僕と吉野さんと渉先輩。
お待たせしました。
「明日来れないの?」
「うん。……予定があって」
「……そう。……仕方ないね」
吉野さんは犬の耳と尻尾がしゅんと垂れ下がったように凹んでしまった。
僕と吉野さんがこうして話すようになって5日が過ぎた。まだ例の記事は見せていない。
「明後日、また来るよ」
「約束よ。必ず来てね」
吉野さんはそう言うと自分の右手の小指を僕に差し出す。
指切りだと理解した僕も自分の小指を差し出して、吉野さんの小指と絡める。触れる感触も温もりもない。
ただ空気に触れているだけ。
「指切りげんまん。嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」
僕と吉野さんの周りに桜の花びらがパラパラと舞い散る。
ーーーー
…ー翌日。
「和人、こっち」
ファーストフード店マッドで席に座って居た、茶髪のツンツン頭とつり目の少年が僕に気付いて声を掛ける。
粟井架。僕と同じ日暮中学校の3年生で幼なじみ。
僕はメロンジュースをテーブルに置いてから架の隣に座る。
「神谷先輩そろそろ着くって」
架がスマホを見ながらそう呟く。渉先輩からメッセージが届いたんだろう。
事の始まりは一昨日。僕が美桜さんと渉先輩の卒業アルバムの住所にやって来たが、
「…ーいないか」
住所の場所には一軒家が建っているが、空き家になっている。
「電話番号も繋がらなかったし」
どうしよう。
「あれ、和人。神谷先輩家前でどうした?
もう誰も住んでいないぞ」
「…架。渉先輩を知っているの?」
「サッカー部の先輩だけどお姉さんの事件があって、中学卒業と同時に引っ越したぞ」
「そっか。連絡先知ってる?」
「知ってけど、なんでだ?
まさか幽霊がらみじゃないよな」
架は僕の秘密を知ってる人で、冗談っぽくそう言うが、
「まじで?」
僕の表情を見て本当だと悟る。
架は僕が神谷家の前に居た理由を理解して、眉毛を八の字に顔色は青白く血の気が引いていく。
「どんな幽霊だ?」
「…僕達と同じ日暮中学校の女生徒で真っ黒な髪と瞳。髪の長さはここまで」
僕が吉野さんの特徴を伝えると、架は頭を抱えた。
「神谷先輩のお姉さんと特徴が一致してるな」
「会ったことあるの?」
「写真なら見た」
渉先輩は部活の後輩が美桜さんを目撃していないか聞いてまわっていたらしい。架は複雑そうに思案して、
「連絡しとくけど先輩が信じるか分からないぞ」
「……分かっている」
大半の人間は信憑性がないことは信じない。架のような幽霊が見えないのに信じてくれる人は稀だ。
「粟井」
頭上から聞こえてきた声に僕の意識が現実に戻る。僕は声がした方へ見上げる。
漆黒の髪に瞳、夜明高校の紺のブレザーとゆるんだ赤いネクタイをしめたシャツ、紺と黒のチェックのスラックスを履いた吉野さんとよく似た男性が寝癖の髪を跳ねさせて立っていた。
「神谷先輩、お久しぶりです」
「久しぶりだな」
渉先輩が架に優しく微笑む。
「君が架が言っていた篠原和人?」
「はい。はじめまして」
ガタッと椅子から立ち上がりお辞儀をする。
「はじめまして神谷渉です。架から話は聞いてる。
姉さんのことだけど…」
渉先輩が半信半疑な眼差しを僕に向ける。
「幽霊なんて…、非現実過ぎて信じていいか分からない」
うん。そう…なりますよね。
「今日はどうして来て下さったんですか?」
「……………」
「神谷先輩、和人。そろそろ座りませんか?」
問いかけに無言のまま立ちすくむ渉先輩と僕を見かねた架が恐る恐る切り出す。
渉先輩はトレーにのったポテトとホットカフェラテをテーブルへ置くと架の隣へ静かに座る。僕も椅子へ座りメロンジュースでカラカラな喉を潤す。
渉先輩はホットカフェラテを一口飲んで、コトンとトレーの上へ置く。
ホットカフェラテを見つめながら、
「…ー3年」
「えっ」
「姉さんが行方不明になってから3年も過ぎているのに、未だに何も進展していない」
「「……………」」
「……架はタチの悪い冗談は言わないし、はじめての姉さんの情報だったから…」
渉先輩がホットカフェラテをもう一口飲む。
「…信じられなかったけど、確かめずにいられなかった」
「……えーと、ポテト買ってきます。和人は食べる?」
気まずくなった架がそろ〜りと椅子から立ち上がる。
僕はふるふると頭を振る。
「じゃ、自分のだけ買ってきますね」
そう言うと、架はそろりそろりとレジに並ぶ。
「「……………」」
ヤバい。架が居なくなって、さらに気まずい。
早く戻って来てー!
ずーっとメロンジュースを飲み続けると、
あ!空になった。
「戻りました。レジが混んでて時間がかかって」
Mサイズのポテトと何故かアイスドリンクのカップがふたつある。
「和人、これ。もうジュースないだろ」
「ありがとう」
「……話は「終わってない」
終わりましたか?と、架の質問を読んだ渉先輩が先に答える。
さすがサッカー部の先輩と後輩だな。
「あーー…。和人、何か考えはあるのか?」
このままじゃ先に進まないと察した架が、かなり気まずそうに進行役を買ってくれた。
「吉野さん…美桜さんに渉先輩を会わせて、何か思い出さないか試してみたいんだ」
卒業アルバムの写真では無理だったけど、渉先輩なら違うかもしれない。
「これから行くのか?」
渉先輩の質問に僕はふるふると頭を振る。
「本当は…そうしたいんですが、あまり遅くなると…」
「あ。おばさん達、心配する?」
「部活終わったなら、早く帰って来いって言われたばかりで」
そんな僕と架のやり取りを見ていた渉先輩が、
「……卒業してからにするか?」
「はい。僕もそうしようと思っていました。6日後の日曜日、予定空いてますか?」
「その日は大丈夫だ。4日後じゃなくていいのか?」
僕と架の中学卒業式が3日後に控えていて、その翌日じゃないことを渉先輩が不思議に思ったようだ。
渉先輩が通う夜明高校はもう春休みに入るらしい。
「……5日後に、協力者が青森から来るんです」
「協力「八重が来るのか!」
渉先輩の言葉を遮って、架が凄い勢いで僕に駆け寄る。
それはもう渉先輩がドン引きするぐらいの勢いだ。
「八重も4月から夜明高校に通うんだよ」
「なんで早くいわないんだよ!」
こうなるからだよ。
僕はずーっと架が買って来てくれたオレンジジュースを啜った。
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