8話目 要らぬ妬み
「若いわけでもないのにお高く止まっちゃって」
ホント、と賛同する声は二つだけ。
ケイトが廊下を通っていたら聞こえてきた声に、ケイトはため息をつく。
「あなたたち、おしゃべりする暇があるなら、応接間の片付けをお願いね」
突然現れたケイトに、賛同の声をあげていた二人は気まずそうに顔を伏せてそそくさと応接間に向かう。
そして、悪口を言っていた張本人は、上目使いでケイトを見ると、バカにしたように笑った。
「本当のことを言っただけなのに」
悪口を言っていたのは、最近カルタット公爵家から移ってきたサリーという使用人だった。まだ20そこそこの若い使用人は、今まで見られなかった使用人たちの乱れを生んでいた。
その一つが、ケイトに対する悪口だった。その理由となっているのは、他でもないクリスだった。
どうやらサムフォード家に頻繁に顔を出すクリスを気に入ったサリーは、クリスに声をかけたらしい。だが、クリスは礼儀的な挨拶に終始して、全く相手にしていない。というのがなぜかケイトに逐一報告されている。
ケイトにとっては、どうでもいい情報だったが、ケイトを慕う使用人にとっては、クリスに色目を使い、八つ当たりのようにケイトの悪口を言うサリーは煙たがられていた。
もちろん、皆がケイトを慕ってくれている訳ではないので、先程の二人のようにサリーに付き合う使用人もいる。
ケイトは悪口を言われることは気にもならなかったが、その事で使用人たちの関係が変わってきていることを気に病んでいた。今までは多少の好き嫌いがあっても、仕事上皆顔に出さずに仕事をしていたのに、サリーが来てから、サリーに習うように自分の感情を表に出す使用人が出てきていることは事実だった。もちろんそれが仕事に与える影響は大いにある。
フォレスにも相談してはいたが、いい解決策は見つけられそうにもなかった。
「サリーさん。私を嫌いで構わないけれど、それを表に出すことで仕事に支障を出すのはやめてください」
ことあるごとに本人にも注意はしている。
「あら。いい人ぶっちゃって」
でも、サリーは聞く耳を持たない。
「あばずれのくせに」
ケイトの表情が固まると、満足したようにサリーは去っていく。ケイトはハッとして、またやってしまったと後悔する。
サリーの悪態を聞くと、ケイトは体が固まってしまう。それを見てサリーはますますケイトの傷つく言葉を告げていく。
サリーに直接言われるまで、そんなことで自分が傷つくと思ってもみなかったが、実際にそうなってみると、ケイトは思っている以上に傷ついた。
何より、嫌な記憶がよみがえってきて、囚われないようにと生きてきたつもりで、実はかなり囚われたままだと突きつけられている気分になった。
そして何より、サリーに嫌みを言われたあと、ケイトは決まってお腹が固くなりキューっと締め付けられるように痛んだ。
赤ちゃんにいい影響があるとも思えなかったが、それまでは耐えられる痛みだったこともあり我慢していた。だが、今日は違った。
あまりの痛さに、ケイトはしゃがみこんだ。
「ケイトさん! どうかしましたか?!」
通りかかったのはフォレスで、ケイトは何とか顔をあげた。
「ちょっと痛くなっただけです。少しすれば大丈夫になりますから」
「ケイトさん。無理はされないでください。顔色も悪い。今日はもう休んでください」
フォレスの申し出はありがたかったが、さっき他の使用人を注意した手前、休むのは気がとがめた。
「いえ。少しだけ休憩したら、仕事に戻ります」
かたくななケイトに、フォレスがため息をつく。
「ケイトさん。使用人は何人もいますが、赤ちゃんのお母さんはあなたしかいないんですよ? 無理をして母体にも子供にも何かあってからでは遅いんです。幸いこの家は使用人に優しい。無理をする必要はないんです」
「でも」
ケイトにフォレスは首を横にふった。
「ケイトさんが、この家の初めての職業婦人のモデルになるんです。無理をしなければ続けられないとなれば、続く人だって出てきません」
フォレスの言葉に、ケイトは渋々頷いた。それでも、仕事をしなければ、と焦る心は収まりそうにもなかった。
***
トントン。ドアを叩かれて、ケイトは体を起こした。
「はい」
そっと入ってきたのは、ミアだった。ケイトは慌ててベッドに腰掛ける。
「ケイト、そのままでいいわ。体調悪いんでしょう?」
「今は、大分良くなりました」
ホッとミアが息をつく。ケイトは心配をかけて申し訳ない気分が湧いてきた。
「ごめんなさいね。サリーのことで気を煩わせちゃってるみたいで」
「……いえ。気にしなければいいだけの話ですから」
「サリーのことはこちらでどうにかするから」
「いえ! 私とサリーの問題ですし」
首を振るケイトをミアが抱きしめた。
「いいえ。サリーを雇ったのは私たちだから。私に任せてちょうだい?」
そう言われてしまえば、ケイトはコクリと頷くしかなかった。