10 邂逅、その夢の中
永遠と続いてそうな広大な土地一面に、爽やかな緑が隙間なく生い茂っていた。すぐそばには、玲奈がうつ伏せで倒れていた。
「玲奈!玲奈!起きろ玲奈!」
上半身を持ち上げ、目一杯揺する。脈もあるし、心臓も動いていることから、死んでいないことだけは確かだった。
「ん、んん…」
「玲奈、おはよ」
「んあ、夢汰…くん?」
「そうだよ。夢汰だよ。だから早く起きてくれ」
「わわ、ごめんね!起こしてくれてありがとうってここ、どこ?」
「わからない。俺も起きたらここに倒れてた。原因はやっぱり」
「あの社?」
「社というよりか、本、だな。本を開けたあとに気を失ったんだ」
「あ、あれ、そうだっけ?」
「覚えてないのか?」
「うん。社の前に立ったまでしか覚えてないの」
「そうか…」
俺だけが覚えている記憶。俺だけが…
「これからどうする?」
「この景色は昨日の正夢で見たんだ。たしかあそこらへんに……あった。あそこに行けばいいはずだ」
俺が向いていた方向から右を向いた先に小さい何かが見えていた。
「あれは…家?」
「たぶん。あそこにKがいると思う」
「じゃあ行ってみよ」
柔らかい短い草を踏みしめながら、広大な高原にポツンと佇む一軒の家に近づいていく。
目の前につくと、ギイと音を立てて玄関が勝手に開いた。うなずき合い、警戒しながら中を覗くと、たくさんの機械が置いてあるのを視界に捉えた。
「なんだ、ここ」
「どうなってるの?」
中に入ると、外の見た目とは合わない程広い部屋が広がっていた。それに加えて、別の部屋も造られていて、外見はただの一軒家なのに中は巨大なラボのようだった。
『やあ、来たんだね。二人とも』
唐突に聞こえた声に驚き、きょろきょろとあたりを見渡す。
『ああ、ごめんね。今僕は君たちが目で探して見つけられる場所には居ないんだ。そこからまっすぐ進んで通路を通ってくれ。僕の元までナビゲートするよ』
「どうする?」
「いきましょう」
「そうだな」
言われたとおりにまっすぐ進む。玲奈の顔を盗み見ると、頬が固くなっていた。
「緊張してる?」
「してるよ。夢汰くんは?」
「俺はあんまりかな」
「どうして?」
「んと、夢で予習してるから、かな」
嘘だ。いや、あながち嘘というわけでもないが。Kに会うまでの過程の夢は見ていない。だから完璧な予習とは言えない。
ただ単に、玲奈の目の前だから少し強がってるだけだ。7割ぐらいがこの理由なんだから、正直に話せない。
「うわ、それずるいー」
だから強がってるだけだってば。教えないからずっと気づかないと思うけど。
「ずるくねーよ。俺の能力が万能だったってだけだよ」
『突き当りについたら、右に曲がってね』
「どっから見てるんだ?」
「監視カメラもないもんね」
さっきまで通ってた道も、最初に見た広い部屋にも、監視カメラは一つもなかった。まぁ、ここにはほとんど誰も来なさそうだから必要ないかもしれないけど、どこから見てるんだろうか。
『あ、そうだ。ついでにお使いを頼まれてくれないかい?』
「えーまぁいいですけど」
「そんなあからさまに嫌って声出さないでくれよ。お使いってのは、今通ってる通路の左側にある部屋に取ってほしい物があるんだ。目立つ扉してるからわかりやすいんじゃないかな?」
「ここ……じゃない?」
そこには、壁や建物の雰囲気に全然似合わない扉が、堂々と立っていた。玲奈の顔は明らか引きつっていた。俺の顔もきっと変な顔をしているのだろう。
『おいおい、そんな顔しないでくれよ。目立たせようと思ってそのデザインにしたのは僕もちょっとやらかしたって思うけどさぁ。他の人に同じ顔をされたら傷つくってもんよ』
「す、すみません」
『ま、まあとりあえず、その部屋に取ってほしいものがあるからお願いするよ』
扉を開けた瞬間は、部屋に電気はついていなくて、真っ暗だったが、中に入るとすぐ明かりがついた。どこかに電球があるかと思って探したのにどこにもなかった。
部屋の中は想像していたよりも整理されていて、用途がまったく想像できないものがたくさん置かれていた。
「で、何を探せばいいんですか?」
『部屋の真ん中に四角いキューブが沢山入った籠があるのがわかるかい?』
「はい」
『それを籠ごと持ってきてほしいんだ』
「これを?結構重そうじゃないですか?」
『まあ、多少なりとも重さはあるけど、お願い、頑張って』
「じゃあ、俺が運ぶよ」
「わ、私も…」
「いいよ、玲奈は。俺が運ぶから」
「でも」
「いいから、いいかr!?」
「大丈夫!?」
「あ、ああ。大丈夫。……ごめんけど片方持ってもらっていい?」
「もう、最初からそうすればいいのに」
「返す言葉もございません」
想像してた何倍も重かった。持ち上げれたものの、Kの部屋にたどり着くまで体力が持たないのは明白だった。
