僕の婚約者。【ベルナルド視点①】
──プリシラ・レミントン。まだ見ぬ僕の婚約者。
(とりあえず、どんな娘か確認しとこう)
どうせお断りはできないのだ。
こちらの立場が上なので、向こうも断るのは難しいだろう。
再来週の末、ようやく顔合わせが行われるらしいが、その前に話くらいはしておきたい。
別れた父母を見ていて、政略結婚に幸せが待っているなんて想像をできる程、おめでたくはなかった。ふたりの仲は悪くないのだが、別れている謎。
互いに想い合う今の両親ふたりですら、上手くいっているんだかいってないんだか謎なところがある。
……男女間とは難しいらしい。
些かロマンチストかもしれないが、どうせなら愛し、愛されたい。
僕は取り巻きの女の子達に誘われる度『婚約が決まったから』と断った。
基本的に誘いはお茶であり、カフェ等目のつく場所。大抵複数。彼女らの悩みや話に付き合うだけだ。
時折悩みによってはふたりでの誘いにも応じたが、目のつく場所以外での誘いには絶対に応じないと決めている。
これは互いの立場を守る為でもあるが、より円滑な人間関係を守る為でもある。……女子の嫉妬は恐ろしいので、誰でも同じ様に接するのが大事だ。
最初は縁談避けのポーズだったこの行為だが、とても有意義だった。女の子の話や悩み相談を無駄だと思っている男が多いが、それは違う。
彼女らの他愛ない話からは複雑な人間関係を窺い知る事ができ、情報量も多く、多岐に渡る。……ただ、少々とっちらかっており、少しばかり忍耐力が必要なだけなのだ。
情報収集に多少の未練はあれど、これからの長い人生を共にする女性との円満な生活に比べれば大したことではない。考えてみれば子爵家に入ってしまうのだし。
結婚する気がなかったから、結婚に夢を抱いていない、と勘違いしていた。いざするとなると案外理想があることに気付く。
僕はポケットから絵姿を出し、眺めた。
(……まあまあ可愛い。 絵姿の通りなら、だけど)
正直……好きな顔だ。それなりに。
単純かもしれないが『どんな相手でも結婚することになる』と覚悟を決めて釣書を開いたのだ。……年齢が同じでまあまあ可愛いとか、幸運。
美しい刺繍の施された布地の表装から、絵姿だけを剥ぎ取って持ち歩くことにする。勿論、確認のためだ。他意はない。
愛らしい小動物顔。
一般的には美人とは言えないかもしれないが、美人には見飽きている。毎朝、鏡で。
僕は名前と絵姿を頼りに婚約者を探した。
事務に事情を話せば一発なのはわかっているが、嫌だ。『政略結婚』自体にはやはり嫌悪がある。
最初の出会いくらい、せめて家と関係なくしたい。
「!」
見付けた彼女は絵姿の通りだった。
(むしろ絵姿より可愛い!)←※おそらく好みの問題
俄然テンションが上がる僕。
考えてみれば、恋愛などしたことがないのだ。
初めての女性とのお付き合い……そりゃテンションも上がる。
だが──プリシラ・レミントンはどうしたわけか、泣いていた。
なるべく優しく声を掛ける。しかし、何故か彼女は僕を睨んで、泣いてることを否定した。
強く、意味のわからない台詞で。
「これは……心の汗です!」
(……なんじゃそりゃ?
……しかも随分嫌われているみたいだ……いやまぁ、イメージ悪いからなぁ)
そんなことを思っていたらプリシラが立ち去りそうになり、僕は慌てて彼女の腕を引き寄せた。
(あっ、しまった……)
慌てたとは言ってもこれは良くない。
行動の乱暴さを、スッカリ板についた浮ついた誉め言葉で誤魔化す。……僕は本来そんなに喋りが得意ではないのだ。
「君の様な愛らしい娘がそんないたいけな姿を晒すというのは、男共には目の毒というものさ。 せめて涙が乾くまで、僕の胸に隠れているといい」
彼女の台詞も酷いが、僕の台詞もなかなかに酷い。自分でもなかなかいい加減なことを言っているなぁと感心すらする。
長年の努力の賜物ではあるが、当然結果は良くなかった。
彼女の僕に対する印象が悪いようであるのに、これは明らかな悪手だったと言える。
不快感と怒りを露にしながら立ち去るプリシラ。
(失敗した……けど、)
どうやら婚約の話はまだ彼女も知らない様子。
どうしようかなーと思いつつ、次の日再び彼女の元へ行くことにした。
そもそもが婚約者であり、彼女を知るための行為。『どうしようかなー』ではなく、きちんと状況を説明した上で、距離を近付けるべきなのだ。
でも……──なんとなく、言いたくない。
僕は、プリシラに興味を抱いた。
今のところ特に恋愛ではないが、これからそうなるかもしれない。知らないのであれば、好都合だ。
どんな娘か、もっと知りたい。
淑女面をしようとしても、そこはかとなく迷惑さを醸すプリシラ。……とても素直な娘だ。
というか素直すぎる。貴族とは思えない。
(子爵領は遠いんだっけ……田舎育ちだからなのかな?)
先にも述べたように、実際の僕はお喋りではない。
生活を共にするなら、ハッキリ態度や口に出してくれる方が望ましい様に思えた。……プリシラ、存外に理想的。
再び僕が現れると、プリシラには予想した以上に嫌われていてショックだった。元々は話すのが得意ではない僕だ。どう話すかを色々考えていたのだが、吹っ飛んでしまった。
ショックだったが……同時に一周回ってなんだかもう、面白くなってしまった。
彼女はこないだよりも淑女を装っていたが明らかに嫌そうであり……それがなんというか、とても動物的で可愛らしく、嗜虐心をそそられた。
「ベルナルド様。 先日は鬱いでおりました私へのお優しいお言葉、ありがとうございました。 お陰様でこの通り元気ですので……もうお気遣いなく?」
「随分と殊勝な態度だね」
僕は勢いで、彼女を抱えた。
もっとちゃんと話すべきだが如何せん場が悪い。
婚約者だと話してしまえばそれまでだが、なんとなくつまらない気がした。
(もう充分嫌われてるし、これくらいふざけた方がこの先打ち解けやすいだろう)
今思うと自分でも無茶苦茶だなーとは思う。
だがこのときは、嫌がる猫を無理矢理愛でたい様な気持ちになっていたのだ。
悪ふざけが過ぎた結果、殴られた。
変な態勢だったのに、鳩尾に見事に入った拳。
──僕も大概だが、彼女も大概だと思う。