そんなの関係ねぇ!①【プリシラ視点④】
私は例の如く自室でのたうち回った。
「……(間)……うごぉぉぉぉぉッ!!
……(間)……ふぐぁぁぁぁぁッ!!」
どうしてもベルナルドの事を思い出してしまう。
眼鏡もかけてないというのに!
眼鏡もかけてないというのに!!
「……はっ! そうだわ!!」
私は徐にノートを開き、色んな種類の眼鏡を描くことによって心を落ち着けることにした。
写経ならぬ、写眼鏡である。
「──明日は待ちに待った週末……思う存分眼鏡にまみれてやる!! 一人眼鏡祭じゃ~! ワッショイ!!」
独り言が大きいのはアレだ、眼鏡でテンションが上がっているせいであり……決してなにかを誤魔化す為ではないのである。
紙で作った眼鏡をかけながら、写眼鏡に勤しんでいると、部屋の扉を叩く音。紙眼鏡を外して開けると、そこには事務方の女性が立っていた。 明日の外出届の件に、不備でもあったのだろうか。
「どうされました?」
「御実家からお迎えが来てらっしゃいますが……」
既に部屋着に着替えている私を見て、事務のお姉さんは一瞬困惑した表情を浮かべる。
だが私は今、もっと困惑している。
お姉さんは私を見たあと部屋を一瞥し、なんとなく納得したご様子で外出届を私に返した。
「そんなわけで、こちらは受理できません。 プリシラ様」
「ええぇ……!?」
「こちらにチェックミスがあったのは事実ですが……プリシラ様も、御手紙等の確認を怠りませんよう」
お姉さんが表情を変えたのは一瞬だけで、後は終始無表情のまま「では」と帰っていった。
デキル女感が凄い。
是非眼鏡をかけていただきたい。
(つーかなんだよ? 迎えって……)
とりあえず着替えていると、子爵家侍女頭のクラリッサが現れた。クラリッサが来るとはよっぽどである。
「あらあらまあまあお嬢様! 遅いと思ったらッ!!」
「クラリッサ?! なんでここに!!」
「なんでじゃございま……あらあらまあまあ!あらまあまあ!!」
「──はっ!!?」
『あらあらまあまあ、あらまあまあ』
──なんとなく楽しそうな響きだが、これが出るとクラリッサの雷が落ちることが確定する、恐怖のお知らせ。
「……お嬢様……ッ!」
「はいッ!!」
しかもこれは激おこパターン……レアである。
全く嬉しくないが。
「……まあいいです。 お説教は馬車でたっぷり致しましょう」
そう言うとクラリッサは、私の机に積まれた手紙をガッサリ抱え、目線で「早く支度しろ」と促す。
……乗りたくねぇなぁ、馬車。
でも支度が遅いと更に怒られることは間違いない。
素早く支度を終え、クラリッサと共に馬車に乗った。むしろ、詰め込まれる感じで。
……無表情で手紙を選別しているクラリッサの周りに、瘴気が発生している。これは明らかにヤヴァイやつだ。
その中の幾つかを取り出すと、彼女は静かに口を開いた。
「──さて、お嬢様……本来ならば、何故私がここにいるかを貴女様はご存知でいらっしゃる筈ですが……?」
「はは……いやはや……皆目検討つきませぬ…………」
「 デ シ ョ ウ ネ !!」
取り出した幾つかの手紙のうち、一番大きいヤツを私の膝にスパァン!といい音をさせて置き……「お読みなさい」と一言。
それは非常に圧の強いお言葉。
罷り間違っても「あっはっは、中身はなんだろな~♪」等という軽口は叩けない。
きらびやかな布で覆われた、薄い冊子……冊子っていうのかな?正式名称はわからんが……ちょっと上に引き抜いただけで、なにかはすぐわかった。
(あ、これアレだ、釣書だわ)
私は怒られるのを承知で、そっと袋に戻した。
「 お 嬢 様 …… 」
ゴゴゴ……という擬音が見える。今にも彼女からなにかカッコいいキャラクターが出てきて、激しく戦闘を繰り広げそうな気がする程に。
──だがここは引けない!
「いやいやいやいやムリムリムリムリ! ……まだ早いって!! そうでしょ?! クラリッサ!!」
なんせ私は、まだデビュタントも果たしていないし……なにより絶賛ラブラブ婚約中の、姉の結婚がまだなのだ。
姉は私より全然賢いし、義理の兄になるパトリック様も優秀だ。レミントン子爵家の未来は明るい!!
