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現実はいつも夢から  作者: aciaクキ
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4 僕の中に君はいない

「……た、竹浦…君」


 クラス中が静寂に包まれる。テスト中でも味わえないほど物音一つ立たずに静かだった。いつもなら聞こえないだろう外から聞こえてくる声だけが教室にこだましていた。

 綾川だけは頬を少し赤らめて下を向いていた。それは傍から見れば、恋する乙女のようにも見えた。

 

 周りの視線はすべて俺に注がれていた。信じられないような目、驚きの目、好奇心の目。それぞれいろんな感情がこもった目を俺に向けていた。

 視線だけが移動する中、誰も口を開けて話すことができないでいた。泰介でさえも、口をポカンと開けることしかできていなかった。


「で、指名してもらった竹浦君は校内案内するの?」


 長い静寂を破ったのはクラス代表だった。断ることを許さなさそうなほど力強い氣は首を縦に振るしかなかった。


 その後は大変だった。

 初めて会うと何度も言っているのに、一向に信じずに、綾川さんとの関係性をしつこく言及される。質問の雨のターゲットは俺に変わってしまった。


 授業がすべて終わり、放課後がやってくる。クラスの一人一人が俺の肩にポンと手を置いて教室を出ていく。

 いつもなら放課後すぐは何人か残っているはずなのに、瞬く間に全員が教室から出ていってしまった。


「なんなんだよ!」


 思わず声が出てしまった。だいたい泰介が俺の肩に手を置いたことから始まった。変な気遣いなのかわからないが、そういうことするからクラス中に誤解を招いてしまった。


「ね、ねえ竹浦くん」


 いつの間にか頭を抱えて自分の世界に入ってしまっていたようだ。


「ああ、ごめん」

「もしかして迷惑、だったかな?」


 顔を伏せて申し訳なさそうにしてしまった。


「い、いやいや!そんなことないよ!むしろ指名してくれて嬉しいし」

「そう?それなら良かった」


 普通にしてても誰もが目と心を奪われそうなのに、そこに笑顔を加えられてはたまったものではない。

 恥ずかしくなって目をそらしてしまう。


「えっと、じゃあ行こうか」

「うん」


 短い沈黙を経てようやっと案内を開始することができた。この学校は南館と北館があり、それぞれ4階ずつある。主に北館に教室がかたまっており、南館には職員室や実験室といった部屋がかたまっている。

 1階から順番に案内をしていく。他愛のない話で盛り上がり、時たま訪れる沈黙に気まずさを感じて笑い合ったり、愚痴を聞いたり聞いてもらったり、そんな柔らかな時間を過ごした。人生で1、2位を争えるほど充実した時間はあっという間に過ぎていき、気がつけば4階の最後の部屋に辿り着いていた。


「っと、ここまでかな。だいたい分かった?」

「ありがとう!まだ全部は覚えれてないけどね」

「ま、一回教えただけで覚えれたら天才だよ」

「ふふ、そうね」


 口元に手を当て、上品に笑う姿は堂に入っていて何度目かになる胸のざわめきを感じた。急に恥ずかしくなり、自然とうつむいてしまう。


「…………」


 突然の沈黙に俺は顔を上げた。綾川さんは窓の方を向いていて、夕日の光が当たっていたためによくわからなかったが表情は先程とは打って変わって暗い顔をしているように見えた。

 なんとなく、今は話しかけてはいけないような気がした。夢で見たのと同じようなシチュエーション、表情。今、この時なのだ。知っていたものの、この急な変わりようにやはり動揺は隠せなかった。


「ねえ、おかしなこと……聞いてもいい?」

「おかしなこと?」


 第一声がそれだった。想像とは違った言葉で聞き返してしまった。


「そ、おかしなこと」


 だめなわけない。俺は二つ返事で応じた。 


「……私の名前、聞いたことない?綾川玲奈って」


 唐突な質問に驚いてしまった。質問の意図がうまく汲み取れなくて黙っていると


「竹浦くんが、教室で、私のこと知らないし聞いたことないって言ったよね」

「…ああ」

「私は、竹浦くんのことは前から知ってたの」

「え?」


 何処かで会ったことがあったのだろうか。


「だから、竹浦くんも私のことを知っているものだと思ってた」


 話の趣旨が見えてこなかった。何を言いたいのか、次何を言い出すのかが全く想像できなくて頬が強張った。


「私、この学校に来た理由…………君に会いに来たの」


 あまりにも突拍子のない告白に目を見開く。それがどういう意味なのか、わからなかったが、これが愛の告白ではないことだけはわかった。綾川の顔は、何処か儚くて、簡単に崩れてしまいそうなほどの脆さを感じさせる悲しさを出していた。

