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15話目 母からの手紙

「ケイトさん、それじゃあこれお願いね?」

 ローズが手紙の入ったかごを、手持ちぶさたなケイトに渡す。

「他の仕事は?」

 ケイトの問いかけに、ローズは両手を腰に当てて、首を大袈裟にふる。

「だめよ。もしかしたら今日にでも生まれてくるかもしれないのに!」

「……陣痛もまだだし、生まれそうにもないわ?」


 ローズがほっぺたを膨らます。

「赤ん坊はいつ生まれるのかわからないものだってお母さんが言っていたわ!」

 ローズは実家に住んでいて、母親との仲がいいらしく、話の端々に母親の名前が出てくるし、時折使用人たちに差し入れをくれるので、使用人たちのなかでも有名人だった。

 実際にケイトも会ったことがあるが、朗らかで優しそうな母親だ。

「あら、ローズのお母さんが言ってるなら、仕方無いわね」

 ケイトがクスリと笑うと、ローズはますますムッとした。


「出掛けるときも、一人で出掛けちゃダメよって、レイン様たちからも言われるようになったのに、本当に自覚がないんだから!」

 確かに、最近はサムフォード男爵であるレインや妹のミアからも、一人で出歩くなと言われるようになった。

 ケイトは過保護すぎると言っているが、誰も聞き入れてはくれなかった。

 自分が大切に思われてるのだと感じられる小言が、ケイトは嬉しかった。でも、そこまで心配しなくても、と思うのも本音だった。


 ここ数日、外に出掛けてもガストンに声をかけられることがなくなって、ケイトは安堵していた。ケイトが断固として反応しないと分かり、諦めたんだろうとケイトは思っている。

 もうすぐ生まれてもおかしくないと言われているケイトは、最近は仕事をほとんどさせてもらえなくなっている。

 今やっている手紙の仕分けと、ミアとレインにお茶を出す仕事だけが任されている仕事で、ケイトは従業員用の食堂の窓際に座って、手紙の仕分けを始めた。


 サリーからの嫌な視線も、ここ最近は感じなくなって、ケイトは屋敷にいても気を緩めていられた。

 クリスに送ってきて貰った日に、たまたまサリーと遭遇したのだが、その時ですら、サリーはケイトを睨むようなことはなかった。サリーにとって、クリスは興味の対象ではなくなったのだとわかってホッとしたのは、サリーの存在が自分にとって害がなくなったからだと思った。


 え?

 手紙を仕分けしていたケイトの声が漏れる。

 ケイト宛の手紙だった。今まで、ケイト宛の手紙など来たことはなかった。

 裏返すと、忘れもしない母親の名前があった。

 ガストンから母親の名前を聞いた後のタイミングであることに、疑問がないわけではない。でも、15年前に見たきりの母親の字など忘れてしまったし、この間見たガストンの粗野な字とも違う女性らしい字体に、ケイトは手紙をポケットに入れた。


 ***


 ケイト宛の手紙には、ケイトの父親が亡くなったこと、15年ぶりにケイトに会いたい旨がしたためられていた。

 ケイトは父親が亡くなった事実に、安堵感よりもショックを受けたことに、自分自身驚いていた。

 ケイトの存在を見ようともしない、可愛がられた記憶もない父親でも、やはりケイトにとっては父親だったのだ。


 ケイトは早速自分も会いたいと短く手紙を書くと、明日の配達を待てずに、すぐ近くにあるポストまで出しに行くことにした。幸い手元に切手もあったし、気が逸っていたこともあった。

 ローズが幸せそうに母親の話をする度に、ケイトは母親のことを思い出すのだ。少なくとも、父親と違って、母親はケイトに愛情を見せてくれていたからだ。

 だから、母親に孫を会わせたいという気持ちがあった。でも子供のことは敢えて書かなかった。手紙だけでは、変に不安にさせるだけだと思ったからだ。


 外はすでに暗くなっていた。屋敷の明かりと、ケイトの持つランプだけが暗闇を照らし出している。

 ポストまでは普通に歩いて10分ほどの距離だが、お腹が突き出ているせいで早く歩くことはできない。

 それまで怖くもなんともなかったはずなのに、ケイトは急にゾクッとした。次の瞬間、ケイトは嗅いだことのない刺激臭を感じて、意識が遠のいた。

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