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20話目 クリスの顔

 クリスが光に照らされ、おびただしい血が地面に広がっているのが、ケイトの目に入ってくる。まだ広がろうとする動きに、ケイトの体が震え出す。その体を、ミアもクリスを凝視したまま、ぎゅっと抱える。

 光に浮かび上がるクリスの顔は、青白い。先程朱に染まった顔を見たばかりのはずなのに、ケイトにはもうその顔色を思い出せなかった。

「いや! お願い! クリス死なないで!」

 ケイトは必死に叫ぶ。


「ケイト、大丈夫。大丈夫よ」

 ミアが静かな声でケイトをなだめる。だが、ミアの体もまた小刻みに震えている。

「だって!」

 あんなに血が失われているのに! クリスは目を閉じたままなのに! ケイトの喉元で、叫び声が叫び声にならないまま消えていく。もどかしい気持ちだけが、ケイトに溢れていく。

「お兄様なら、きっと助けられるわ」

 震えるミアの言葉が、慰めにしかならないかもしれないことは、ケイトだってわかっている。


 レインはこの国でも珍しく、魔法が使える。できることは本当に限られているが、癒す力がある。

 だが、その癒す力は、何もなかったことにできるわけではない。つまり、助からない命を助ける力はない。そして、癒しの力は、じわじわと効いていく魔法だ。だから癒す力が効く前に血が体から抜けきってしまう可能性だってある。

 ケイトにできることなど、願うことしかできない。

 使用人たちも、何かできることがないかと動き回っているが、結局はレインの魔法の力に頼るほかはない。

 これ以上出血が増えると困るため、動かすこともできない状況だ。


 ケイトとミアには椅子が用意されたが、ケイトは座ることを拒否した。

「ケイト、気持ちは分かるわ。でも、あなたの体は一人じゃないのよ。……嫌だって言うなら、屋敷の中に入る?」

 ミアにそう告げられて、渋々ケイトは椅子に座った。その視線はクリスから外れることはない。

 ケイトの震えは止まりそうになかった。その手を、同じように震えているミアがぎゅっと握る。

「クリスは?」

 そっと現れたのは、ジョシアだった。どうやら国の騎士団の詰所から帰って来たらしい。


「まだ、わからないわ」

 答えたミアの声は、先ほどよりも落ち着きを取り戻していた。

「そうですか」

 ジョシアの声が沈む。

「サリーを連れて行かなくていいの?」

「いえ、事情を聞きたいと、丁度国の騎士団が着いてきていたんです」

「そう。挨拶しないと。お兄様は今治療中だから」

 ミアが立ち上がる。ふらり、と揺れる体を、ジョシアが抱き留める。


「ありがとう、ジョシアさん」

 ジョシアに支えられたまま、ミアはキャロライン達がいる場所に行く。

 その間も、ケイトの視線はクリスから少しも動くことがなかった。

 クリスの傷口に手を当てているレインにも、徐々に疲労の色が見えてくる。魔力は無限ではない。限界がある。

「レイン、代わろう」

 颯爽と現れたのは、キャロラインだった。


「え? サリーは大丈夫なんですか?」

 レインは手をクリスに当てたまま、顔を上げる。どうやらジョシアの声はレインに届いていなかったらしい。

 キャロラインがニヤリ、とこの場にそぐわない笑みを見せた。

「国の騎士団に引き渡したぞ。私の力を侮るな」

 キャロラインは、この国の中でけた違いの魔力と魔法の力を持っている。

 サリーをキャロラインに任せたのも、キャロラインならばどうにかできると誰もが思っていたからだ。


 ただ、治療についてはキャロラインとてレインと条件は同じだ。ただ、魔力量が多いために、治療を続けられる時間が長いくらいの差しかない。

 キャロラインがしゃがみこみクリスに手を当てると、レインがホッと息をついた。だが、その表情はまだ冴えない。

「ああ、国の騎士団が来ているんだった」

 ハッと思い出したようにレインは立ち上がると、ケイトの顔を覗き込む。

「ケイト、大丈夫だよ」

 ケイトを心配する言葉に、ケイトの目に涙がにじむ。


「いえ。ごめんなさい。私が……」

 レインが首を横に振る。

「これは完全に逆恨みだ。だからケイトは何も悪くない」

「でも、元はと言えば、今日私が一人で出掛けなければ……」

「あれも、サリーが関係していると私は考えている」

「え?」

 ケイトの口から声がこぼれる。ケイトはレインを凝視する。

「完全に逆恨みもいいところだ。……もしケイトに悪いところがあったとすれば、それだけクリスを心配してるのに、クリスのことを関係ないと言い張るところかもね」

 パチパチとまばたきをするケイトを残して、レインは歩き出す。


「クリス、私がこれだけ労力を掛けているんだから、そろそろ起きたらどうだ」

 ケイトはキャロラインへの声にクリスを見る。まだクリスの顔は青白く、身じろぎさえしない。

「全く、私は狼を可愛がりたいだけだって言うのに、何で次から次へと人助けなどしてるのだ。聞いてるか、クリス! カルロを撫でる時間が減るから起きろって言っているんだ!」

 クリスに手を当てたまま、キャロラインは悪態をつき続ける。カルロはレインが所有している狼だ。その悪態の内容があまりにも可愛らしすぎて、周りにいる使用人たちは少しだけ頬を弛ます。

 ケイトも少しだけ緊張が抜ける。


「クリス、いいか。本当なら今頃私はベッドの中でカルロを抱き締めて寝ている時間だぞ! そうだ、起きなかったら、お前は金輪際ベッドの中でケイトを抱き締めて寝られないんだぞ? いいのか!?」

 ケイトがキャロラインの言い分にあっけにとられる。そんな事実はないが、ケイトはキャロラインに反論できそうにもない。

「ケイトとお前の子供にも会えないんだぞ? いいのか?」

 断定されたことに、ケイトは戸惑う。ケイトは結局、父親が誰とは誰にも告げていなかった。


「そ……れは、こま……り……ます」

 クリスのまぶたが、ゆっくりと開いた。 

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