7話目 もし結婚するのであれば
「ケイト、クリスさんを盛大に振ったみたいね?」
お茶の用意をしていたら、ケイトはミアに話しかけられた。どこかで聞き耳をたてていた人間がいたのか、本人が誰かに話してしまったのか。どちらでも構いはしないが、翌日にはミアの耳にまで届いていることに呆れた。
「ミア様、説教ですか?」
「説教? どうして、そんなことを? 人の恋愛などその人の価値観で構わないじゃない。人がどうこう言う筋合いなんてないでしょ?」
ミアが首をかしげる。
「いえ。それを聞いて安心しました」
ケイトはホッと息をついた。
「でも、クリスさんバラの花束を用意してプロポーズしたんですって? ロマンチックよね」
ミアが両手を組んで遠くを見つめる。ミアの母親であるメリッサも、ロマンスを好む傾向があったが、それは娘であるミアにもしっかり受け継がれているらしい。
「あれはプロポーズではなかった、と思いますが」
ケイトが理解しているのは、お付き合い、という部分だけだ。
「あら。プロポーズとしても認めてもらえないなんて、クリスさんかわいそうに……」
ケイトは聞かなかったことにして、カップにお茶を注いだ。
「ねえ、ケイトは一体どんな人だったら、結婚してもいいと思えるの?」
予想外の内容に、危うくお茶をこぼしそうになる。
「ミア様。私は結婚いたしません、と申し上げているじゃないですか」
「あら。今サムフォード家の大事な事業は何かご存知?」
「ご令嬢の結婚相談所だと理解していますが」
「そう。結婚相談所なの。だから、参考までに聞かせてほしくって」
「結婚するつもりがないですから、特に希望などありません」
「……じゃあ、結婚したくないと思う相手のイメージを逆にして言ってみてくれない?」
結婚したくないと思う相手。
ケイトはすぐにその相手を思い浮かべた。もう顔などおぼろげにしか覚えていないが、嫌だったことはいくらでも思い出せる。
「きちんと真面目に働いている、自分勝手じゃない、優しい、暴力をふるわない、浮気をしない、相手を敬う……」
「……それならば、居そうな気がするわ」
ミアの言葉に、ケイトは首をふる。
「夢ばかりを語らない、嘘をつかない、自分の子供じゃなくても子供を愛せる、そして、スキンシップも性生活も一切必要としない」
言い切ったケイトはニッコリと笑う。
「そんな相手がいますでしょうか?」
「……最後ので一気にハードルが上がったわね。スキンシップもダメだって……それって夫婦って言えるのかしら?」
「ええ。ですから私には結婚は無理だと申し上げているじゃないですか」
「……そうね。確かに言ってたわ」
「ミア様はロマンスがお好きですけど、ロマンスは現実になったら、美味しくともなんともないんですよ。結婚は生活ですからね」
ケイトが首をふる。
「ひどく現実的なアドバイスね。……でも、そうね。結婚は現実的なのよね。……色んなことに目をつぶらないといけないのかしら?」
ミアのため息に、ケイトはハッとする。
「ミア様。何かを犠牲にして結婚を選ぶなんていけません」
ミアは以前から結婚を迫られている相手がいる。だが、ミアはそもそも乗り気ではなかったし、亡くなる前のサムフォード男爵も一度は退けた結婚の話だ。
本来なら考える必要のない話なのに、サムフォード男爵夫妻が亡くなったことで、ミアたちサムフォード家の兄弟は立場が変わってしまい、強気で断ることもできなくなっていた。
そして、客人の護衛役が大ケガをしてしまったことで、ミアはその責任を取らなくてはいけないんじゃないかと思っているのかも知れなかった。
「私だって何かを犠牲にするつもりはないわよ? ケイトは自分の恋愛には口出しされたくないのに、人のには口出しするのね?」
茶目っ気たっぷりに笑うミアに、ケイトはホッとする。
「ミア様のあのお相手は別です。使用人一同で反対申し上げます!」
「あら。使用人一同なの? それはそれですごいわね」
「冗談ではないですからね。もし嫁ぐとなったら、誰もついていきません」
「あら、それは大変ね」
クスクスと笑うミアに、ケイトは一礼をしてミアの部屋を辞した。
***
「ケイトさん、お友達になりましょう!」
ケイトが休みの日、サムフォード家に現れたのは、黄色いガーベラの花束を持ったクリスだった。