「だから……急ぐこたない! うん、全然急ぐこたないよね!!
なんなら嫁き遅れても構わない筈だよ?!
どうせ薄い本を送ってくるなら別の薄い本にしやがれ……でございますわ!! オホホホホ……!」
「お嬢様……」
パシンパシン!と、再び私の膝に今度は普通のお手紙。……もうクラリッサは読みなさいとすら言ってくれない。
仕方なく、手に取る。
私がずぼらであることを知っているので、几帳面な家令、バートンは封筒に必ず日付を入れてくれている。
これは決して優しさからではない。その日に必ず見るように、という圧なのだ。
重要な手紙には必ず入れてくるが、そのうち重要じゃない手紙(主に返事の催促とお説教)にも入れてくる様になったので気にしなくなっていた。
経緯をすっ飛ばすべく日付の新しいモノから開けようとすると、クラリッサに手を叩かれた。仕方なく古いモノから開ける。
「…………エエ────?!」
パトリックが優秀すぎて、王宮勤めになったから領地に戻れないだと?!
(えぇぇ……じゃ、姉ちゃんどーなるん……っていうか)
あのふたりが別れるとか、考えられない。絶対に。
義兄になる筈の男性、パトリック……ヤツは頭がおかしいんじゃないかと疑うぐらい、姉に首ったけである。
そんな彼のことだ、おそらく不遜にも王宮勤めの第一条件を『姉と別れないこと』にしているに違いなかった。
そして身の丈だとか序列など関係なく、その条件は必ず通っている。それはヤツが前世で言うところの『スパダリヤンデレ』に他ならない、ヤヴァイ男だからだ。
過去に姉が拐かされかけたときなんざ……(自粛)……うわぁ、思い出しても背筋が凍る。だが、思い出し背筋凍らせをしてる場合じゃない。
Q.ふたりが王都から離れられないとなると……?
A.私にお鉢が回ってくる。
──否。(惜しい)
き て る 。 既 に 。
馬車の停車先は、父の待つ高級ホテル。
領地経営がメインである(つーかそれしかしとらん)当家が王都に出る事は、多くても月1。王都での社交はあまりしない。その為タウンハウスは必要なく、経費もかかるので持っていない。
大体、縁続きで取引相手でもある男爵家のお世話になるのだが、今回は違うようだ。
学園から城下町迄は、そんなに離れていない。
クラリッサとのやり取りが長すぎたせいと、私が一枚目で軽く意識を飛ばしたせいで、その先の手紙は読めずじまいのままだが読む気も特にない。
どうせ『明日見合いですよー』という内容に決まっているのだ。
(フッ……だが幸い、下にはまだマリアン(8)が残っている)
エミリア姉様とマリアンは、派手な顔立ちの母似……父に似て地味顔の私とは違い、中々の美少女だ。流石にジェラルディーン様には遠く及ばないが。
しかもマリアンはうすら天然ボケのエミリアとは違い、8歳にしてクソあざとい。ヤツならばきっといい婿をGETした上で、尻に敷いてくれるに違いない。
レミントン子爵家の未来はやっぱり明るい!!
(ここは同情引くために、しおらしくしておいて……
…………当日ぶち壊そう)
私はなるべく悲壮な感じでヨロヨロと馬車を降りる。
勿論ポーズだけだが。
(結局外出はできたんだし……明日は逃亡し、眼鏡を探しに行こうっと)
見合いもぶち壊れ、一石二鳥だ。
私とて貴族令嬢の端くれ、家のことを考えないでもないが……どうしても結婚しなけりゃならん場合は、結局するのだ。足掻くくらいはしても良いと思う。
ぶち壊すと言っても所詮は小娘のワガママで、相手に酷く恥をかかせるモノではない。
相手が面子を重んじる都会人だとしても、田舎貴族に入るのだ。これくらいでやれ慰謝料寄越せ~だなんだと言ってくる輩はどのみち迎えないだろう。
「お父様……」(※極めて悲壮な感じで)
「プリシラ、手紙は読んだんだな? 流石のお前もショックだったと見える……今日は美味いものでも食べながら、明日の話をしよう」
お父様は私になにか話をしていらしたが、全く聞いていなかった。流石は高級ホテル……ご飯が旨い。
これはなかなか良い夜になりそうだ。
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