僕の気持ち②【ベルナルド視点③】
プリシラの拳を受けた僕は、その場に蹲った。
こないだの変な体勢ですら、鳩尾に正確に打撃を喰らわせてきたプリシラ……立ち姿勢からの攻撃は、案の定半端なかった。
よもや女子とは思えない。
彼女はなにか武道の心得でもあるのだろうか。
「っばか!! 」
罵倒に顔を上げると……プリシラは真っ赤になっていた。
( 可 愛 い )
明らかに状況に相応しくない言葉が過り、僕はそれに見とれてしまう。
「このっ……ばかー!! ばかぁぁぁぁぁ!!」
「──プリシ……あっ」
──バターンッ
走り去ろうとしたプリシラだが、5メートルも行かないうちに……転けた。足をもつれさせて。
「プリシラッ……」
「うう……」
しかしすかさず立ち上がった彼女は、僕をキッと睨み付けて、再び『馬鹿』と言って走り出す。
何度か『馬鹿』と繰り返しながら、柱に頭をぶつけたりしていた。……とても、動揺している。
言うまでもなく、僕も動揺している。
初めての、口付け……だ。
想いあった……女性との……
(──って思ったのに!思ったのに!!
思 っ た の にぃぃぃぃぃ!!!!)
なんて思わせブリなんだ!
だから女の子って謎だよ!!
普通あんな長く見つめられてあんな台詞を吐かれたら……
勘 違 い す る だ ろ !?
するよね?!……すると思う!!
し た し ね !!! 現 に !!!!
納得いかない!!
僕が悪いのか?!
(……………………悪い、のか?)
あれ、なんか悪いような気もしてきた。
「……………………」
悪いのかもしれない。
……悪いのかな?←※まだちょっと疑問
(そうだ、僕はまだ気持ちを伝えていなかった……あれ?でも、あの時点ではハッキリしてたわけでもないし…………いや、ハッキリしてないのにキスとかしちゃ駄目だろ……でも、したからハッキリしたわけだし…………)
「…………………………はぁ」
グダクダ悩んでいても仕方がない。
とりあえず気持ちを伝えよう。
キッカケがどうあれ、好きになったことには間違いはないのだから。
キッカケは、どうあれ……
(あぁ~でも…… 順 番 が 違 う !!)
……結局僕はグダクダ悩んだ。
でもとりあえず、改めて想いを告げることにはした。
しかし──物凄く避けられる。
避けられるっていうか、もう、逃げられる。しかも足が速い上、逃げるのがとにかく上手い。 一体彼女の身体能力はどうなっているのか。 貴族の御令嬢のそれではない。
義理の兄になる予定のパトリック氏は優秀な騎士だ。
……でも彼、お姉さんの婚約者だよね!?
血は繋がってないよね?!
(いやまてたしか彼は幼馴染み……ならば、地元で鍛練に交ざっていたのかも……)
……有り得る。
僕はパトリック氏とプリシラが追い駆けっこに興じる姿を想像してしまい、胸がモヤッとした。
(これは…………嫉妬!?)
……有り得ない。
パトリック氏はプリシラの姉、エミリア様の婚約者。しかもふたりは、見ている側が恥ずかしくなる程の相思相愛だと聞いている。
(そんな相手に何故嫉妬をしなければ……
──……はっ!?)
浮かんできたのは父の姿。
父は仕事ができ、逞しく、威風堂々としているが……その実陰気で、嫉妬深い。
母が離縁したあと、侍女だった義母に幼い頃から世話になっている僕に……何故あんなにも嫉妬するのかわからなかったが……
(僕は父に似ているのかぁぁぁぁぁ!!)
どうやら、そういうことらしい。
父の自分への嫉妬からの婚約。
その婚約者への幼馴染みに対し……無茶苦茶だと思っていた父のように、自分がくだらない嫉妬をするとは。
認めたくない事実に目眩がする。
(尚のこと告白をしなければ……!)
父は義母に対するかっこつけと、寡黙さ故に……夫婦になった今も、なにかとヤキモキしている。
普段は尊敬できる父だけに、あまりに情けないその姿はこちらがとにかく居たたまれなくなる。
父のそんなところを散々見てきた僕だ。
同じ轍は踏みたくない、絶対。
絶対に話をする、と強く決意して挑む。
案の定逃げられたので、人気がないのを見計らって魔法で捕縛。
もう形振りなど、構っていられない。
週末は顔合わせなのだ。
それより先に、なんとか想いだけでも伝えなくてはならない。
プリシラは僕の無茶苦茶さを叱ると、また思い出して怒りが湧いたようで、攻撃を繰り出してきた。だが流石に3度目は喰らわない。
覚悟を決めて魔法まで使ったのに、ここで逃げられる訳にはいかなかった。
「プリシラ。 僕ら人間は、幸いにして言語という手段を持つ。 まずは話さない?」
「ほほう……盛った獣の様に見境のない貴様に、人としての在り方を問われるとは
(盛った獣…………)
酷い誤解だ。
僕だって滅茶苦茶勇気を出したというのに。
「それはまた随分な言われようだな……」
かなりへこたれた。
だがへこたれている場合ではない。
「良かろう」という彼女の言葉が耳に入ったのを皮切りに、すかさず告白を決行。
タイミングなんか計っていたら、またグチャグチャと考えてしまって逃すか、その場凌ぎの安い文句が出てくることは目に見えている。
「好きだ」
「は?」
「好きだ、プリシラ」
言ってやった感。
死ぬほど心臓はうるさいが、妙な満足感があった。
これで僕の真剣な気持ちだけはわかって貰えたに違いない。
仮に事象を許して貰えなかったとしても、いずれ僕らは夫婦……それを説明し、これから当面自粛することで許しを乞おう。
だが──間が……長い。
これは思いの外キツい。
「…………」
「プリシラ……?」
「……アンタ、
そう言や済むとか思ってんだろッ?!」
(え──────────??!!!)
ま さ か の !
信じてもらえてなかっただと!?!
「いや、違うよ?! 確かに今までの僕の素行はちょっとアレだったから信じられないのはわかるけど! こんな気持ち初めてなんだ! 好きだって自分から言うのも……」
必死で弁解(とは言っても事実である)するも、プリシラは怒り心頭。
チキショウ誰だよ?!
『心からの言葉は必ず伝わる』とかぬかしてた輩は!!!
「アホか! 誰が信じるか!! 眼鏡かけて出直してこいや!」
「えっ!? ……めが……えっ?」
意味不明な言葉を吐いて、プリシラは去っていった。
やっぱり、足が速かった。




