26話目 思いがけない手紙
「じゃあ、また来ます」
にこりと笑うクリスに、口を開きかけたケイトは続ける言葉が選べなくて口を閉じる。
「どうかしましたか? ケイトさん」
ケイトは意を決して口を開く。
「ねえ、クリスは……」
そこまで口にして、クリスがケイトの気持ちを読み取ってくれないかと思っても、クリスは不思議そうな顔でケイトを見つめたままだ。
「私がどうかしましたか?」
私。
クリスの自分の呼び方に、ケイトは期待する気持ちなど一気に霧散する。
クリスが距離を取っているとしか考えられないからだ。
クリスは普段、僕と自分のことを呼んでいた。だが、最近はそうやって自分のことを呼ぶこともない。その呼び方の変化にも、ケイトはクリスとの心の距離を感じざるを得なかった。
「……ほぼ毎日ここに来るの大変じゃない?」
だから、肝心なことを口にする勇気が無くなる。
「まさか! ……もしかして、毎日顔を出すのは迷惑でしたか?」
そうやって、クリスがこの訪問を否と言わなそうな内容を問いかけるのがせいぜいだ。
「そんなことないわ。……ただ、気になっただけ」
「もし、迷惑だと感じたら、言ってくださいね」
ケイトはうつむいて首を横にふった。
「それでは、帰りますね」
あ、とケイトが声を漏らしたときには、クリスはドアの外に出ていってしまった後だった。
パタンと閉まるドアをケイトはじっと見つめる。
ここのところ、こんなやり取りが繰り返されるばかりだった。
ケイトは大きく息をついた。
「ふぎゃー」
アルフレッドが泣き出して、ケイトは慌てて立ち上がる。
授乳したのは30分ほど前だし、オムツも先ほど変えたばかりだった。多分、どちらでもないだろう。
案の定抱きしめれば、アルフレッドは落ち着いた。
ケイトの不安な心が、アルフレッドに伝わったせいなのかもしれなかった。
**
「ケイトさん、手紙が来てるわ」
ローズがケイトの部屋に手紙を持ってやって来た。
「手紙?」
手紙をもらう予定もないケイトは、首をかしげる。
「ええ」
受け取った封筒には、差出人の名前はなかった。ただ、女性ではなく男性の字であることはわかった。
ケイトは妙な胸騒ぎがした。
「どうかしたの?」
ローズの問いかけにケイトはハッとする。
「ううん。……妙だな、って思っただけ。私宛に手紙なんて……あの事件の時くらいしかなかったから」
ケイトの言葉に、ローズがハッとする。
「変な手紙だったら、絶対言ってね!」
「ええ。勿論よ」
「一緒に読みましょうか?」
あまりに過保護な申し出に、ケイトは苦笑する。
「それはいいわ。気のせいかもしれないし……」
「本当に何かあったら、教えて! 私絶対力になるから!」
「ええ、頼りにしてるわ」
ケイトが頷くと、ローズが安心したように笑って部屋を出て行った。
ケイトだって、あの出来事の二の舞になるのは避けたい。
封筒についたのりを、丁寧にはがす。
中に入っているのは、二つに畳まれた便せんが一枚だけ。
ケイトは、どこか緊張した面持ちで二つに折られた便せんを開く。
サッと紙に目を走らせる。最後にサインがあった。
ダン・マッカロー
ケイトの父親の名前だった。
ケイトはぶるりと体が震える。
どうしてこの場所が父親にばれてしまったのか。
そう考えて、気付く。
あの事件の日、ケイトは母親あてに手紙を書いて出しに行く途中だった。その手紙は、ケイトの手元にはなかった。
つまり、誰かの手により、あの手紙はポストに入れられ、マッカロー家に届いたということだ。
あの時は、父親が亡くなり母親だけがいるつもりだったから、手紙を書いた。
だが、そもそもあの情報自体が嘘だったのだと、ケイトは理解するよりほかはなかった。
手紙の字は、淡々としたものだった。怒っているのか喜んでいるのか、全く分からない。だが、父親のケイトへのそれまでの態度を考えると、きっとどちらでもないのだろうとしかケイトには思えなかった。
だから、ケイトには父親の意図が全く分からなかった。
「ケイトに会いに行くよ」
一体何のために?
ケイトには疑問しか生まれない。
だが、一つだけ言えることは、ケイトは父親を喜んで迎えることはできそうにもないということだった。
実の父親なのに。
そう思わなくもない。だが、ケイトは一つ気がかりなことがあった。
父親とガストンに繋がりがあったことだ。
そのことが、サムフォード家に何か災いを呼び込んでしまうかもしれないのだ。
実の父親なのに、疑うなんて罪深いのかもしれない。
だが、ケイトは今守りたいものがある。
このサムフォード男爵家と、アルフレッド。それに、クリス。
ケイトが何か厄介ごとに巻き込まれると、その皆に迷惑をかけてしまうことになりかねない。
もし、誰かが命を落としたら。
そう思ったら、ケイトがやれることは、決まっている。
ケイトはアルフレッドを抱き上げると、部屋を出た。
大げさなのかもしれない。だけど、何かがあってからでは遅いのだ。
ケイトの足は、ミアたちがいつもいる居間に向かっていた。