16話目 目覚め
ケイトが身じろぎしようとすると、手も足も引っ張られる感覚で目が覚めた。
「ん? んんんんん!」
ケイトの目に入った見知らぬぼんやりと明かりの灯る天井に、ケイトのこもった声が跳ね返ってくる。
驚いたケイトは起き上がろうとしてみるが、手足はどちらも動いてはくれなかった。もがいてもみるが、手足にかかる縄が食い込む感触がするばかりだ。
ケイトはどうやらベッドに手足をくくりつけられているらしかった。そして、口許は布を噛まされていた。
どうしてこんなことに、と記憶をたどってみるが、ケイトの記憶は手紙を出しに行ったところで途切れていた。
ケイトに対してこんなことをする相手を、ケイトはガストン一人しか思い付かなかった。
最近はガストンが現れなくなったし、短時間だから何もないと思い込んでいた自分を、罵りたくなったが、今はそんなことをしている場合ではないだろう。
今の状況を打開する方法を考えたかった。
それに今は生まれてきそうにもないが、産院の先生からはいつ生まれてきてもおかしくはない時期だと言われていた。
だから子供のことも気がかりだった。もし万が一ここで生まれてきたとしたら、きっとガストンは子供のことなど意にも介さないだろう。
ケイトを脅してきたガストンの目は、人が苦しむことなど何とも思っていない目つきだった。
子供に何かがあっては困る。
だが、ガストンのことは誰にも相談していなかった。だから、誰かがこの場所に助けに来てくれるなどと甘い考えは持てそうにもなかった。
勿論、レインとミアは、いなくなってしまったケイトのことを探そうとしてくれるだろう。だが、ケイトはガストンに繋がる手がかりを何一つ残してはいなかった。
子供を守るためには、ケイトがこの場を逃げ出すしか無さそうだ。
だが、両手足が縛られた状況でどうやって逃げればいいのか。ケイトには何もいいアイデアが浮かばなかった。
誰かの助けが望めないこの状況で、ヒーローなど現れるわけもない。
ケイトは、自分で自分の考えに苦笑する。
ケイトはヒーローという言葉を嫌悪していたはずなのに、こんなピンチの場面で想像してしまったことに、本当は心のどこかでロマンスを願っていたのかもしれないと思う。
幼い頃、母親の口から聞いたヒーローの話。
それは全て、結婚する前の父親の姿だった。
だが、ケイトが物心ついてから見ていた父親は、母親に執着するばかりで、少しも憧れの対象にはならなかった。
父親は変わってしまったのだと、母親は哀しそうに目を伏せたが、ケイトは本当の姿が現れただけなのだと思った。
父親は母親と結婚したいがために、ヒーローのフリをしたんだとしか思えなかった。母親が体験したロマンスは、全て作り事なのだと思うしかなかった。
あの父親が、騎士をやっていたなどという話は、嘘にしか思えなかった。
本当に騎士だったのなら、娘を男に売ろうとするわけがないと思いたかった。
静まり返っていた部屋の前に、ドタドタとした足音が響く。
カチャカチャと鍵を開ける音に、ケイトは体をこわばらせた。
ギィー、と鈍い音をさせて、ドアが開いた。
部屋にドタドタと誰かが入ってくる。バタン、と閉じた扉は、ガチャリと鍵が閉められた。
「おお、ようやく起きたのか、ケイト。起きてくれないと楽しくないからな」
聞こえたのは、間違いなくガストンの声だった。
ガストンはケイトの横たわるベッドに腰かけると、ケイトを見てニヤリと笑った。その目は全く笑っていなかった。
「ケイトが来てくれないから、俺が連れて来てやったんだ。あの薬、いい効きだったな。流石に高いだけはある」
ガストンの無骨な手が、ケイトの頬から首を滑っていく。ケイトの全身に鳥肌がたつ。だが、ますますケイトが体をこわばらせたことは、ガストンを喜ばせただけだった。
「なんだお前。子供が腹にいるわりには、反応がウブじゃねーか」
ケイトの男性経験など、1度しかない。付き合おうと思った相手にも体を委ねることができなくて、最後まではできなかった。
「んんん! んんんんん!」
ケイトは声でも反抗ができなくて、でも精一杯ガストンを睨み付けた。
「何だケイト、いい目だな。ゾクゾクするぜ」
意地の悪い笑いを顔に浮かべたまま、ガストンは面白そうにケイトのスカートをたくしあげる。
「ほら、その生意気そうな顔で怯えろよ」
ケイトの股の内側を、ガストンの厚いざらざらした舌が這い回る。
「悪いな。いたぶるのは得意でな。一気にやるよりも、こうやってじわじわいたぶる方が好きなんだよ。その方が、絶望を感じるのがより大きいと思わないか?」
ハハハ、と乾いた声で笑うガストンに、ケイトは嫌悪しかない。
ガストンの手から逃げることなど、もう出来そうにもなかった。
「持つべきものは盟友ってな。お前の親父さんとは、カルタット公爵家で一緒に働いていたんだけどな、まさか娘を売り払うやつだとは思わなかったけど」
父親が本当に騎士をやっていたと聞いても、ケイトにはもはやどうでもい情報だった。
これから先の感覚を遮断したくて、ケイトは目をつぶった。
ケイトの目から、涙がこぼれた。