僕とおっさんは魔法少女DEATH。〜国家最期の一大プロジェクトは大失敗しました〜
無気力な僕は戦友の体に寄りかかり、銃弾の雨宿りをしていた。僕たちに正面から迫ってくる死の気配。僕は逃げたい。彼は逃げない。寂しい僕に構ってくれる彼の傍は居心地が良くて、気づいたら逃げ場は見失っていた。
逃げ場は最初から無かった。
「止まないね……」
「そうだな。アッシュ」
僕の名前はアッシュと言うんだった。どんな兵器でも掻き消されない僕の名前。
「暇じゃないか?」
「暇じゃないよ。君と会った時のこと思い出してるから……」
きっと僕たちはまた生き残る。でもこの毎日は退屈で死にそうだ。獲物が死にかけるのを待ち耐え忍ぶこの時は特に。そんな時に浮かぶ過去の記憶は走馬灯に違いないんだ――。
僕は日本人で冴えない男だった。犠牲になっても誰も構わない人間だった。僕は国家最期の一大プロジェクトの犠牲になった。なんで僕が?
その馬鹿げたプロジェクトは「魔法少女計画」で名乗りを上げた。未婚の独身男性を拉致して性転換手術して若い少女に体を作り変える少子高齢化社会に対する反抗。犯行。馬鹿じゃないの?
その裏事情を知らされている人間は政治関係者たちと魔法少女たちだけだった。それを知らない若者たちに買われていく魔法少女たち。売れ残った僕は邪魔な在庫扱いをされ、冷凍食品みたいに冷凍保存された。
完璧な性転換手術を受けた魔法少女は子供を産むことができた。精神的ダメージは甚大だろうが、それでこの国は救われるのだろう。
そう思って僕は大人しくコールドスリープしてやったのに。
僕を起こしたのは医療従事者でもテロリスト集団でもなかった。土で汚れた彫りの深いおっさんだった。銃を担ぎ、迷彩柄の装いでフードを取らず訝しげにこちらを観察するおっさん。最も気になるのはおっさんの後ろの背景だ。まるでFPSゲームの世界に迷い込んだようだ。
「日本……滅んでね?」
僕が信じていた日本の未来は「ジャパン・ジ・エンド」ルートの袋小路に入ってしまったようだ。
「えっと……お嬢さん、大丈夫ですか?」
僕から無視されるのは、おっさんにとって問題のあるファーストコンタクトだったようで、引きつった顔で話しかけてくる。
そして、僕は悟った。
「僕たち言葉が通じないんですね」
言語の壁を悟った僕はおっさんの言葉を発音のニュアンスに頼る「なんとか翻訳」で翻訳することにした。
おっさんも同じことを思考したのか、頭を掻き保存液と氷にまみれた僕に手を差し伸べる。おっさんが僕に優しくしてくれるのは僕が若い美少女だからだろう。
僕が歳を取ったら見向きもしてくれないに違いない。若くて可愛い内におっさんに甘えておこう。そんな甘い考えで僕はおっさんの手を取った。
魔法少女DEATH。魔法少女DEATH。魔法少女DEATH。
私がコールドスリープから目覚め、この世界の果てを目指して、乾いた戦線を泳ぎ始めてから約二十年が経っていた。
どこも似たような情景に嫌気がさし、気分転換に身一つで海を渡り切った末、辿り着いた新天地は電線が蜘蛛の巣のように絡まっていて不思議な場所だった。
ルーティンの物資漁りに私は飽きていた。また気分転換で医療施設一階の、脆い床一面を蹴り壊して崩した。私らしくないことだったが、私はもうとうに死んでいるようなものだ。
私はそこで宝を見つけた。私の探し求めていた物ではなかったが、私はこの宝の為に旅をしていたのだと気付かされた。
その宝とは、地下に囚われていた眠り姫だった。見覚えのある装置の中に浮かぶ若く小さな少女。儚げな銀灰色の髪が揺れる度に煌めき、閉じた瞼を縁取る長いまつ毛に退廃的な美しさを見い出した。
彼女もあの実験の犠牲者候補だったのだろうか……? そう思うとゾッとする。無意識に私の拳は震え、遅れてマグマのように粘り気のある灼熱の怒りが込み上げてきた。
