13話 軍議
屋敷にピリッとした緊張が走る。
「詳しく聞かせてくれ」
「は!本日早朝、ファリアが帝国の圧政に反対するとの理由から反旗を翻しました!このウィルフリードを奪い、帝国との交渉材料にするのが目的のようです!」
「あのバカ領主が……」
完全に父たちの主軍が居ない隙を狙った形だ。帝国との戦闘はせず、あくまでも自分たちの力を見せつけ高い地位を引き換えに返すつもりだろう。
だが、そんなことを帝国が許すはずもない。圧倒的な軍事力でただ踏み潰すだけだ。残るのは戦乱に荒れたウィルフリードと、主君を失ったファリアだけ。
「彼我の戦力を教えてくれ」
ならばせめて我々は生き残らなければならない。驕った間抜けの道連れなど御免だ。
「ファリアは以前から傭兵を大量に集めていました。ファリア本軍は二千ほどですが、傭兵団が更に一千ほどで、合計三千を超える軍勢がこちらへ向かってきています」
伝令は続ける。
「対する我らは主軍が残された五百のみです!」
「……絶望的、だな…………」
「こりゃァ籠城戦しかなさそうだなァ……。ったく、いつかの戦争を思い出して嫌な気分だぜ」
函館、五稜郭。戊辰戦争最後の地。歳三が死んだあの戦いの最後も、歳三ら数百の寡兵に対し新政府軍数千の籠城戦だった。
「敵はあとどのくらいで着くと予想される?」
「敵は主に重装歩兵からなる混成軍です。恐らく2時間はかかるかと」
「よし、今できることをやるぞ。領民には決して家から出るなと伝えろ。暴動やらが起きないように落ち着かせて誘導するんだ。郊外の農民たちの収容が終わり次第、跳ね橋を上げ門を固く閉じよ!」
「わ、分かりました!」
街のことは伝令に託した。
「歳三、今戦える兵士をかき集め、弓を装備させ壁上に配するんだ。装備を整え私からの指示を待て」
「応!」
歳三の顔には少しの不安と、しかし戦いを前に興奮しているのか微かに紅潮していた。血が騒ぐとはこの事だ。
「シズネ、冒険者ギルドや傭兵ギルドの長ら街の中心人物をここに集めてくれ。彼らの意見を聞きたい」
「了解ですぅ」
戦時はこの屋敷が本営になる。マリエッタ達も忙しなく戦いに備え準備に走っていた。
「ここの倉庫には十分な食料があります。どうか焦らず、命を大切になさってください」
「ありがとうマリエッタ。……必ずみんなで生きてこの戦いを終わらせよう」
こうして、考えうる最悪の形で私の初陣が始まった。
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「レオくん、呼んでいた皆さんが着きましたぁ」
「お集まり頂き感謝します。早速ですが皆さんのお力をお借りしたい」
会議室にはこの街の主要メンバーが集められた。
男たちは皆、神妙な面持ちで席に着いた。これから始まる愚かな戦いに、空気はピリついていた。
「冒険者ギルド長のゲオルグだ。レオ様、発言の許可を願いたい」
腕に数々の古傷を伺える髭面のこの男が、ウィルフリードの冒険者ギルド長ゲオルグ。
彼は既に引退したが、現役の頃はかなりの実力者で、引退後も緊急の依頼があれば自ら出ることもある、勇猛な人物だ。
「続けてくれ」
「この街のギルドには約五十名の冒険者が所属している。レオ様とよく話をしていたAランクの冒険者を始めとした、実力者が揃っている。皆、ウィルフリードのために戦うそうだ」
彼の武勇伝は嘘ではなく、本当の実力者だったというわけか。今度、酒を奢ってやらねばなるまい。……私はまだ飲めないが。
一般の兵士と違い、特殊な能力を使い戦闘や探検を生業とする冒険者は、強大な戦力になる。
「そうか、それはとても心強い!必ず報酬は約束しよう。それでは、冒険者たちのスキルまでは把握していないので、ゲオルグに指揮を頼みたい」
「お任せください!」
ゲオルグが胸を叩いて応じると、次は隣の男が手を挙げた。
「よし、意見を聞かせてくれ」
「私はこの街の傭兵ギルド長を務めております、ナリスと申します」
丁寧な物腰で、白髪混じりの頭に穏やかな顔つき。しかし、服の上からでも分かるほどの、鍛え上げられ引き締まった肉体は、歴戦の戦士であることを隠しきれなかった。