 少し経つと、綾川さんは勢いよく顔を上げ、笑顔を見せた。でもなんとなくぎこちなさがあったように見えた。

 はっきりと分かったわけではないものの、彼女の瞳の奥では、誰にも譲れない信念のようなものがあったような気がした。


「竹浦くん!」

「は、はい!」


 突然の大声で驚いて思わずこちらも大きな声を出してしかも上ずってしまった。


「ふふ。ちょっと声裏返ったね」

「さ、そんなことない」


 さっきの話をごまかすように、笑顔で明るい声を出しておちょくってくる。あまりの眩しさにまた恥ずかしくなって顔をそらす。


「ね、一緒に帰ろ。途中まで」

「ああ、いいよ」


 自分の顔が赤くなっているのを感じながら、一緒に帰ることにした。さっきの話が俺とどう関係するのか全く想像できないが、いつか彼女から話してくれることを祈って、今は他のクラスメイトは味わえない、クラス一だろう美少女と下校を楽しむことにした。



「また明日ね、竹浦くん!」

「ああ、また明日!」


 お互いに手を振り合い、道の角で別れの挨拶を交わす。もう日はほぼ完全に隠れてしまって、あたり一面暗い夜だった。今日一日だけで、綾川さんとかなり仲良くなれたような気がする。初日なのに、色々な顔を見れた。普通にしてるときの表情、楽しんでるときの表情、からかってるときの表情、恥ずかしがっているときの表情。


「明日泰介に自慢してやろう」


 泰介の反応が手にとるように分かる。

『はあ!まじかよ!』

 って言うような気がしてならない。想像しただけで吹き出しそうだった。


 信号が赤になり、立ち止まる。


 ポツリ、ポツリと少しづつ水が落ちてくる。雨が降っていると認識できたのは、もう少し強くなってからだった。急いでカバンから折りたたみ傘を取り出して開く。ものの数秒で雨量が増えてきた。雨が傘にぶつかる音が大きく、うるさく感じた。

 ふと綾川さんのことが頭によぎる。あのとき、校舎で綾川さんが聞いてきたことを振り返り、何か悩みがあるように見えた。


 綾川さんが抱えている悩み、どうにかできないだろうか。あんな悲しい表情をされたら、こっちまで悲しくなってしまう。彼女に悲しんだ表情は似合わない。もっと彼女の信頼を得て、肩代わり出来るようになりたい。そのためには、もっと話しかけたりして、仲良くならないといけない。


「明日から頑張ろう!綾川さんのために!」


 思わず腕を前にガッツポーズをしてしまった。ふと我に返り、綾川さんと二人で長い時間二人でいて、だいぶ浮かれていることに気がついた。自覚すると急に恥ずかしなり、誰も見ていないのに顔を伏せてしまう。気を抜くといつの間にか彼女のことを考えていた。


「まさか……な。それでも、いいのかな?」


 自分の思考が一つの答えにたどり着く。それはあまりにも現実的ではなく、もはや妄想に匹敵するものだった。


「今は、考えないでおこう」


 明日に希望と期待を乗せて…………………………………体が前に出る。


 信号は、依然赤。原因ががあるとするならば、背中に残る何かが触れた感覚だけだろう。想像すらできなかった展開に思考はおろか、体すらも反応できなかった。とっさに後ろを振り向く。

 大雨でよく見えなかったが、地面につきそうなほど大きな黒いコートを着て、フードをかぶっていた。突如吹いた強い風によってコートが少し揺れると、ちらりと顔が見えそうになった。

 実際は見ることは叶わなかったものの、雨で濡れているかもしれないが、泣いているような気がした。

 

 このまま死ぬのだけは嫌だった。まだやってないことがたくさんあった。綾川さんの力にまだなってあげてない。俺はまだ、死ねない。


 すぐそばには、大型のトラックが迫っていた。いつか見たような景色は思考を遅らせる。耳を引き裂くようにつんざく甲高いクラクションが鳴り響き、暗闇が、絶望が、悲しみが、世界を染める。


 肉体が激しくぶつかる鈍い音が一瞬だけ広がり、甲高い警鐘が辺り一帯に響く中、そこにはすでに誰もいなかった。

最後まで読んでくれてありがとうございました!次もお楽しみ下さい。

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