私は孤児だった。誰も貰い手がいない孤児の私は連れて行かれた。怒号が飛び交い医者と看護師が入り乱れる医療の戦場へと。訳が分からないまま、コンクリートが打ち付けられた部屋に入れられ、「まるで囚人のようだな」と思いながら時間が来るまで、渡されたプリントに目を通し時間を潰していた。
日本のプロジェクト「魔法少女計画」に感化され、我々も計画を遂行する。これは決してパクリではない。感銘を受けただけだ。その一文は下らないと思いつつ読み進める。
若い少女を拉致して性転換手術をして最強の人造人間に体を作り変える反戦国家への宣戦布告。
私が孤児で若い少女なだけで国家からこんな仕打ちを受けるとは、あんまりだと思った。私は諦めが悪かった。
野猿のように抵抗するも、野生動物のように床に押さえつけられた私は麻酔針を打ち込まれ昏睡してしまう。
悪夢から解放された私は自由だった。目覚めたら暴れてやると意気込んでいたものの。好き放題していた国家はツケが回ったのか滅んでいた。魂が怨みに染められた私は、この国の生存者は見つけ次第殺してやると銃と弾を掻き集め、ゴーストタウンをさ迷った。
そこには仲間がいた。勿論。優しい仲間じゃない。行き場のない怨みを弾に込める殺人鬼集団は皆満足げに散っていった。
生き残ったのは運もあるが、人造人間たちの中で私の出来が一番良いようだった。嬉しくない。国家の思惑通り私は日毎に戦士の体へと頭へと筋肉痛のように千切られ作り変えられていくようだった。ますます、国家への怨みが積もり積もるようだ。どこで雪崩を起こせばいい?
否が応でも経験を積み、私はコミックのスーパーヒーローのように最強で無敵の男になった。誰か私を称えてくれ。
そして、私は。私は彼女に湿った地下は似合わないと装置を持ち上げて、気合いで地上に運び、装置を叩き壊して彼女を目覚めさせた。
トランクス……下着一つで目覚めた私と違い、彼女の身なりはまさに日本のマンガに出てくる魔法少女のようで、可憐だった。彼女のために作られた服と言っても過言ではないが、ただ彼女自身が望んでこの服を着るだろうか。
コスプレという文化は知っているが、私も元は若い少女だ。あの時に着たいかと聞かれれば……あんまり。
もしや、彼女は慰み者にするために取って置かれたのではないだろうか。彼女と同じ女性としては絶対許せないことであった。私の脳裏では様々な陰謀論が渦巻いた。国家への不信感はチョモランマを登頂し、宇宙へ突き抜ける勢いである。
彼女を起こしたのが私で良かった。彼女は私が守る。そう決めた日から私は彼女と行動を共にし、運命共同体となった。
残念ながら言葉は通じなかったが、話しかける私に応える彼女の声は小鳥がさえずるようだった。私の最強の聴覚は戦況を聞き分けるためじゃない。彼女の声を聴くためにあったんだ! それを気づかせてくれた彼女に私は大いに感謝している。
彼女の凄いところはそれだけではない。私が瓦礫を叩き壊し、邪魔な廃車を蹴り飛ばすだけで彼女はケラケラと笑い、拍手で私を称えてくれる。まるで私がスーパーヒーローになったような良い気分だった。守られるだけのヒロインはあまり好きではなかったが、そんなヒロインを愛する男性の気持ちが分かったかもしれない。
もし、私たちの旅が映画化したら、ヒーロー役は私で、ヒロイン役は彼女にしよう。敵の役は国家で決まりだ。悪役を倒した後は、性別なんて関係なく二人は結ばれる。いや、待てよ。今の私は男だから……。医療技術が衰退した今でも子供は作れるということか。じゃあ、続編は子世代で……。いやいやいや……。
大分、気分がハイになってしまっていたようだ。いくら、安全で最高なドラッグとはいえ、彼女の傍に居すぎるのは危険だな。ハハハ。
まあ、私が前向きになれたのは彼女のおかげだ。彼女が居なければ私は夢を見ることすら出来なかった。まるで魔法のようだ。私は彼女の魔法にかかったのだ。
