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29話目 証明

「誰だ?」

 ダンが目をすがめる。

 クリスがケイトの隣に立つ。

「クリス・ホイラー。ケイトの夫です」

 クリスがケイトに頷く。でもケイトは話が分からなかった。問いかけるようにフォレスを見れば、フォレスがニヤリと笑う。どうやら、これはそういう話になっていたらしい。


「夫? 誰の許可があって、ケイトと結婚したんだ?」

 結婚に親の許可をもらう。それは確かに一般的な手続きだ。

「私に親はおりませんので、許可などもらいようがありません」

 ケイトはきっぱりと告げた。

 クリスが頷く。

 ダンが首を振る。

「私はケイトの結婚など認めない。ケイトはうちに戻って、私の世話をしておけばいいんだ」


「申し訳ありませんが、妻を見ず知らずの人間の使用人として渡すつもりはありません」

 クリスがダンに恭しく告げる。

「私の娘を私の好きなように使って何が悪い!?」

「私は、あなたの娘ではありません」

 ケイトは淡々と告げた。

「さっきから何を!」

 カッとしたダンがドン、とテーブルを叩く。


「では、親子関係を証明するものでも、何かありますか?」

 淡々とクリスが告げる。この国で親子関係を証明する方法など、見た目と親子間の認識以外ない。子は育てられているからそれが親だと認識するだけだ。

 ケイトは幸い母親似だった。もし父親似だったとしても、親ではないと主張はするつもりでいたが。

 ダンが悔しそうに唇を噛む。

 だが、次の瞬間、ダンは、あ、と声をこぼしたかと思うと、鼻で笑った。

 ケイトはその笑みに背筋がヒヤリとする。


「娘には、胸元にひし形の赤いアザがあった。マーゴが言っていたんだ、それに私も見た記憶がある。間違いない!」

 意気揚々と告げるダンに、クリスがケイトを見る。

 ケイトはクリスにコクリとうなずいた。

「そんなものは、私にはありません」

 きっぱりと告げたケイトに、ダンの顔が怒りで赤くなる。

「嘘をいうな! 口先だけなら何とでも言える! 見せろ!」

 立ち上がったダンの前に、クリスが立ちふさがる。

「私の妻の肌を、他人に見せたくはないですね」


「娘だと言っているだろう!」

「では、私が見て確認しますので」

「お前が見たら、嘘をつくに決まっている! 今でも嘘をついているんだからな!」

 ダンの言葉に、クリスが首をふる。

「ケイトが違うと言っていますから、あなたは親ではないんです」

「手紙を、うちに出したのはケイトの方だ! ケイトの母親がマーゴである以上、ケイトの父親は俺以外にいるわけがない!」


「私の親はもう亡くなってしまったんです」

 ケイトは静かに首をふる。ケイトにとっての親は、マーゴだけだ。ダンを父親とはもう呼ぶ気はなかった。

 ダンがわなわなと唇を震わせる。ケイトが自分の存在をなかったことにしたことを理解したのだろう。

「そこまで言うなら、アザがなければ俺が親ではないと認めてやる!」

 クリスが労るようにケイトを見た。ケイトがコクリと頷く。


「私はあちらに行っておきますので」

 フォレスが気遣って場から離れる。

 ケイトは着ていた服のボタンを胸元まで外した。

 胸元には、ひし形のアザなど見当たらなかった。

 ダンが目を見開く。

「な……そ、そんなわけがないだろう!」

 ケイトは哀しみを湛えた目でダンを静かに見た。

「私はあなたの子供ではないと、証明できましたよね?」

 ケイトはボタンを留める。


「では、お帰りいただけますか?」

 クリスがダンの腕を掴む。ダンは乱暴にクリスの手を振り払うと、ツカツカと食堂の入口に向かう。フォレスが恭しく扉を開いた。

 その後ろから、クリスとケイトが続く。

 ダンが屋敷の外に出て行ってしまうまで、ケイトは気を抜くわけにはいかなかった。

 ダンは無言でホールまで歩くと、ピタッと足を止めた。

 振り向いたダンは冷たい目をしていた。だが、ケイトはダンの視線をしっかりとした目で受けとめる。

 ケイトには、もうダンを恐れる気持ちはなかった。


「お前など、もう娘ではない」

 ダンからの決別の言葉は、ケイトにショックを与えはしなかった。ただ、安堵と一抹の寂しさを与えただけだった。

「ええ。お元気で」

 ケイトの言葉に頷きもせず、ダンは踵を返すと屋敷から出ていく。

 バタン、と閉まった扉に、ホッとケイトは息をつく。崩れ落ちそうになる体を、そっとクリスが支えた。

「ケイトさん、がんばりましたね」

 ケイトはコクリと頷いて、両手で顔を覆った。


 ホッとすると同時に、母親が亡くなっていた事実に胸が締め付けられた。

「母さん……」

 涙があふれる。もっと前に連絡を取ろうとしておけば、後悔がケイトを責める。

「もしかして、おばさんは……亡くなったんですか?」

 クリスの問いかけに、ケイトは顔を手で覆ったまま頷いた。

「そう、ですか」

 クリスはそう言うと、ケイトをそっと抱きしめた。


 *


 ケイトが泣き止むと、クリスがホッと息をついた。

「ケイトさん、頑張りましたね」

 ケイトは涙にぬれた目をクリスに向けた。

「クリス、ありがとう」

 クリスは微笑んで、ケイトの体を解放した。

「問題が一つ解決して、良かった。それでは、私は帰りますね」

 ケイトは思いがけないクリスの言葉に、止まる。 

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