140話 望み
内政面でも大きな変化があった。ファリアへ移住を求めていた他種族の者たちが次第に到着し始めたのだ。
「お待ちしていましたシズネさん」
「また私に居場所をくれてありがとうね、レオくん」
族長の娘であるシズネを中心として、妖狐族からは十五名がやって来た。
その中には見慣れた顔もあった。
「ん……? 君はカワカゼか?」
「族長との戦いを見て是非とも歳三殿に剣術指南をお願いしたくやって参りました。レオ様、我々妖狐族は決して武勇に優れた種族ではありませんが、何卒お傍に置いて頂けないでしょうか」
そうカワカゼが言うと一斉に妖狐族たちが頭を下げた。
どうやらシズネとシズネの付き人であろう三人の妖狐族の女以外は皆剣術を学びに来たようだ。その証拠に、男女問わずシズネとその三人以外は刀を携えていた。
「どうするんだレオ?」
「それは教える立場にある歳三に任せよう。私としては歓迎するよ」
「なら俺も賛成だ。……この世界にも刀があるのにそれを扱う技術が埋もれちまってるってのは酷な話だからなァ。本場の技ってのを見せてやらねェとな?」
そう言う歳三はとても楽しそうな顔をしていた。
「それでは歳三たちのために道場の建設を依頼しておこう」
戦争の役に立つかではない。これは文化として残すべきものでもある。
「レオくん、私たちは歳三さんから異世界の知識をご教授お願いしたいの」
「訓練ついでの剣術指南はともかく、そっちも同時進行ってのはちと厳しいかもしれないぜ」
「ううん……、それでは約束と違いませんか?」
「では私からお伝えしましょう。シズネさんはまた学校を、その合間に『英雄召喚』で手に入れた情報をお渡しします」
無駄な危険を省くため、念の為転生者であることを伏せてそう伝える。こういう時『英雄召喚』という誰も知らないスキルが都合よく濡れ衣を被ってくれる。
「そう、ですか……。それはありがたいですが、是非お時間のある時に現実に生きた人としてのお話も聞きたいです」
「まァそれぐらいなら構わねェぜ」
本当はこの場にいる誰よりも、歳三よりも先の時代を生きた私が一番日本について知っているのだが。
なんの得にもならない見栄を張っても仕方がないので、そっと飲み込む。
「レオ様、移住を望む亜人・獣人たちが到着しました」
亜人・獣人の国々からファリアまでは大陸半分もの距離がある。地図制作も兼ねて竜人に案内の使いを頼んだ。
もちろんルーデルも「飛行耐久を調べる!」と意気込んで付いて行った。
あれからしばらくして、ついに全ての種族がファリアに集結したのだ。
「分かった。ここは私自ら出迎えよう。ご苦労だった」
私は歳三と共に、他貴族との交流によって人の行き交いが増えた賑やかなファリアの街中を歩く。
ファリアの街の正門に着くとそこには人だかりができていた。
「あー……、えっと、これは困ったな……。悪いが君、至急孔明を呼んできてくれ」
人口八千程度のこのファリアに、実に三百もの異種族の者が移住を望みやってきていたのだ。
どこからどう考えてもキャパオーバーである。
「皆、ようこそはるばるこのファリアに来た! 今担当の者が来るのでそれまでもうしばしお待ちを!」
数分後に孔明と何人かの内務官が馬に乗って駆けつけた。
「どうなっているんだ孔明……。これどうするんだ……」
「ふむ……。私もこれには困惑しています。結んだ条約では全て合わせて百名になるはずですが……」
その三倍が目の前にいるのだ。
「集まってしまったものはしょうがない。簡単な手続きを済ませた後、空き家や行政側で持っている建物を全て解放して対応しよう」
「それでは不十分でしょう。可能であればウィルフリードやリーンに一時的に引き受けてもらえたら良いのですが……」
「分かった。父上に連絡しリーンにも伝えてもらう」
なんにせよ一度ファリアで状況を整理しなければならない。
「皆、まずは長旅ご苦労だった! 今は食事を取り少し休んでくれ! 場所はそうだな……、訓練場で炊き出しにしよう。その時に各種族または各グループで代表者を数名選んでくれ! 午後からはその代表者と私が直接面談し今後について詳細を話し合おう!」
ひとつの目的のために集まったとはいえ、見た目も文化も違う移住者たちはガヤガヤと落ち着きがなく、この場ではどうしようもなかった。
「ルーデル、ハオラン、その他竜人の皆、初の長距離任務ご苦労だった。集めた情報を元に大陸の東半分、帝国領と亜人・獣人諸国の詳細な地図作成を行う。……が、しばらくは難しそうなのでこれより任を解き自由行動とする。要請があるまで休養を取ってくれ」
「了解した」
私の命を受け、彼らは各々の住処へと帰っていった。
ちなみにルーデルはファリア空軍大将(仮)として兵舎の上級将校の部屋を割り当てている。
「歳三は兵舎に戻り炊き出しの用意を指揮してくれ。午後からの訓練は中止だ」
「了解だ。……まァ、机を運んだりもいいトレーニングの一環になるぜ」
歳三は雑務も嫌がらずに引き受けてくれた。
「孔明と内務官の諸君らは私と打ち合わせだ。たが一人は残り面談の為に軽く種族だけでも名簿を作ってくれ」
「それでは、自分が担当させて頂きます」
「ありがとう。それでは兵士もいくらか好きに使っていいから早急に取り掛かってくれ」
ただでさえ戦費やら負傷者やらの対応で忙しい中、文官の負担は申し訳なさも感じる。
だがこれを乗り切らなければ、いずれ隠せなくなるほど深刻化する中央との対立に備えた強いファリアを作れない。
忙殺されることは前世でも経験済だが、他人の命を預かる感覚というのも、先の戦争で自分の命を賭けて戦ってからはむしろその重圧が心地よく感じるようになった。
いや、そうやって感覚を狂わせなければ正気でいられないだけなのだろうが……。