何が言いたいかというと。
彼女は私の――魔法少女なのだ。
魔法少女DEATH。魔法少女DEATH。魔法少女DEATH。
僕は凄いことに気付いてしまった! なんと! 僕は魔法が使えます! やったー! 僕はもう約立たずじゃないんだ! いや、彼にそう言われた訳ではないけど。僕が勝手にそう思っただけ、だけど。
それはある日のことだった。
ガスマスク集団の抗争に巻き込まれ――終わった後に、残されたのは無傷の僕と片腕を負傷した彼だけだった。最期の足掻きに放たれたナイフ、僕を庇ったせいで――。
今の僕は見た目だけなら魔法少女。魔法は使えない。もし、魔法が使えるなら彼の傷を治してあげたい。僕の趣味は妄想で、馬鹿げていると分かっていても彼の傷が治る姿をイメージして両手をかざす。
分かっていたけど、治らなかった。でも、どうしようもない僕は奇跡が起こると信じた。何が足りないんだろう。呪文か? 疑心暗鬼で僕はゲームの回復魔法の呪文を小声で唱える。そんな僕を彼は口を開けてポカーンと見ていた。そうだよね。呆れちゃうよね。痛々しいよね。
でも、何もせずにはいられなくて――。
「キュア! キュア! キュアっ! ヒール! ヒール! えーと……次は」
焦っていた僕はますます声が大きくなっていく。その時、奇跡が起こったんだ――。
「ええっ!? 傷が治っていく! やった! 良かったー! 奇跡だ! 奇跡が起きたんだ!」
僕は命の恩人である彼の傷を治せたのが滅茶苦茶嬉しくて、テンションがハイになっていた。僕はそれから調子に乗って『魔法』を使いまくった。
「僕はそれを破壊する! デストロイクラッシュ!」
僕が呪文を唱えると魔法が発動する。一瞬で瓦礫の山が粉々になったり、ビルの壁に大穴が空いたりした。気分は最高だった。
僕はずっと彼に守られていた。昔はそういうヒロインが好きだったのに――。いざ、その身になると彼に甘え続ける自分の弱さが嫌になった。だから。だから僕は魔法というドラッグに浸り続けた。
しかし、僕のゴールデンラッシュは終わりを迎える。次回、僕の馬鹿!
魔法少女DEATH。魔法少女DEATH。魔法少女DEATH。
彼女は可愛いだけではなく、優しい少女であった。彼女は私が傷を負っただけで私の身を案じてくれる。それが、どんな小さい傷でもだ。今の私は瞼に銃弾が当たっても跳ね返せる程度の人外だというのに。コツは気合いだ。核兵器や細菌兵器さえ、私を殺すことは出来なかった。
あの時は死にたがっていたが、今は真逆だ。彼女のために生きねばならない。彼女の存在が私をより強くする。
それを実感できたのが、あの日のことだった――。
素手でナイフを弾いた日、私は気付かなかったが、今日も私は負傷したらしい。いつもとは違って今回の彼女は私の腕の掠り傷に念を送っていた。
私の傷を治そうとしているのか、必死に謎の言葉を唱え続けている。その献身に私は胸を打たれ口を開けて呆けていた。
「キュア! キュア! キュアっ! ヒール! ヒール!」
カワイイ!! 言葉の意味は分からないが可愛い! 可愛いが過ぎるぞ! 内心悶える私を極限状態だと体が勘違いしたのか――、脅威の再生速度により一瞬でかさぶたが出来て、剥がれて、正常な肌に戻った。
それに対して大喜びをする彼女はとても可愛いかった。喜んでくれる彼女が嬉しくて、もっと見たくて私は彼女の『魔法』に全力で付き合った。
「僕はそれを破壊する! デストロイクラッシュ!」
言葉の意味は未だに分からないが、可愛い。永遠に可愛い。未来永劫可愛い。最高に可愛い。私の全身にカワイイパワーがみなぎる。夢見がちな彼女をがっかりさせないように私は全力を尽くした。
彼女の動体視力は中の下。私は彼女の目に留まらないスピードで瓦礫の山を粉砕し、ビルの壁をぶち壊した。全ては彼女の笑顔のために!
