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117話 終戦

「おめでとう、弱き人間。……いや、レオ=ウィルフリードよ。まさか一撃で決めるとはな。手を貸す必要もなくて何よりだ。どれ、今貸そう」


「どうも、ありがとうございます……」


 私は切先が欠け物打辺りまで焦げた刀をしまい、ハオランの手を借りて立ち上がった。

 すぐさま歳三と父が私の傍に駆け寄る。


 この男、口ではこう言っているが、「助ける」などと耳打ちしたくせに一騎討ちの間一切その素振りを見せなかった。腹の底では何を考えているのか分からない。

 私の中での警戒度は一段と強まった。


「おい、このままでは死んでしまうぞ。手当てしてやらんのか」


「…………!」


 ハオランの言葉を聞いてやっと人虎の一人が慌ててリカードの元に駆け寄り止血を始めた。

 そしてすぐにどこかへ運ばれて行った。


「さて、それで早速だが、まず先に帝国軍の侵攻を止めて貰おうか」


「それは、そちらも戦闘を即時停止する用意があるということですか?」


 便利な無線どころか有線の電話すらないこの時代の戦いにおいて、情報の伝達は大きな問題であり、大軍による戦闘を困難とする障害のひとつだ。

 加えて亜人・獣人連合ではこのエルフの森全域でゲリラ作戦を実行しており、全ての戦闘員に命令を下すのは不可能に近いだろう。


「ああ心配ない。……おい、人狼ワーウルフの族長!」


 ハオランが呼びつけた人狼族の族長は獣人のデフォルトの姿である半獣半人形態をしており、例に漏れず耳と尾が獣である痩せた目つきの悪い男であった。


「……なんだ…………?」


「戦いを止めるよう合図しろ。我が同族が直接出向くより早かろう」


「……だが…………」


「人虎を一刀で沈めるこの人間に、人狼程度のそなたが勝てるのか?」


「……それは…………」


「では早くしろ」


「……クゥン…………。──アオォォォォン!!!」


 ハオランに言い負かされ、人狼族の族長は獣化し遠吠えをした。


 それに反響するように近くから遠くへ、次々と森の中の人狼たちに遠吠えが連鎖するように伝播していき、やがて森全体を包み大地を震わすようであった。

 確かに前線から森の中のゲリラ部隊までマルチに攻撃を行っていた人狼たちの合図なら、大抵の場所まで遠吠えによるコミュニケーションが可能だ。


「さて、次はそなたたちの番だ」


「承知した」


 私はポケットから小さな爆弾のような丸い物体を取り出す。

 これは手榴弾ではなく信号弾で、加害性のない小さな爆発と共に大きな音を放つ。


 しかし私は右腕を酷く痛めており、十分な高さまで投げられない。


「歳三、頼んでいいか?」


「おう。──どりァッ!」


 小さな火の魔石を擦り合わせ導火線に火をつけると、歳三は精一杯空目掛けて投げた。


「あー、耳を塞いだほうがいいですよ」


「ん?」


 空に投げ上げられた信号弾は、バンッ!という強烈な音を周囲に轟かせ、それは地上にいる私たちもたじろぐ程だった。

 ましてやより近い上空を飛んでいた竜人のいくらかは、その音の大きさに驚きのあまり落ちてきてしまった。


 対して木々に留まっていた鳥たちは一斉に飛び立ち、バサバサと去っていった。


「成程、これならば森中に聞こえるな。──お前たち、前線の様子を見てくるのだ。もし戦いを続けているようならやめるように伝えろ」


「了解です族長」





 ハオランが指示を出した竜人はすぐに戻ってきた。どうやら私の想像以上に孔明が奮戦し、前線を押し上げていたようだ。

 私が仮に交渉に失敗したとしても強硬策で解決するために、相当無理をしたのだろう。


「両軍、戦闘を停止していました。特に帝国軍は既に撤退を開始しているようです。ですが一部の獣人たちは未だに獣化したまま執拗に帝国軍を追いかけています」


「ふむ……?」


 報告を聞いたハオランは人狼族の族長を睨む。


「……直接行って止めてこい…………。……もし聞かないようだったら少々手荒な方法でも使って頭を冷やさせろ…………」


「……分かった…………。アオォォン!」


 族長の号令で人狼たちが森に消えていった。今は彼らの働きに期待するしかない。


「さて、それでは戦争は終了ということにしよう。今後どうするかは……、お互い負傷者の収容や装備の回収などあるだろう……?そうだな、三日後の正午、この場所で話し合うのはどうだ?」


「え、あ……」


 “戦争は終了”。その言葉を聞いた瞬間、私は他のことを何も考えられなくなった。


 そう、遂に帝国にとって長きに渡る戦いは終わったのだ。

 そして、私にとって、最も危険で最も無謀な作戦を、成し遂げたのだ。


 私はその場で泣き崩れそうになった。

 全身の力が抜け、今すぐにでも屋敷に帰りベッドに飛び込み眠ってしまいたい程の疲労感に襲われた。


 そこにあったのは、戦いのない日々への安心、困難を乗り越えた達成感、取り戻した平和な毎日の喜びであった。


 そんな感無量な私の様子を察したのか、父が代わりにハオランに応じる。


「それについて提案がある。是非とも我々から歓迎の場を用意したい。ついては会議の場所は我々が指定した場所でお願いしたい。場所は……、ここから西に向かった所にある我々の本陣とこの獣人・亜人の本陣のちょうど間でどうだろう」


「目印に帝国のこの紫の旗印を立てておくぜ。竜人なら空から探せばすぐのはずだ。手間かけるがよろしく頼むぜ」


 今でこそ私がリカードを倒した衝撃で獣人たちは手を出さないでいるが、数日たち考えが変わらないとも限らない。

 亜人は亜人代表でもあるハオランが御してくれるだろうが、リカードのあの様子ではそれはあまり期待できなさそうだ。


 そんな危惧すべきことがある中、再びこの敵地奥深くまで危険も顧みず話し合いに赴くのはリスクが高すぎると判断したのだろう。


 一瞬の逡巡の後、ハオランは首を縦に振った。


「……いいだろう。では三日後、分かりやすいように準備をしてくれ」


「感謝する」


「それではそなたらを本陣とやらまで送り届けよう。阿呆な獣人にそなたらが殺されてこの話がおじゃんになるなどというつまらない結末は迎えたくないのでな」


「それは心強い。竜人の護衛とは考えたこともなかった」


 父とハオランが歩き出す。それに合わせ、空を舞う竜人たちも二人に追従する。

 周囲の獣人たちは包囲していた輪を解くように道を開けた。


「さ、帰ろうぜ、レオ。……おめでとう」


「……ああ!」

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