17 始まりの悪夢
第二回能力調査結果の発表が始まった。
「じゃあとりあえず夢汰くんからいこうか」
「はい」
真っ直ぐにこちらを見据えて真剣な面持ちで語り始める。
「前回説明したものでほぼ全てなんだけど、新しく確信したことがあるんだ。それはね、君の予知夢能力は完全記憶能力が復活しても消えない可能性が非情に高いということだ」
「え、消えるんじゃないんですか?」
「僕も最初はそう思ってたしそのつもりだったんだけどね、僕の想像していたよりもだいぶ予知夢能力が君の根底に馴染んでいて消えることがないかもしれないんだ」
「そうなんですね。けどそれは大丈夫なんですか?」
「特段気にするようなこともないさ、とも言い切れないね残念ながら。やはり本来1つでバランスの取れている能力が2つに増えるということは君の人格に何かしら影響が出てもおかしくはない」
「完全記憶能力が復活したら、別の人間のようになってしまう可能性があるということですか?」
「そういうこと。けど2つとも相性は良いはずだから不安になりすぎることもないけど、もし何かあれば言うんだよ。もちろん二人にも協力してもらわないといけないかも知れないけどね」
「「は、はい!」」
「けど能力を2つも扱える人間は僕の知る限りじゃいない。もし完璧に操れたらとてもすごいことだと思わないかい」
「思います!ロマンがありますね」
「でしょ?深刻に考えるのもいいけど度が過ぎれば毒だからね。だからといって楽観視しすぎるのも良くないけど。程々に気にする程度でいいさ」
「わかりました」
「それに予知夢能力が消えるのは君には少し寂しいんじゃないかな?」
「確かにそうですね」
自分の知る限りじゃ何年もこの能力に頼ってきている。完全記憶能力じゃ共に過ごした時間は比べ物にならない。
「ああ、それと」
「はい?」
「いつ片元が行動を開始するかわからない。いつでも対処できるように注意してくれ。君の能力が夢で見せてくれるかもしれないから、そこには期待しようか」
「はい」
「とはいえ、君の能力は絶対じゃない」
「どういうことですか?」
「未来なんてものはちょっとしたきっかけで変わる。夢と現実で変わったことがあるんじゃないかい?」
確かに自分で変えたことも、知らずし知らずのうちに変わっていた、なんてこともよくあった。現に、今日の出来事も変わる可能性がある。
そこまで言うとお茶に手を付た。今回は前回に殆どが説明されたからか、判明した情報が少ない。というよりもこれ以上調査しても些細なことしか出てこないだろう。その小さなことが重要だったりするのだが。
「あれま、夢汰くんの能力についてはこれだけか。思ってたよりも少ないな。とはいえ予知夢から僕が解説できなさそうなものはなさそうだしね」
「あ、そういえば」
「どうしたんだい?」
「俺の能力を抑え込んだ人は今何処にいるんですか?」
「ああ、その夢を見たんだね。彼はフリーの能力者だからね。普通の一般人として働いているよ」
「そうなんですね。会えたらお礼がしたかったんですけど」
「ああ良いよ。次あったら僕の方から感謝を伝えておくよ」
「ありがとうございます」
「僕や片元みたいに能力を研究する人はほんと少数で、会社で働いている人の中にも能力者は実はたくさんいるんだよ」
「みんな隠してるだけで実は能力者だったなんてことがあるんですね」
「まあそもそも能力者自体が少数なんだけどね」
いつの間にかなくなっていたお菓子を指を鳴らして籠の中に再び出現させる。そのついでにお茶まで入れてくれた。
「さて、次は綾川さん。君でいこうかな」
「よ、よろしくおねがいします」
少し緊張しているのか頬が固くなっていた。
「君も少々能力に関しては特殊だからね。緊張する気持ちも分かるよ。じゃあ話し始めようか。君の能力は多重人格でいいね?」
「はい」
「人格が切り替わるのは、前までははっきりしなかったんだけどようやくわかったよ。何かをトリガーとして切り替わることができる。ただそのトリガーになるものがわからなかったんだ。君はなにか思い当たることはないかな?」
「……ごめんなさい、わからないです」
「いいよ。夢汰くんを突き飛ばしたのが別人格と聞いたから、そのときになにか聞いたりとかしてないかと思っただけだよ」
「聞いたり………?」
「そう。今回のことに限らずに、人の意識が切り替わるときに何かしらトリガーとなるものがあることがあるんだ。例えば催眠術とか。相手を催眠にかけたときに次にこの音を聞いたら催眠にかかるだとか、これを見たら催眠にかかるとかを催眠術で植え付けることが出来るんだ。直前になにかわかればよかったんだけど」
「参考になるかわからないんですけど」
