14話目 リズとクリスの成長
「ケイトお姉ちゃんも、辛いことがあるのなら、言ってね? 私だって、もう大人だから、お姉ちゃんに話聞いてもらうばっかりじゃないよ?」
首をかしげるリズに、ケイトは微笑む。
「ありがとう。悩みごとがあったら、聞いてもらうわ」
「……最近、ケイトお姉ちゃん変じゃない?」
リズの言葉にケイトは首を横にふった。
「きっと、出産間近になって、不安なのかもしれないわ」
本当の不安は違うところにあると、ケイトだってわかっている。
だけど、リズが乗り越えているのだから、ケイトだって乗り越えられるはずだ、と思う。
ガストンに対して、毅然とした態度で居続ければ、いずれは諦めてくれるんじゃないかと思いたかった。
もしダメならば、そのときにはきちんと戦おうと思う。だが、どうやって戦うのかは、ケイトにもまだ想像がつかなかった。
「薪、ここに置いとくぞ」
クリスが部屋に戻ってきて、薪を少し積み上げる。
「あれ」
クリスの声に、リズとケイトがクリスを見た。クリスの手には、くしゃくしゃになった紙が握られていて、ケイトはハッとする。
「これ、リズの知り合いか?」
メモを見せられたリズが「ガストン?」と首を横にふる。
やはりケイトが先程貰ったメモに違いないらしい。
「じゃあ、ケイトの?」
ここで嘘をついても仕方ないと、ケイトは頷いた。
「くしゃくしゃにしてあるけど、捨てていいの?」
クリスが紙をヒラヒラと動かすのを見て、ケイトはもう一度頷いた。
「ええ」
母親のことが気にならないと言えば嘘になる。だが、これで指定された場所に行ったら、ガストンの思い通りになるだけだ。
前を向くリズの姿がケイトの気持ちを後押しした。
ケイトはクリスの手でゴミ箱に捨てられたのを見て、これでいいんだと自分に言い聞かせる。
母親だってケイトがサムフォード家に行くのは知っていたのだ。もし何かあれば、直接サムフォード家に連絡が来るはずだと、ケイトは自分を納得させる。
ガストンの思い通りには絶対させないと、決意する。
*
「ケイトさん。一人で出歩かないようにしてください」
リズの家からの帰り道は、ここ最近クリスが送って行ってくれている。出産がいつあってもおかしくないとは言え、過保護だとは思う。ただ、クリスがケイトの世話を焼くのは、リズの家に行くときだけだ。だからケイトはクリスのその気持ちを受け入れていた。
クリスの言葉に、ケイトはクスリと笑う。
「いつ生まれるかわからないから?」
クリスは頭をかく。
「それもありますけど、サムフォード家も色々とあるじゃないですか……それが心配なんです」
ケイトは首をかしげる。
確かにサムフォード家は今色々とあるが、ケイトが直面している問題とは別問題のため、ほとんど関係ないと思っていた。
「私たち使用人でも誘拐されるの?」
「……可能性はゼロじゃないじゃないですか」
クリスは心配性なのだと、今ではケイトも知っている。その目が本気で心配しているのがわかって、ケイトは頷く。
「分かったわ。不用意に一人で出掛けたりしないわ」
大袈裟にホッと息をつくクリスに、ケイトは苦笑する。
「私が一人で敵陣に乗り込むとか思ってる?」
ケイトがどれ程サムフォード男爵家の人々に感謝しているのか熱弁したことがあるため、クリスはケイトがサムフォード男爵家のために働き続けたいのだと言う気持ちを理解している。
でも、だからと言って、ケイトだって無茶なことはしない。
「流石にそこまでは。でも……何かがあったら嫌なので」
「心配性ね。……大丈夫よ。何もないわ」
それはケイト個人にも起こってほしくなかったが、サムフォード家でも起こってはほしくなかった。だからケイトは自分の言い聞かせるつもりであえてそう口にした。
「そうであってほしいと思っています」
クリスの目は真剣そのものだった。
小さい頃のクリスは、いつも不安そうで、でも、妹のリズを守ろうと一生懸命な少年だった。そして今、クリスは実直な青年に育っていた。ケイトの知るクリスたちの実父とは全く違う。むしろ、クリスとリズの話に出てくる義父と似ているように思えた。
きっと環境がそういう風にクリスを育てたんだろう。
クリスがあのクリスだと分かったときには、まだ幼かった頃のクリスの姿が頭に残っていたが、今はもう立派な大人の男性に見えた。