徴にはなるがそういうことに興味がない私にとっては、金と時間の無駄使いにしか思えない。


 そんな慣れない生活が始まったが、これからはこの様な小さなことを考えていられないほど忙しい日々の幕開けに過ぎないのであった。

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