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13話目 変化する日常

「大丈夫ですか?」

 ジョシアに手をさしのべられて、ケイトは力なく頷く。

「もう、大丈夫ですから」

 そうは言ったものの、ケイトは自力では立ち上がれなかった。

「手をどうぞ?」

 首をかしげるジョシアに、ケイトが苦笑する。

「ええ」

 

 ジョシアに引っ張られるように立ち上がる。触れた手は嫌な気持ちにならなかった。

 もしかしたら、自分に対して下心を持っていない相手ならば何も感じないのかもしれないとケイトは思う。

「お二人とも、ありがとうございました」

 ケイトは頭を下げる。

 二人が現れなければ、ケイトはあの恐怖をしばらく感じ続けなければならなかっただろう。


「いえ。こんなことになるなら、その前にあの男に声をかけておけばよかった」

 ジョシアの申し訳なさそうな声に、ケイトは首をかしげる。

「屋敷の脇に変な男が立っていると使用人に言われて、監視していたところだったんです」

 フォレスの言葉に、ケイトは納得する。

 見覚えのない男が屋敷のそばにずっと立っているとすれば、警戒するだろう。


「あの男は、知っている人?」

 フォレスの問いかけに、ケイトは一瞬迷って首を横にふった。

「いえ。……初めて会いました」

 サムフォード家は今問題を抱えている。プライベートなことで心配させたくないというのがケイトの判断だった。

「そうか。……もしまたあの男に声をかけられたら、教えてください」


 ジョシアの言葉にケイトはうなずいたが、もしそんなことがあっても、言うつもりはなかった。

 今度こそきちんと乗り越えて見せるという気持ちがあった。

 今日のことは突然のことで対応しきれなかっただけだと、ケイトは自分に言い聞かせた。


 ***


「ケイト」

 外出する度にまとわりつく声に、ケイトはうんざりしていた。

 でも、無関係な人間だと無視を決めている。

 そしてそのまとわりつく姿は、大通りに行く前には消えてしまう。

 だからこそケイトは無視を決め込んでいた。

「お前の親父さん」

 男の声に、ケイトは動揺しないようにと自分に言い聞かせる。


「大病しててなぁ」

 予想外の内容に、ケイトは瞳を揺らす。

 それを見逃さなかった男が、クククと笑う。

「あんな男のことでも、心配なんだな。いい娘だ」

 男はメモを取り出した。

「親父さんの話が聞きたければここに来い」

 メモにはガストンという名前と、住所が書かれていた。


「関係ありませんので」

 ケイトはメモを突き返す。

「まーまー。知りたくなることがあるかもしれないだろう? お袋さんのこととかさ」

 ヒヒヒ、とゲスな笑いを残して、ガストンは街に紛れていった。

 ケイトは残されたメモをくしゃくしゃに丸めた。

 でも、捨てることはできなかった。


「ケイトさん」

 クリスの声にハッとケイトは我にかえる。ガストンにメモを渡されたあと、ケイトはリズの家に遊びに来ていた。今日は久々に3人が揃った日だった。リズと再会してからケイトは時々リズの家に顔を出していた。だが、クリスまで揃うことは多くない。

 クリスとこの家で会ったのは、2ヶ月ほどの間に4回ほどだろうか。しかもそのうちの3回は今回含めて連続してだ。ケイトはクリスの仕事が大丈夫なのか、逆に心配している。


「ケイトお姉ちゃん、顔色が悪いわ」

 リズが心配そうにケイトの顔を覗き込む。

 ケイトはにっこりと笑ってみせた。

「最近お腹が重くて、寝付けないのよ。そのせいかも」

 クリスもリズも頷いてはくれたが、心配な表情はそのままだった。

「そうだわ! お茶、美味しいのをお兄ちゃんが珍しくくれたのよ!」

 パン、と手を打ったリズが立ち上がろうとすると、クリスが苦笑して立ち上がった。


「珍しくは余計だぞ。僕が入れるから、座っておけ」

 クリスがリズを気遣って家事を率先してこなす姿は、珍しいものではなかった。

「あ、薪が夜に足りないかもな。ちょっととってくる」

 クリスが外に出ていく。

「お兄ちゃんたら、過保護なんだから」

 リズが肩をすくめる。ケイトは笑った。

「妹思いなんでしょう?」


「もう、なにもできない子供じゃないのに。そろそろ大人扱いしてくれてもいいと思わない?」

「そうねぇ」

 ケイトがクスリと笑うと、リズが真面目な顔になる。

「私が昔のことを忘れたふりしてるのが、いけないのかしら」

 ケイトは目を見開いた。

「え?」


「ごめんなさい。本当はあの頃の記憶はあるの。だけど、お兄ちゃんにとっても辛い記憶だから思い出させたくもなかったし、私を心配で仕方ないって顔するから、ずっと忘れたふりをしてたの。私が笑ってれば、お兄ちゃんは安心するから」

「……あの時のことを思い出しても、辛くはないの?」

 リズは遠くを見る。

「嫌だって気持ちは今でもあるわ。でも、終わったことだから、くよくよしてても仕方がないでしょう?」

 ケイトを見たリズの顔は、迷いはなかった。


 ケイトはホッとする。

「クリスに言ってあげて。クリスもホッとすると思うわ」

「もっと心配性になるかと思って言わないでおいたんだけど、大丈夫?」

「きっと大丈夫よ」

 ケイトには兄弟がいない。だから、二人が想い合っている姿は羨ましくもあった。

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