「私どもはルイース様とある協定を結んでおります」
「ほう?」
「それは、税の一部を免除する代わりに、有事の際は優先してウィルフリード側につくというものです」
「では……」
「はい。もちろん私どもも参戦させて頂きます。幸か不幸か、最近近くの森で魔物が増えているとかで、傭兵が集まっていました。傭兵団二百名が直ぐに戦場へ駆けつけましょう」
兵士の中にはここ数年で徴兵された、実戦を経験していない新兵も多い。
だが、傭兵団は違う。常に戦いの中に身を置き、金に変えて生きる彼らは、経験値で言えば今のこの街で一番だ。
「ではナリス、どうか最後までこのウィルフリードのために戦って欲しい……」
傭兵というのは、勝つことではなく、生き残るのが最重要だ。金のために戦う彼らは常に裏切りの心配があるというのも忘れてはいけない。
「えぇ。この街よりもいい条件の所などありませんからね……。第一、こんな高待遇を受けていたのにいざという時に逃げ出したとあれば、もはや我々に行き先はないのです」
「そうか……。その言葉、信じよう!」
ナリスは私の言葉に深く頷いた。
「では、私からも良いでしょうか?」
「あぁ、なんだろう」
小太りで身なりのいい男が話し始めた。その体躯で走ったせいであろうか、額には汗がにじむ。
「私はこの街の商店組合の長をやっているセリルです」
「セリルよ、続けてくれ」
「私たち商店組合は、帝国法に従い食料や武器の供出を行うことを約束しましょう」
帝国法は主に戦時の緊急法だ。その他の法律は基本的に各領主の裁量に任せられている。故に、帝国法が適用されるということは非常事態であると、改めて実感せざるを得ない。
「食料の備蓄はどれぐらいある?ここの倉庫には兵士五百人の半月分の兵糧しかない」
豊富にあった兵糧は、父たち主軍一万の腹を支えるためにほとんどが持って行ってしまった。丁度今、領主代理の私がやる内政として、食料の確保を母に任されていた所だった。
「そうですねぇ、各家庭にある分は持って三日分ぐらいが一般的でしょう。商店が解放した食料を配給しても、ウィルフリード五万の領民全員の食料となると、合わせてせいぜい一週間が限度でしょう」
「一週間か……」
当然、皇都や近隣の領主にも伝令がいっている。
最も近い領主が、伝令を受け、直ぐに救援にくれば三日ほどだろう。しかし、戦闘に巻き込まれるのを嫌い、兵を出し渋ればいつになるか、来るかすら分からない。
帝国、本国からは絶対に来るだろう。皇都からその威信をかけた数万の軍隊が即座に鎮圧しにやってくる。
しかし、伝令が着くまでに半日はかかり、援軍の到着となると、一週間は最低でも覚悟しなければならない。
つまり、援軍を待ち続けるだけの戦法はかなりのリスクを負うことになる。
「分かった。諸君らの帝国への献身は全土から賞賛されるだろう」
「そう言って貰えると私たちも嬉しいものですな」
セリルは深く腰掛け、腕を組んだ。
「では、最後に私から……」
次は小柄で、ごく普通の町人といった見た目の男が手を挙げた。
「あぁ、聞かせてくれ」
「私はウィルフリードの領民代表のベンといいます。自治会長をやっています」
「ほう」
「私たち領民も、帝国法に基づき、戦える男は武器を持ち、民兵として戦う覚悟があります。帝国民として最後まで戦うことをお約束します」
「兵士の大部分は遠征中であるが、男は今何人ほど残っているのだろうか」
「恐らくですが、戦えない老人や子供を抜くと一万人強でしょう」
民兵一万。数は立派なものであるが、武器の扱いにも慣れない一般人を戦場の真ん中に放り出す指示は出せない。
「その心意気は受け取ろう。だがまずは我々が民たちの命を守ると約束する。なので領民は皆、食料を節約して、落ち着いて行動するように呼びかけてくれ」
「ではそのように……」
その後も会議は続いた。今のウィルフリードにできる最大限のことをこの場で出し尽くした。
会議が終わったのは、敵の先鋒部隊が到着したとの伝令がやってきた時だった。