「なに?」
「意識が途切れる直前に、頭が空白になったんです」
「空白?」
「はい。空白と言うか、頭の中に何もなくなると言うか、そんな感じです」
「ふむ、なるほど。それが何を表しているのかがわかれば尻尾を掴めそうなんだけどな。頭が空白になるってことは、相手は脳に直接影響を与える能力者の可能性が高いか、もしくは何かしらの音か……」
「あ、あの」
「ああ、ごめんね。その情報はとても貴重だ。教えてくれてありがとう」
「いえ」
「それとまだあるんだ。君にはもともと能力を持っていたと言っただろう?」
「はい。無効化能力だって」
「そうだね。前までは可能性の段階だったんだけど、今回の調査で確信が持てたんだ」
「それって」
「うん。君にはもともと無効化能力を持っていた。自身を持って言えるよ」
「そうなんですね」
「まあけど自覚してなかった分能力の強さが弱すぎて、本領を発揮できてなかったようだけどね」
「今は使えないんですか?」
「今は多重人格能力が君の能力として定着してしまっているから難しいかもね。もし無効化能力が使えたなら今の能力を完全に抑えれたのかもしれないけど。さて、お茶のおかわりはいるかい?」
パチンと指を鳴らして全員の殻になったコップにお茶を継ぎ足していく。
「ふう、さてあと残るはりなちゃんだけだね」
「は、はい!」
「そう緊張しなくてもいいよ」
「わ、わかりました」
「ああ、済まないんだが、夢汰くんと玲奈さんは部屋の外に行ってもらえるかな?」
「どうしてですか?」
「りなちゃんの能力はただの瞬間移動じゃなくてね。かなり特殊なタイプなんだ。この能力は知っている人が少ないほど危険が減る」
「危険が?」
「そうさ。りなちゃん、一度能力を使ってもらえるかな?」
「わかりました」
ここにいた誰もがりなが椅子に座っていた事実を忘れ、扉付近にずっと立っていたという事実が出来上がる。
「使いました」
「ふむ、使ったのか。なるほどというべきか。これは視覚での観測はほぼ不可能だね。二人共、彼女が能力を使ったって認識できたかい?」
「いや、できませんでした」
「私もわかりませんでした。あそこから一歩も動いてないように思います。本当に能力を使ったの?」
「使ったよ!」
「まあまあ。これで確信が持てたよ。それじゃあ申し訳ないけど、夢汰くんと綾川さんは部屋の外に出てもらえるかな?」
「なぜですか?」
「さっきも言ったけど、りなちゃんの能力の本質を知らない人が多ければ多いほど良いからね」
「どういうことですか?」
「この先必要になってくるかも知れないということだよ。綾川さんの別人格は確実に敵と繋がっている。夢汰くんはお兄ちゃんだからいても良いんだけど、内容を知らない人が玲奈さん一人だけだったら心細いんじゃないか、と思ったんだけど」
「そういうことですか、わかりました。じゃあ玲奈、外でてよう」
「え、夢汰くんは聞かなくていいの?私一人でも平気だよ」
「良いんだよ。ほんとは寂しすぎて泣いちゃうだろ?」
「もう!泣かないよ!」
「ほら、置いてくぞー」
「ちょっと待ってよー」
バタン
「はは、本当にいい性格をしているね君のお兄ちゃんは」
「私のお兄ちゃんですから」
「それじゃあ始めようか」
「はい」
◆◇◆◇◆◇
「最後まで説明したけど質問はあるかな?」
「大丈夫です」
ノンストップで何分かの説明が終わった。自分の能力を少し勘違いをしてしまっていたらしい。本質はもっと先にあった。最後まで説明を聞いて、なぜ玲奈さんたちを部屋から出したのかがわかった。こんなの敵に知られでもしたら一巻の終わりだ。
「じゃ、二人共呼び戻そうか」
「はい。あの」
「どうしたんだい?」
「ありがとうございました」
「いいさ。君の能力はとても興味深い。明日から毎日研究させてほしいぐらいなんだけどね」
そう言いながら扉に手をかける。
「二人共、終わったよ」
「ようやくですか。ありがとうございました」
「結構長かったんですね」
「まあね。二人共変なことしてないよね?」
「してませんよ!第一Kが気づくでしょう」
「あはは、そうだね。冗談で言ったんだよ」
その日は解散となった。結局りなの能力については聞きもしなかったし、言われたりもしなかった。きっと聞いたら教えてくれるだろうが、聞かないことにした。
髙野さんは最初の自己紹介以降帰るときも姿を表さなかった。K曰く、研究に没頭しすぎると途中でやめられなくなるらしく、最初からこういう性格なのだという。挨拶をしたかったが、玲奈があまり乗り気じゃなかったから結局挨拶もせずにKの世界から現実世界に戻った。
「じゃあ、また明日」
「また」
「うん!またね」