『もうすぐで着くからそこまで疲れないと思うよ。突き当りまでいったら、左に曲がって。そしたらすぐ部屋があるから、そこが今僕がいる場所だよ』
「もうすぐだ……」
玲奈は言葉を返せるほどの体力が残っていないようだった。俺もだいぶ疲れて休みたいと思っていたときに、突き当りに到着した。
最後の力を振り絞って左に曲がると、言っていたとおり部屋に続く扉があった。とうとう力尽きて、部屋に入る前に籠を床に置いてしまった。同時に部屋の扉が開く。
『入ってきていいよー』
「またこれ運ぶんですか?」
『何言ってんだい?もう目の前にはなにもないだろう?』
「え?」
俺と玲奈は素頓狂な声を出して籠を置いた場所を見る。するとそこには、さっきまであった籠の姿が何処にもなかった。
『ほら、ないでしょう?』
「え、ええ」
『ほら、早く入ってきなよ。聞きたいことがたくさんあるんだろう?』
釈然としないまま部屋の中に入っていく。物が多いわけじゃなかったので、部屋の中はスッキリしていた。部屋の奥に大きなモニターやよくわからない機械、たくさんのパソコンが並んでいて、その近くの椅子に座っている青年がこちらを向いていた。
「やあ、よく来たね。お使いお疲れ様。お茶を用意したから飲んでいいよ」
手にはいつの間にかお茶が入ったコップが握られていた。驚きで落としそうになるも、すんでのところで抑えた。抑えたつもりだった。いや、実際にはコップは落とさずに手に持っている。持っているはずなのに、自分の力で抑えている感じがしない。持っているのに、自分の意思で持っているわけじゃない奇妙な感覚に陥る。
玲奈も同じような感覚を感じたのか、何が起こってるのかよくわからないような、微妙な顔をしていた。
「ははっ、良い顔してくれるね。その微妙な感覚は俺の能力によるものだよ」
「能力?どんなものなんですか?」
「特別に教えてあげよう。そこの席に座ってもらおうかな」
さっきまで何もなかった場所に、テーブルと椅子がいつの間にか用意されていた。
「これもあなたの能力なんですか?」
「そうだよ。あ、ついでにお菓子も食べよう」
瞬きをする一瞬で、テーブルの上にお菓子が盛り付けられた木の皿が置かれていた。
「す、すごい」
同じ能力者同士なのに、ここまでの格の差が出てしまえば素直な称賛しか出てこない。どんな能力かも全然わからない。時を止める能力とかなんだろうか。そんなパワーーバランスが崩れそうな能力があって良いものなのか。
そんなことを考えながら席につく。いつの間にか離せるようになったコップをテーブルの上に置いて話を聞く体勢を整える。
「さて、何から話そうか。あ、気になっているであろう俺の能力でも聞くかい?」
「「お願いします!」」
「俺の能力はね、空間の能力さ」
「空間の能力?」
「そうさ。空間に関することなら大抵のことが出来る。例えば、こんなふうに瞬間移動したり。これは空間移動だからね」
そう言いながら椅子から俺たちの後ろに突然出てきた。
「あとは、物の空間移動。空間の拡張・収縮とかね。この家の間取りだとか変だと思ったでしょ?外から見たら小さな一軒家。だけど中はめちゃくちゃ広いラボ。一軒家の中の空間を拡張して出来る芸当なのさ。空間能力の応用編でね、一から新しい空間を創り出す」
「新しい空間?」
「君たちが倒れてたあの広い平原だよ。あれは俺が作った空間なんだ」
「あんな広いものをですか!?」
「そうだよ。すごいでしょ。新しい空間を作るにはその空間に訪れるために必要な経路になるものが必要なんだけど、今回は本なんだけど覚えてるかな?」
「覚えてます」
「本?私は社だと思ったけど」
「良いねえ。あとでその説明をするよ。自慢の続きをさせてくれ。自分で創った空間の中ならいくらでも好きなことだ出来るんだ。例えば、カメラを使わずとも好きな場所を見たり、スピーカーがないのに好きな場所に声を届けたりね」
「だから、なにもないのに見えてるような事を言ったり、声が聞こえたりしたのね」
「極めつけは、時間に縛られなくすることが出来る」
「それって、この空間では時間が流れてないってことなんですの?」
「そうだよ。だからここにいる間は、歳も取らないし、何十年とここで過ごそうとも現実世界に戻れば数分しか経ってないんだよ」
「そんなことが出来るんですか!?」
「自分で創り出した空間だからね。自分のしたいように出来る空間じゃないと創った意味が薄れちゃうからね」
「じゃあ、この空間にいる限り、Kさんは無敵ってことですか?」
「そうだよ。俺の能力はとても万能だろ?これが、能力の本来の力なんだよ」
「あ、あの…」
「ん?どうしたんだい?」
「一つ聞いていいですか?」
「いいよ。何でも聞いて」
「その能力あればキューブの入った籠を俺たちに運ばせる必要なかったですねよ?」
「あ、あはは……夢汰くんからとてつもない怒気を感じるんだけど、気のせいかな?」