だが、偽りとはいつかバレる物で――。彼女を守りながらの私と互角に戦う強敵が現れた時、一瞬で圧勝した。しかし、彼女の前で私の全力を発揮した結果、魔法の仕組みがバレてしまったようだ。
魔法を使う彼女はとても可愛いかったのだが……。魔法が解けたら彼女は物凄く落ち込んでいた。もうしないと決めた。早く彼女には元気になって欲しい。私にも魔法が使えたらいいのに……。
魔法少女DEATH。魔法少女DEATH。魔法少女DEATH。
魔法少女は死んだ。僕の精神は死んだ。魔法を使えるのは僕じゃなくて彼の方だった。魔法(筋肉)だけど。滅茶苦茶、物理法則を捻じ曲げた力技だったけど。
僕、ガチのクズじゃないか。なんでそんな僕に優しくしてくれるの? そんなことされたら……。僕……。好きになっちゃうでしょおおおおおお!!
僕はまだ男のつもりだった。でも、今の僕が男じゃなくて良かった。男だったらもっと情けなかった。もし、僕が男のままだったら……。彼は守ってくれるだろうか。うーん、イケおじに守られる男……。ボーイズラブになってしまった。僕、腐男子でもゲイでもないから喜べない……。
もし、女同士だったらどうか。僕が男だってことがすぐにバレてしまいそう。歩き方とか考え方とか、全く違うし。
言葉が通じないこの現状は僕にとって、とても都合がいい。不便だと思う時もあるけど、ジェスチャーという方法もあるし。今のところ僕の話し相手は彼だけだ。
彼以外、会話は通じない。世紀末の世界では対話にあまり意味がないのだ。本当にこの世界で初めて会ったのが彼で良かったと思う。
僕はいつもお世話になっている彼にお礼がしたいと思った。僕に出来て彼に出来ないことがあまり思いつかなかった。こういう時は逆転の発想か? 僕が世紀末世界で女の子にされたら嬉しいこと……。
恥ずかしいけどやるしかない! 今は女だけと、男は度胸!
この世界の最期、僕は。僕の勇気と妄想癖に感謝することになる。こんな僕がいたから、今の僕がいるんだ。
魔法が使えない魔法少女ですが。
「これ、お礼……です」
「どうかしたのかい?」
愛を伝えることはできます。
「だだだ、抱き着いちゃった……はわわ」
「甘えたいのかな?」
あなたのことが好きなんです。
「ん……キスしちゃった……はわわ」
「えっ? はわわ……」
「キモイって嫌われちゃったら、どうしようー!」
「はわわ……」
「今の忘れてください!」
「はわ……待って!」
最期に僕は夢を見つけるんです。それは、一瞬で叶うんです。僕の夢はね……。「好きな人と歳を取ることだったんだな」って。
その時は夢が叶ったって思いました。でも、僕たち不老不死だったんですね。歳取らないんですね。それで僕は気付いたんです。
僕とおっさんは魔法少女です。ってね。
戦いに疲れた魔法少女が書きたかったのに脱線しました。最後まで読んでくださってありがとうございました! 面白かったらブックマークと評価もお願いします!