社の前で解散する。特に何事もなく俺とりなは家に帰り着いた。
その日の夜、いつものごとく夢を見た。
「私、れいなって言うの!」
「僕、うた!」
顔はよく見えない。幼稚園ぐらいか小学生低学年ぐらいか、小さな子どもと一緒に元気で無邪気な声で自己紹介をしていた。
「うたくん?覚える!」
「ありがとう!僕もれいなちゃん覚える!僕ずっと覚えてられるんだよ!」
「そうなの?すごい!」
「でしょっ!」
「うたくん、あっちであそぼ?」
小さな手で川の方に指を向ける。お互いに水着は着てないで私服だった。それに気がついていないのか走って川の方へ向かっていく。
「ふつうの服じゃ危ないよー!」
れいなちゃんが私服で川まで行くのを止めようと呼びかけるも止まらない。
「きゃっ!」
「れいなちゃん!」
「うわーん!」
走っている途中にこっちを向いたために石につまずいてこけてしまった。痛みと驚きで泣き出してしまった。近寄って見てみると膝を擦りむいていた。
「僕のお母さんのところにいこう。歩ける?」
「むりぃ」
「えっと、じゃあ。はい」
「え?」
れいなちゃんに背を向けしゃがむ。何を要求されているのかれいなちゃんはわかっていないようだった。
「僕のせなかに乗って」
「で、でも、私おもい」
「だいじょうぶ!だから、はい!」
「ありがとう」
少しだけ考えたかと思うと恐る恐る首に腕を巻いた。
「ふんっ!」
その掛け声で全身に力を込めて立ち上がる。子供の力じゃ同い年の子供を背負うなんてなかなかできたものじゃない。それを成し遂げたのは、気持ちの大きさなのだろうか。
「手伝って差し上げますよ」
しばらく歩くと、自分たちがいる場所とは似つかわしくない服装、スーツを着た男性が近づいてきた。
「あ、ありがとう!」
知らない人ではなく、お父さんとお母さんの友達の仕事仲間として挨拶は交わしていた。ここにいたのは偶然なのか必然なのかはわからないが、自分一人ではれいなちゃんを運びきれないと悩んでいたときに来てくれたのは軽く救いだった。
れいなちゃんを男性に預けて変わったスピードに追いつこうと必死に追いかける。
テントに近づくと外で料理をしていたお母さんが真っ先に気がついた。
「あら?三人一緒だなんて珍しいのね」
「お母さん!」
「どうしたの?」
「れいなちゃんが怪我しちゃったの!なおして!」
「あら、ほんと。小宮さん、運んでくださりありがとうございます」
「いえいえ、私は彼がこの子を背負って運んでいるのを見かけたので大変そうだったので手伝っただけですよ」
「ありがとうございます。うた、れいなちゃんを運んであげたの?」
「うん」
「すごいわ、よくやったね」
「うん!」
「じゃあ早く治してあげないとね」
お母さんが手を膝の怪我をした部分に当てると、瞬く間に怪我が治っていく。
「流石ですお母様」
「やめてくださいよ。今の私が出来ることは怪我を治すことぐらいしかできませんから」
「おかあさんありがとう!」
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ。じゃ、遊んできなさい」
「うん!」
「はい!」
ほのぼのとした光景。今度はそれぞれがテントに戻り着替えることにした。持っていくのは水鉄砲が良いだろうか。
パチン、と全てが暗転する。
「わりぃ!夢汰、ボールは頼んだ!」
「はいはーい」
授業中、運動場で野球をしていたとき、打たれたボールが遠くまで飛んでいってしまった。
「よりにもよって神草のとこかよ」
体育館の裏から周辺にかけて雑草が伸び放題になっていた。そこに小さいボールなどが紛れると神隠しに遭ったのかのように忽然と姿を消してしまうのだ。そこから神隠しの高草、略して神草なんて言われるようになっていた。
「確かここらへんに落ちてったと思うんだけど……」
ガサリと草の擦れる音、右後頭部に感じる痛み、直後に視界が暗転する。
「っ!」
目を開けると自分の部屋ではなく、冷たい冷たい床の上で寝っ転がっていた。突然のことでなんの反応も出来ずに気を失ってしまっていた。
「あら、起きたのね。おはよう夢汰君」
Kのもとで見た夢と大変酷似した光景に覚悟が固まった。とうとうこのときが来てしまったのだ、と。
気づけば周囲の壁や床、声を発した一人の女性、片元にヒビが入っていた。それは夢が終わることを示唆していた。
痛みを感じたのは右後頭部。一度襲撃を避ければどうにかなるだろう。しかし、警官もねじ伏せる力は計り知れない。能力のことも全く分からない。とりあえず、気をつけなければいけない。
ヒビが完全に四散し夢の世界が終わる。
最後まで読んでくれてありがとうございます!次話もお楽しみください!