「きっと気のせいですよ」
「まあまあ、確かにその通りだけど、君たちを観察するためだよ。このお使いで、キューブを大事に運ばなかったり、落としたり、諦めたりしたら、問答無用で外に出そうと思ってたんだけど、君たちは条件をクリアしたからここに招き入れたんだよ」
「そ、そうだったんですね…」
なかなか怖いことをしてくる。クリアしなかったら話を聞けなかったってことだ。もう二度とここに来れない可能性もあったから、本当に危ない道だった。
「さて、そろそろ本題に移ろうか。君たちが聞きに来たことは、それぞれの能力のことをもっと詳しく知りたいってとこかな?」
「はい」
「じゃあ、二人共そこの椅子に座ってもらっていいかな?」
近くに電気が通りそうな椅子が2つ並べられていて、椅子の後ろには何かを測定する機械のようなものが椅子とつながっていた。
椅子に座ると、頭に無数の線がつながったヘルメットをかぶり、体をガッチリと固定される。
「あ、あの……」
「心配しなくても痛いことはしないから安心して。意識は落ちるけどね。君たちの夢を見せてくれ。じゃ、おやすみ」
その言葉を最後に意識はぷつりと途切れた。
暗闇の中、声が聞こえる。
「どうしてだ!なぜそういう考えになる!」
「どうしたもこうしたも、最初から私の考えは変わってないわよ」
「昔は俺達と協力して能力を調べ上げようって約束したじゃないか!」
「悪いけど私にそんな記憶はないわ。二人も子育てで抜けるのでしょう?私はあなたの研究は手伝えないわ。私は私で研究するわ」
「お前、何言ってんのかわかってんのか!お前、自分の能力で苦労してたじゃないか。能力で苦労している人たちを助けたいって言ってただろ!?」
「もちろん助けるわ」
「助けるための方法が駄目なんだ!能力者を無理やり研究するなんて、お前がやりたかった研究はそんなんじゃないだろう!」
「いいえ、これで合ってるわ。あなたこそどうして私の研究にそんなに口出すのかしら?」
「間違ってるからだ!」
「間違ってるかどうかは私が決めるのよ。あなたが決めることじゃないわ」
「だからって、夢汰くんを無理やり攫おうとするのは間違ってる。それはれっきとした犯罪だ!」
「夢汰君を研究することで世界中の人を救えるのよ」
「夢汰くん一人だけじゃ世界中の人を助けるなんて到底無理だ!もっと時間をかけて、色んな人の能力を見させてもらうしかないんだ!」
「あなた一人ですれば良いんじゃないの?」
「夢汰くん一人で解決できる根拠はなんだ?」
「根拠なんてないわよ。でも私の直感が出来ると言っているのよ」
「は?直感?………ふざけるな!お前今まで直感なんか信じてなかっただろ!」
「そんなことないわよ。私の直感は宛になるわ」
「ならない!」
「だから、夢汰君を連れて行かせてもらうわ」
「わ、渡さないわよ」
「落ち着け □ □ □」
「あら、私は落ち着いているわ。どうして預けてくれないのかしら?」
「渡さないに決まってるだろ」
「あら、じゃあ力ずくね。覚悟なさい」
「二人共遠くへ飛ばす!そこから更に逃げろ!」
浮遊感を感じてうめき声が出る。
「 □ □ □ は大丈夫かしら?」
「ああ、きっと大丈夫だ。あいつの能力なら逃げ切れる」
「どうして、どうしてこんなことに……」
おでこやほっぺたに水が落ちてくるのを感じた。
「わからない。今までの彼女とは全然違って見えた。どうしてそうなったのかわからないけど、なにか原因があるはずだ」
「そうね…。あれが彼女の本当の意思じゃないことを願いましょう……」
声も感覚も途切れた。
「あなたは私達に使い潰されるのよ。今頃あなたのお父さんとお母さんはあなたのことを必死に探しているかしらね」
湿って冷え切った石造りの牢獄の中、モヤがこちらを見ながら喋っている。
「玲奈は!玲奈は何処だ!」
意識してないのに口が勝手に動いている。玲奈のことを聞いていた。きっと危機的状況に陥っているのかもしれない。これは、夢の中だ。
「玲奈ちゃん。姿を見せてあげなさい」
タン、タン、タンと足音のような音が響いて、こちらに近づいてくる。
「れ…れい、な?」
「あは!いい姿をしてるわね夢汰くん」
「れいな?」
「あら、喋れなくなったのかしら?」
「本当に玲奈なのか!?」
ガンと音を立てて鉄格子を掴む。
「うるさいわね。近づかないで頂戴」
「あとは二人にしてもいいかしら?」
「うわ、冗談じゃない」
「私も忙しいの。彼で遊んでいいからちょっと面倒見てあげなさい」
「仕方ないわね。あんた、なんでここにいるのかわかってるの?」
人が変わったようにきつく当たってくる。
「お前は、玲奈の別人格か?」
「さあ」
ブツリ
そんな音を立てそうな程に唐突に意識がなくなる。
最後まで読んでくれてありがとうございます。次回もお楽しみください!