198話 提言
困惑するプリスタと、ただ無言で立つ私とエルシャの元に、孔明がディプロマを連れて戻ってきた。
「なんでっか陛下? もう話すことはないんじゃなかったんですか?」
露骨にイラついた雰囲気をぶつけてくるディプロマに、プリスタは更に困惑の表情を深めていった。
「ディプロマ殿、一度さっきの話は忘れてください。貴方はアキードの代表として、これから私が言うことについてどう思うか判断してください」
「……まあ話は聞くだけ聞いてやりますがね」
彼も王国の使者を前に物事の重要さを察したのか、それ以上食い下がることはなかった。
「それでは私からご提案させて頂きます。独立保障という概念を」
「……どくりつ……?」
「はい。独立保障とは、他国の軍事力によって別の国の独立を保障するというシステムです。例えば、王国と帝国で同盟を結ぶ。しかしそれを反故にして帝国が王国を攻めた時、王国の独立を保障しているアキードが帝国に攻撃することを許可するのです」
元からアキードは武器輸出の分配で似たようなことはしてた。しかしそれはあくまで自国の貿易利益のためである。
戦争を長引かせ物資を高額で売りつけるために、負けている方に安く多めに武器輸出などを行っていた。
「それを、まずは大陸の三大勢力である私たちで約束しましょう。そしてそれを全ての地域に個別に成立させていくのです」
「……?」
「帝国と同盟関係である亜人・獣人の国々。王国と同盟関係を結んでいる小国。アキード協商連合に名を連ねる自治領。その全てに対する紛争、戦争に対して我々が相互独立保障を確約することで、あらゆる衝突を回避することができます」
「……なるほど…………」
プリスタは私の言いたいことが分かったようだ。禿げあがった頭に残る白髪を撫でながら、しきりになにかブツブツと呟いている。
しかしディプロマは意味が分かった上で、明確に反対の意を示した。
「そんな耳障りのいい口車に乗せられる程こっちも馬鹿じゃありませんわ。王国さんも騙されたらあきまへんで。今それを結んだから今後戦争ができなくなる。つまり今まで帝国に取られた土地はもう取り返すことができなくなるんや。王国さんはそれでいいんですかい?」
「ううむ……」
痛いところを突かれた。帝国は歴史的に圧倒的な負い目を負っている。
恨み。それはどう足掻いても消せない負の遺産だ。
「それは武力ではなく、別の形での解決を目指していきませんか。血の上から血を塗っても元の血が消えた訳ではありません。お互いこれ以上血を流すのは得策とは言えません。……アキードとしても、平和な世の中の方が安定した商売ができて良いと思うのですが、ご賛同頂けないですか?」
「帝国だけが勝ち逃げ、他はこれから頑張ってねだなんて、簡単には飲める条件じゃない。そこは帝国さんも理解した方がいい」
「そんなつもりは……」
ディプロマの先程の態度もそうだが、今最も戦争が起きて欲しいのはアキードだ。
王国と帝国が同盟を結んでから、ファリア反乱のような小さな争いはあっても大きな戦争はなかった。
いや、ないこともないが、亜人・獣人には人間の武器はほとんど売れない。儲け時がなかったのだ。
「ただ、帝国さんに賛成する所もある。軍拡は確かに必要だ。魔王領がどうなってるか、遠く離れたアキードの人間も心配している」
こいつらは武器を売りたいだけじゃないか。
同盟・軍拡を主張する帝国。同盟・軍縮を主張する王国。非同盟・軍拡を主張するアキード。
少しずつ意見が食い違う三者の間には重たい空気が流れる。
「戦争は避けたい。魔族の脅威もどうにかしたい。これは皆同意して貰えますか」
「……」
「……」
無駄な時間だけが過ぎていく。
この祝賀会での私の振る舞いは帝国貴族たちも注目している。ここで私が少しでも譲歩すれば、意見をまとめることができなければ、私の求心力は下がる一方だろう。
特に中央貴族連中は、私を降ろす機会を牙を研ぎながら今か今かと待ち構えている。
「……では私から良いでしょうか」
沈黙を破ったのはエルシャだった。
「いきなり全てを変えるのは難しいことです。ですので、今残されている対魔王同盟の期限五年、その間だけ同盟を独立保障という形に発展させる。そして帝国はこの五年で魔王領調査とそれに必要な軍備を揃え、完了させる。五年後には魔王領問題を解決させ軍縮に動き出す。……これでどうでしょう」
「……王国としてはもちろん同盟を反故にするつもりはなかったので、何の問題もありませんな……」
「五年だけ今の商売を続け、それから平和な世の商売の準備をする……。悪くはない、か……?」
お試し期間、あるいは準備期間として五年見る。それは悪くない発想であった。
「……この問題はここで今すぐ決めるべきでもありません。王国とは領土問題について、アキードとは貿易問題について、改めて場を設けて話し合いましょう。……今日はお互いの率直な意見が聞けてとても有意義な時間でした。どうか最後まで祝賀会をお楽しみください」
ディプロマに言わせれば今が“勝ち逃げ”するタイミングだろう。少しでも良い印象を残している内にそっとその場を離れることにした。
「……助かったよエル」
「少しは貴方の役に立てた?」
「ああ。とても」
「そう。なら良かった」




