僕の気持ち①【ベルナルド視点②】
あれからも僕は懲りずに、プリシラにちょっかいをかけに行った。
ある意味、先の失敗は成功でもあった。
僕は『いい加減な女たらし』というキャラクターの範囲ではあるが、彼女と気楽に喋れるまでになった。
むしろ素のベルナルドだったら、こうはいかない。
僕は案外慎重派であり、自ら接触を試みるまで時間がかかる上、基本的に聞き役……他人と仲良くなるのはなかなか難しい。
いい加減な中にも、徐々に素を出して接する事ができてきた。
彼女も淑女面を諦めたのか、あれからは適当に接してくれるようになった。口調はぞんざいだが、当初よりもあたり自体は柔らかくなったように感じられる。
これはとてもイイ感じだ。
(しかし、いつも図書室で何をしてるんだろう……)
彼女は色々調べものをしているようでその実、手に取った本を碌に読まずに棚に戻す行為を繰り返している。
本のジャンルもバラバラだ。
話してはくれないだろうな、と思いつつも試しに聞いてみることにした。
「で、君いつも何してるの?」
プリシラは溜め息を深く吐き、こう返す。
「私にもよくわからん……」
(わからないんだ……)
自分でもよくわからないままに何かを調べているらしい。今までの彼女の行動に納得し、同時に興味が湧いた。
そしてこれは彼女を深く知るチャンスでもある。
何を話したらいいかわからないので、今まで誘うことができなかったが、話題があるなら大丈夫だ。
思いきってお茶に誘ってみることにした。
『良かったら話を聞かせてくれない?』
『それ、僕はなにか力になれないかな』
脳内で台詞を想定する。
……だが、断られる想像しかできない。
(このままじゃタイミングが……っ)
焦った結果出てきたのは、いつものキャラクターの僕だった。
「何を悩んでるのか知らないけどさ、気晴らしに美味しいものでも食べにいかない? 甘いものとか」
「女子が皆甘いものが好きだと思うなよ! 安直極まりない!!」
「じゃあ辛いもの?」
場は繋いだが……これで乗ってくれるのかは謎。
多分プリシラの腹具合によるのではないだろうか。
機嫌を損ねてなければ。
「……ちょっと、静かにしてくださらない?」
そこへ割って入り注意した女の子。
ジェラルディーン・アッカーソン。
ジェリーは僕の従姉妹であり、本来の僕を知る人である。
「これはジェラルディーン様。 失礼を」
「静かに学ぶ気のない方はここには相応しくありませんわ」
彼女は然り気無く、僕に目配せした。
『今だ、連れ出せ』──おそらく、そういうことだろう。
流石は王子妃候補、なんてできた従姉妹だ……ナイスアシスト!
「そうそう……出よう、プリシラ。 ではご機嫌よう、アッカーソン嬢」
侯爵家を出ていった母は公爵家に戻り、離れで暮らしている。
僕はジェリーになにも言っていないが、既にプリシラとの関係の情報が、母経由で渡っているのだろう。
或いは僕の取り巻き女子から『婚約者』のことを聞いて目星をつけたか。
当の本人は何も知らない様子だというのに。
(ていうか子爵家からも当然、連絡がいっててもおかしくないと思うんだけどな……)
プリシラはレミントン子爵家次女である。
本来ならば姉のエミリア様の婚約者であるパトリック氏が家に入る予定だったのだが、よんどころない事情により王都から離れるのが難しいらしい。
代わりに白羽の矢が立ったのが僕。
ポッド側も、『子爵家の婿としてなら』という前提で話が決まったようだ。
そんな事情も含め、全く知らないのも逆に凄い。
手紙とか見てないんだろうか。
なにが凄いって……プリシラなら見てないとしても、なんら不思議な気がしないところが凄い。
そんなプリシラだが、廊下に出るや否や、何故かジェリーの見目をやたら誉め出した。
(なんでだよ……?)
僕はちょっとムッとした。
ジェリーは従姉妹であり、僕とジェリーはふたりとも公爵家の血が濃い見た目。
そりゃ男女差はあるし、向こうは化粧もしているが……結構似ていると思う。
「なに? プリシラは女の子が好きなの? ……ホラ、美形なら目の前にいるじゃない」
「すげぇ自信だな……」
(そりゃ、ジェリーの顔が好きなら僕の顔だって……)
好きでもおかしくないはずだろう?
呆れた声を出すプリシラへ、よく見ろ、とばかりに顔を近付ける。好みはあると思うけど、顔の造作には自信がある。
っていうか、それぐらいしかプリシラに好かれる自信は、今のところない。
(僕はもう結構プリシラが好きだけど、プリシラは僕のこと、変な男ぐらいの認識しかしてないと思うし……)
実際の僕は、割と真面目ではあるが陰気な方だと思う。
女の子に好かれるタイプじゃない。顔以外は。
(でも上っ面の僕も、好きじゃないみたいだし…………
──っていうか、)
滅 茶 苦 茶 見 ら れ て い る 。
(…………近いっ!)
これはどうしたもんか。
自分でやったものの、恥ずかしくなってきた。
「プリシラ? どうしたの、見とれちゃった?」
だがこんなときでも被った猫は強い。
上手いこと対応──
「ベルナルドの目って、不思議な色してるね。 綺麗」
──できたと思った、の、だが。
( こ れ は )
これは、何度か経験したことのある、魅惑のシュチュエーションなのでは……?!
勿論その時はなにもしてないけれど…………
プ リ シ ラ に は 、し て い い 筈 。
胸が高まる。
緊張で震えそうになる手で、彼女の髪に触れた。
「…………プリシラ」
僕は、彼女に口付けた。
──ファーストキスだった。
プリシラの髪の柔らかな感触。
甘い匂い。
唇はそれよりも、もっと。
(…………好きだ──────!!!!)
単純かもしれないが、そう思った。
そしてプリシラも僕を──
それが勘違いだとは、再びプリシラの拳が僕の鳩尾にクリーンヒットするまで、わからなかった。
どうやら勇み足だったらしいと知る。
……でも、なんか釈然としない。