9話 戦いの後で
母の予想に反し、二人は死闘を繰り広げた。それは実力を試すなどという建前の元、強者を前にした男同士のプライドをかけた戦いだった。
一騎打ちの後、父も立っているのがやっとの状態だった。アルガーの肩を借り、なんとか治療室まで歩いていった。
「あなたの殺気をあそこまで感じたのは久しぶりでしたよ。全く、一人で戦争でもやってる気分ですか?」
アルガーも半分心配半分呆れといった様子だ。
歳三はもっと重症だった。担架に乗せられてマリエッタたちによって運ばれて行った。本当は私も付いて行きたかったが、そうもいかなかった。
誰もがすっかり忘れているだろうが、今夜は私の六歳祝いと時期領主決定記念の晩餐会があるのだ。主役無しで行うことはできない。
だが、結局のところ、現当主である父を抜いての晩餐会など成り立たないに等しい。
母は父の代わりに手短に挨拶を済ませ、晩餐会を始めた。
本当であればここで私の社交界デビューという晴れ舞台な訳だが、前座としてあのようなものを見せられて、今更そのようなことを気に止める人などいなかった。
「全く……、これだから男は……」
母がそう頭を抱えるのも仕方がない。私も、目を輝かせながら先程の戦いについて語り合う貴族たちに混じるのは難しかった。
仕方が無いので、ある程度食事が済んだら私の挨拶を持って締めることになった。
一応、その間何人かが私の所へ挨拶に来たが、それは難なく応えることができた。社交辞令などというのはサラリーマン時代に磨いた最大のスキルと言えるだろう。それはこのような形でこの世界にでも役に立った。
料理よりも戦いについての話を肴に酒ばかり進むようなので、ここら辺で終わりにしようと母が提案した。内心、母も早く父の様子を見に行きたいのだろう。
「えー、皆さま、本日は私の祝賀会と晩餐会に出席いただきありがとうございました。父は今ご挨拶出来ないので、私の挨拶を持って閉会の言葉に代えさせていただきます」
私が前に立って話し始めると、話し声も次第に小さくなっていった。昼とは違い、目の前にはお偉いさんばかりだと思うとやたらと緊張した。
「先程ご覧頂いた通り、私のスキル『英雄召喚』は異世界の英雄を召喚する能力です。この力を持ってこの領地と帝国を護る為、日々励みたいと思います。皆さま、これからこのレオ=ウィルフリードを宜しくお願い致します」
そう言い頭を下げると、拍手が返ってきた。とりあえずはこれで良かったみたいだ。安心した。
「それでは少々早い時間ですが、これで晩餐会は閉会とさせて頂きます。皆様、お気を付けてお帰りください」
母がそう挨拶をすると、マリエッタに案内され、貴族たちはゾロゾロと帰って行った。
片付けはメイドたちに任せて、私と母は、父と歳三の元へ向かった。
「おう、レオ。すまんな、負けちまったぜ」
「父上を相手にあれだけ戦えれば英雄を称するのに十分だよ」
歳三はボロボロになった服を脱ぎ捨て、上裸の状態だった。中々見事な肉体で思わず見入ってしまうほどだった。
そう、あれだけの怪我をしていたのに傷ひとつない綺麗な体だった……。
「ルイース、レオ。心配かけたな。少しはしゃぎすぎたようだ」
「本当よ……。あなたが居ないからもう晩餐会も終わりにしたわ」
「そうか、せっかくのレオの晴れ舞台に、すまんな」
母は父を見るなり抱きついた。父は恥ずかしそうに笑いながら、私に謝罪した。
しかし、二人とも何ともなかった安心感が上回り、誰も責める気になどなれるわけもなかった。
「いや、しかしあのお嬢さんのおかげで助かったぜ。後でちゃんと礼をしねェとな……」
マリエッタのことだろうか?彼女が治癒魔法を使えるなんて初耳だ。
「───とにかく、二人が無事でよかったわ。今日はゆっくり休んで、明日ちゃんと皆でお話しましょう」
不自然に思い母を見たが、そう切り上げて部屋から出ていってしまった。
妙な違和感を覚えたが、それ以上どうすることも無く私も自室に戻り寝ることにした。今日はいくつもの大舞台を経験し、疲労もかなりのものだった。
父は何ともないさと腕を回して見せ、脱いだ鎧を担いで部屋へと戻って行った。
歳三の部屋はまだ決まってないので、とりあえずはこの治療室で寝ることにした。あれだけの怪我をしたのだから、念の為にもその方がいいだろう。
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私はベットに潜り込み、少し考え事をしていた。
まず何よりも、領民や貴族たちへの挨拶が済み肩の荷が降りた脱力感に包まれていた。
それにこの世界での戦闘というのがどういうものか、初めて目の当たりにした。
ファンタジーな世界とはいえ、現実とのある程度の整合性があり、常識は通じるのだと安心した。
というのも、魔剣でドカンと大爆発を起こし数百人を吹き飛ばしたりしないということだ。帝国最強の父であの能力(十分人間離れしていると言えるが)なら、基本的な戦争の仕組みは変わらないと言える。
他にもHPが尽きるまで致命傷も関係ないなどという不自然なことも無い。つまり、いわば死はこの世界にも平等に与えられるということだ。
私の転生や歳三の召喚など、命のサイクルが疑われる部分もあったが、基本的には常識の枠に収まるというわけだ。
───などと、将来領主になった時、戦争になった時の事を少しばかり考えているうちに、いつのまにか私は深い眠りについていた。




