25話目 10年ぶりの再会
「ローズ、そこまでキョロキョロしないでも」
町中をキョロキョロしながら歩くローズにケイトは苦笑する。ケイトの背中にはアルフレッドが背負われていて、今は散歩中だった。
単なる散歩になぜローズがついてきているかと言えば、万が一のため、らしい。
だが、力の弱いローズとケイトとアルフレッドの三人がいても、特に役にはたちそうにもなかったが、人目があるだけでいいと、ローズはケイトたちの散歩に駆り出された。
それもあっての、ローズのキョロキョロと落ち着かない行動なのだ。
ローズは息をつく。
「今は大丈夫そうです!」
ケイトはうなずく。どう見ても牧歌的な人々の行き交う広場は、危険なことは何もなさそうに思えた。
「アルフレッドは良く寝てますねぇ」
ローズがケイトの背中を覗き込む。
出掛ける前は少々愚図っていたアルフレッドだったが、今はもうすやすやと寝ている。
「そうね。寝てくれていた方が、ホッとするわ」
それは、ケイトの正直な感想だった。子育てはケイトが思っている以上に大変だった。
「眠っている顔はかわいいですけど、起きてるときもかわいいですよ!」
どうやらローズにはまだ子育ての大変さは理解されないらしい。
「そうなんだけどね」
ケイトは苦笑した。ケイトは暫しの休息に息をついて広場を見回した。
広場から一本道を入ると市場がある。その道は、今日も賑わっていた。
「ねえ、ローズ。市場に行かない?」
「いいですけど、くれぐれもはぐれないでくださいね!」
ローズの言葉にケイトはクスリと笑う。
「大丈夫よ。子供じゃないんだから」
「いーえ! 私と手をつないでおいてください!」
ローズの過保護さに、ケイトはもう一度笑って、手をつないだ。
少女のような行動に、ケイトは失ってしまった幼さを少しだけ思い出した。
ケイトたちは、何を見るでもなく、市場の店先を覗いては、あーでもない、こーでもないと話しながら歩いていく。
「あー。あー」
いつの間にかアルフレッドが起きたらしい。機嫌のいい声に、ケイトは後ろを振り向いた。
アルフレッドはきょとんとした顔をしていた。こんな人ごみの中を歩くのは初めてで、驚いているのかもしれなかった。
ふふ、とケイトは笑う。
「ケイト?」
記憶をくすぐる声に、ケイトは視線を向ける。
人で溢れる市場の通路に立ち止まる男性がいた。
「リオール?」
その姿は、10年前よりもふっくらとしていたが、その声も雰囲気も、ケイトの知るもののままだった。ケイトより3つ年上のリオールは、今は33才になっているはずだ。
「久しぶり……子供か……結婚したんだな?」
懐かしそうに告げるリオールの表情には、気まずくなって別れた10年前のわだかまりは感じられなかった。
「……ええ」
ケイトは答えづらくて、そのまま肯定した。隣にいるローズは、状況を飲み込めてはいそうになかったが、黙ったままいてくれた。
「リオールはどうして?」
リオールが住んでいるのは、王都からずいぶん離れた場所のはずだった。
それを知っているのは、ケイトとリオールが付き合い始めるきっかけが、リオールが王都から自分の生まれのその町へ戻るかもしれない、というところだったからだ。
「いや、町の外でとれる草が、最近薬になることが発見されたらしくて、それを納入しに来たんだ。いい金になって、うちの町が潤ってきていてな。いい薬を作ってくれたと思っているんだ」
リオールからふっと薫ってきた香りは、どこかで嗅いだような気もしたが、ケイトは思い出せなかった。
もしかしたら、最近王都で使われるようになった薬なのかも知れなかった。
「そうなの。……リオールは、元気にしていた?」
申し訳ない気分で、ケイトは尋ねた。妻がいるのか、聞きづらかったのもあった。
「ああ。元気にしてたよ。向こうで結婚したんだ。子供が3人いてな。子供たちに王都のお土産を買っていかなきゃならん。皆女の子で肩身が狭い」
肩をすくめるリオールは、幸せそうに見えて、ケイトはほっと息をついた。ずっと、気にはなっていたのだ。
「ご家族も元気そうで何よりだわ」
「ケイトも……大丈夫になったんだな」
リオールがアルフレッドを見る。
ケイトはこくんと頷いた。事実は未だどうかはわからないが、子供ができることをできたことは間違いなかった。
「心配してたんだ。乗り越えられたみたいで、よかった」
「ありがとう」
ケイトの心はじんわりと暖まった。
こういう人だから、ケイトはリオールに惹かれたのだ。結局、体を繋げることができなくて、リオールの町についていって結婚するという話を受けることはできなかったが。
「じゃあ、行くな。ケイトも幸せにな」
リオールは手をふって人混みの中に紛れていく。
「ええ。リオールもお幸せに!」
顔を向けたリオールが手をあげて遠ざかっていく。
ケイトは長いことつっかえていたことが少しだけスッキリしたような気がした。
ちょいちょいと手を引っ張られ、ケイトは我に返る。
ローズがいたのを一瞬忘れていた。
「あっちに美味しいお菓子の屋台があるんですよ?」
ローズの言葉に、ケイトはふっと笑った。
「行きましょう」
ケイトの周りは、いい人ばかりだ。
リオールとは、体が拒絶してすることができなかった。
ケイトは本当に大丈夫になったのか、確かめてみたくても、クリスと触れあうことなんてできそうにもなかった。