……なんて日だ!【プリシラ視点①】
ベルナルド・ポッド様。
流石極モテ・チャラ男だけあり、物凄いイケメンだ。
だがそんな麗しき顔など、今の私には辛いだけ……しかもチャラ男属性とか、反吐が出るほど嫌いな私。
これが眼鏡キャラならばまだ許せたものの……と思うと、尚のこと切なさが込み上げてくる。
「なんでもございません。どうぞ、お気遣いなく」
「でも、泣いているじゃない」
「これは……心の汗です!」
よくわからない理屈で私が立ち去ろうとするも、何故か腕を引き寄せられた。
「君の様な愛らしい娘がそんないたいけな姿を晒すというのは、男共には目の毒というものさ。せめて涙が乾くまで、僕の胸に隠れているといい」
私の理屈も酷いが、コイツの理屈はもっと酷い。よくそんな台詞がスラスラ出てくるモンだ。甘すぎて顎がガタガタならんのか!
「間に合ってます! もう乾きました!! 吟遊詩人にでもおなりになったら如何ですか?」
ついうっかり余計な一言を足して、私は奴から離れた後、不快感と怒りをあらわにしながら立ち去った。
(せめてコイツが眼鏡キャラならば……嫌いなチャラ男属性であれど、もう少しときめけたものを……!)
そう思わずにはいられない。
私は再び溢れる涙を拭いながら、決意した。
本当に眼鏡キャラは存在しないのか。
まずはそれを確かめよう、と。
結果は惨憺たるものだった。
私は自ら傷口に塩を塗り込む行為を行ったに過ぎなかった。
──眼鏡…………いやしねぇ。
私はその事実に、寮の自室の片隅で咽び泣いた。
ありがちな設定だな~と思うが、案の定魔力は上の爵位程高い傾向にある。まあ、魔法を使えるという優位性を考えると、どうしても爵位との相互関係が生まれるのは当然の事だろう。
故に女子は魔力が高いほど良家に嫁ぎやすい。
血に関係するとはいえど、勿論個人の能力だ。家柄がいい方が魔力量が高い傾向にあるだけで、関係なく魔力が高い人はいる。
そして子爵令嬢のこの私だが……
『まっまさかッ!? 子爵令嬢の分際でこの魔力とは……!!』
……等ということもなく、子爵令嬢に相応しい、安定の下の上から中の下スペック。
そして別に、淑女としても学生としてのスペックも高くない。ちょっとばかり前世の記憶があるだけである。(しかも役に立ちそうもない)
この世界の、私の周囲の人間に、一向に眼鏡がいない理由……それはおそらく魔力にある。身体能力が自然と強化されるのだ。
つまり、視力が衰えない。
故に……眼鏡なんかかけてたら『僕、魔力が少ないです』と公言して歩いている様なモンだ。
貴族なんて、舐められたら終わり。
……かけているヤツなどいるわけなかった。
──だが、挫けぬ……!!
鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス……
『いないなら、作ってみせよう眼鏡キャラ』!!
こうして私の無謀な挑戦は始まった。
始まったとは言っても、まず、なにをすべきかすら思い浮かばない。ノープラン……滅茶苦茶無謀である。
(とりあえず図書館にでも行ってみることにしようかな……)
何を調べるかもわからんが、なんかしら発想のヒントになるものがあるかもしれない。その程度の期待を胸に、私は終業の鐘とともに席を立ち、教室を出ようとした。
──その時だった。
「やあ、プリシラ」
「!」
ザワッと教室が揺れる。──震源地、ここ。
「チャ……げふんげふん、ベルナルド・ポッド様……ご機嫌よう」
なんと、チャラ男/ベルナルド・ポッドが私の元に現れたのだ。
なんて迷惑な男だ、名前を呼んできやがるとは……!
仲良くもないのに、こんな目立つところで!
大体にしてなんで名前を知っている?
わざわざ調べたのだろうか。暇人め。
「何故私の名前をご存知で?」
関係なんてないんですよーアピールをしつつ、自然なレベルで声を張る。しかしチャラ男は、可愛らしく首をかしげてしらばっくれる。
「君だって、僕の名を知ってるじゃないか」
「私と違って有名でらっしゃいますから」
眼鏡キャラでないただのチャラ男など、全く可愛くない。あざとさMAXだ。
眼鏡をかけてから出直して頂きたい。
話はそれからだ。
イラつきからつい嫌味を含めた返しをしてしまった。だが迂闊な気持ちの吐露は、非常に面倒な事になると前回反省したので、やんわりとどっか行けオーラを醸すことにする。
なるべく穏便にどっかいってほしい。
「ベルナルド様。 先日は鬱いでおりました私へのお優しいお言葉、ありがとうございました。 お陰様でこの通り元気ですので……もうお気遣いなく?」
「随分と殊勝な態度だね」
そうベルナルドが言うと、私は重力を失った……かのごとく身体が浮いた。
ヤツが私を抱え上げたのだ。
「ちょっと?! なにをっ……!」
「きっとこれは熱でもあるに違いない。 さあさあ保健室へ」
淑女にみだりに触れるなどとは……とんでもねぇ輩である。
しかも行き先が保健室とか、嫌な想像を掻き立てられる。
嫁入り前の、やんごとなき貴族のご令嬢が通っているのだ。学園は万全の警備体制にはあるし、秩序のために校則違反者には、階級関係なく厳罰がくだる。
実際に学校で不純異性交遊に及ぶことは、相当難しい。
──だが滅茶苦茶外聞悪いことは間違いない!!
荷物を運ぶように私を担ぐベルナルドの背中を、ぽかぽかと叩きながら叫ぶ。
「降ろせ馬鹿! ただでさえ低スペックの私の経歴に傷を付ける気か?!!!」
「おや、元気じゃないか」
「うるせぇフザケロ!」
「貴族令嬢らしからぬ言葉遣い……これは宜しくない。 よしわかった僕が色々と教えてあげよう」
「要らん世話だぁぁぁぁぁぁ!!」
イチイチ言葉の内容がいやらしい感じで変換されるのは、ヤツの存在が卑猥であるからに間違いない!
眼鏡を不敵に光らせて言ったならば、まだくるものはあったかもしれんが、生憎私に通用すると思うなかれだ!!
脚をまとめられて押さえられている為、足技は使えない。私は右拳を固め、おもいっきりヤツの鳩尾に叩き込んだ。
「ぐふぅっ!?」
「甘く見んなよ! このクソぼっちゃまが!!」
「……じょ……冗談に決まっているだろうが……君こそ淑女としてどうなの? なんて乱暴なんだ……!」
苦し気な声を発しながらも、ベルナルドは私をゆっくりとおろす。……この辺だけは女たらしとして見上げた根性であると認めよう。──だが、
「やっていい冗談と悪い冗談の区別もつかんのか!? そういうところがクソぼっちゃまだと言うんだ馬鹿め!」
おふざけも大概にしろ…… つまりはそういうことである。
ベルナルドは騒ぎを聞いて駆けつけた先生方にしこたま怒られた。いい気味だ。
──しかし同時に、淑女としてのプリシラ・レミントンはこの日、死亡した。
ちょっとこう……お転婆すぎた。
全てベルナルド・ポッドのせいだ。
踏んだり、蹴ったり。抱えられたり、殴ったり。