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23話目 キャロラインの質問

 赤ん坊のいる生活は忙しない。

 赤ん坊が泣く度に子育てが初めてなケイトは右往左往している。

 自分の時間を取るのも難しくて、アルフレッドが眠っているときに、少し息をつくのがせいぜいだ。

 育てているのはケイト一人ではあるが、誰彼となく手を貸してくれる環境は、ケイトにとってもありがたかった。

 もし孤独に一人っきりで育てていたとしたら、辛かっただろう。


 そして、ほぼ毎日のように顔を出すクリスに、ケイトはありがたい気持ちと、複雑な気持ちを持っていた。

 複雑な気持ち。

 ケイトは忙しない中で、考えることをやめていた。ゆっくり考えられそうな時間はないんだと、自分を納得させて目を伏せていた。

 クリスの手つきは日に日に慣れたものになり、抱っこの時のおぼつかない手つきは、大分ましになった。

 アルフレッドを見るクリスの目は、本当に愛しいのだと感じられる。

 

「ケイトさん、何か必要なものはないですか?」

 ケイトは首をふる。

「大丈夫。みんなが良くしてくれるから」

 実際、ケイトの部屋には、色んな子供用のものが積まれていた。

 新品のものではないが、丁寧に使われてきたものが、ケイトの子供のためにと集まっていた。

「そう、ですね……」

 クリスもアルフレッドを抱っこしたまま、部屋を見回して苦笑した。


 ものは足りている。

 そう考えてケイトは首をふった。これ以上何を望むことがあるのだと、自分を抑える。

 子育てを助けてくれる人たちがいて、こうやってアルフレッドを可愛がってくれている人がいる。

 それでいいと、ケイトは思っていたはずだった。これ以上のものを望む必要などないはずだった。

 でも、何かが足りなかった。

 その答えを、ケイトは出したくなかった。


 ***


「赤ん坊というものは、面白いものだな」

 アルフレッドが生まれてから、ケイトの部屋には色んな訪問者がやって来るが、予想外だったのは、キャロラインが顔を出すことだった。

 公爵家の令嬢と男爵家の使用人であるケイトは、キャロラインがサムフォード家に滞在することがなければ接点もなかっただろうし、接点があったとしても、せいぜいキャロラインの世話をケイトがする、くらいのものだっただろう。

 だが、今の状況をなんと言えばいいのか、ケイトにはわかりかねた。


 気を遣おうとしたケイトに、キャロラインは気にするなと告げて、アルフレッドを観察した。

 そう、観察した。

 キャロラインはアルフレッドに手を伸ばすことはあるが、抱こうとはしなかった。

 どうやらアルフレッドはキャロラインにとっての観察対象となったらしかった。そのため、数日に1度はキャロラインが部屋に顔を出した。

 とは言っても、10分か20分ほど眺めると、満足して出ていくのだが。

 

「ところでケイト。質問があるんだが」

 キャロラインがケイトの顔を見る。

 一般常識が乏しいらしいキャロラインは、時折こうやってケイトに質問をして来ることがある。

 大体がケイトにはなんなく答えられるものだったが、キャロラインには理解できない概念だったりするらしい。

「はい、何でしょうか?」

「ロマンスって、何だ?」

 ケイトはドキリとする。


「何だ、ケイトにもロマンスはわからないのか」

 ニヤリとキャロラインが笑う。

「え……いえ。わからないわけではありませんよ?」

 ケイトの答えに、キャロラインがあからさまにがっかりする。

「何だ、わかるのか」

「ええ。……例えば、ヒロインの何かのピンチに、ヒーローが颯爽とやって来て助けたことで恋が始まったり、ですとか……」

「……それはあれか。私はクリスが死にそうなのを助けたが、その場合私がヒーローで、ヒロインは……クリスになるのか?」

 キャロラインの説明に、ケイトは唖然として、ゆっくりと首をふった。


「キャロライン様、基本的にヒーローは男性でヒロインは女性です」

「……そうなのか」

 あからさまにガッカリするキャロラインは、ヒロインになる気はないのかもしれない。

「……逆でもいいとは思いますが、キャロライン様は恋が芽生えたりしましたか?」

「ないな」

 即答するキャロラインにケイトはホッとして、ホッとした自分に首をふる。


「じゃあ……ケイトを助けに行ったときジョシアとレインがいたが、その場合はどっちもヒーローになるのか?」

「……そういうこともあるかもしれません」

 ないとはケイトには言いきれなかった。だが決定的にロマンスと言い切れないことがある。

「ですが、申し訳ありませんが、私には恋心は生まれなかったので、ロマンスにはなりません」

「あれも違うのか?」

「ええ」

 あー。と、キャロラインがきれいに解かされた髪をグシャグシャとかき回す。


「条件的には合ってるだろう? 何が違うんだ?」

 何が? ケイトにはとっさに答えられない。

「ならば、クリスが身を呈してケイトを助けたのは?」

 黙りこむケイトに、キャロラインが肩をすくめた。

「黙りこむのは、いい傾向なんだろうな」

 ケイトは目を見開く。

「キャロライン様は、ロマンスが何か理解されているんですか?」

 だが、キャロラインは首を横にふった。


「わかるわけがないだろう。ミアがそう言っていただけだ。結局、私にはさっぱりわからないままだがな」

 どうやらキャロラインの質問はミアに差し向けられたものらしい。

「で、結局ロマンスって何だ?」

 ケイトは答えることができなかった。 

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