僕の気持ち③【ベルナルド視点④】
「──…………ッラ!」
胸の間に思いきり入ったプリシラの右拳に、僕は一瞬息ができなくなったが、気力で声を発した。
やっぱりプリシラは僕が相手だと知らなかったのだろう。
だがそんなことは関係ない!
ここは学校ではなくホテル……僕は昨日のうちにジェリーに案内してもらい、構造を頭に叩き込んでいた。
勿論プリシラが逃げることは予測済みだ。もう逃がさない。
このホテルはアッカーソン公爵家が直に経営に携わっている。
王都や王宮に用事の特権階級が、安心して快適に宿泊できる宿はそう多くはない。
既に社交界デビューを果たし、流行りや女性の好みに敏感なジェリー。彼女は学生でありながらもアンバサダーを担い……調度品から内部の改修まで、幅広く指示も行っているのだ。
案の上逃げたプリシラだが、ここから行けるところは決まっている。
──そう、庭園である。
外堀を埋める、とか言うけれど……結果的にプリシラは、通常使用される意味でも、物理的な意味でも、既に僕に追い込まれているのだった。
プリシラの足が速いとはいえ、僕だって負けてはいない。しかも真新しいパンプスの彼女……動きが限定できれば追い付くのは余裕だ。庭園までキッチリ追い込む。
そうなるように配置された警備……勿論庭園には僕ら以外入れないようにしてある。
仮にプリシラが逃げなくても、庭園は僕らの為に空けてあったのだが。
準備は万端。……とは言え、僕の気持ちには余裕があるわけではない。
(……落ち着け!)
今度はヘマをできない。
本当は今すぐ捕まえたい──そんな気持ちを抑えて、距離を取りつつ追いかける。
プリシラが庭園に入った。
緊張と不安から縺れそうになる足を速め、距離を詰める。
「プリシラ!!」
肩を掴むと──
プリシラの攻撃。だがそれは予想の範疇、僕は彼女が無造作に放った右腕を捕らえた。
「プリシ…………!」
待っていたのは、全く予想外な彼女の表情。
プリシラは泣いていた。
「っ……離せっ……!」
「 ……嫌だ!」
なんで泣いているのか、わからない。
考えられる理由は沢山ある。
だけど、僕はちゃんと伝えなきゃならなかった。
庭園中央の噴水には仕掛けがある。
……ジェリー御自慢のとっておきが。
──昨夜のこと。
「『誓いの噴水』って名付けたのよ。 少し安直だけど」
時間になると、音楽と共に噴水の水が霧を作り出し、ハート型の虹を浮かび上がらせる。
「この下で愛を誓うと永遠になる……っていう謳い文句で集客するの。 新婚旅行に王都に来る、田舎貴族にはうってつけでしょ? ……ここは名所になるわ!」
「しっかりしてるなぁ。 流石は優秀な従姉妹殿だ。 でも……ここなら確かにいい感じで想いを伝えられそうだ」
「ウフフ、ベルナルドったら。 ……そのためにもまずは、貴方が成功してくれないと。 勿論親愛なる従兄弟の為とはいえ……ただでここまでしてあげてるなんて思わないで頂戴ね?」
ジェリーはそんな冗談で僕を焚き付けたが……
仕掛けが発動する時間にはまだ早い上、噴水から微妙にズレた位置になってしまっていた。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
泣き顔を見られたくないのか、俯くプリシラの上から想いをぶつける。
「──僕はプリシラが好きだ」
「嘘だ!」
「嘘じゃない、好きだ」
「煩いッ」
「好きだ」
「……黙れ! 聞きたくな」
「好きだ!
僕は、プリシラが好きだ!!」
駄々を捏ねる子供のようにバタつかせる、プリシラの腕を強く掴む。
少し離れたところで、噴水の水音の変化。鳴り出す音楽──
劇的な演出なんて、要らない。
詩的な言葉なんて思い付かないし、
なんならみっともなくたって、いい。
伝えなきゃ。
「プリシラ」
「…………」
ようやくプリシラが顔を上げる。
何故か少し驚いたような、戸惑ったような表情で。
「…………なんで、アンタが泣いてんの」
「…………え?」
僕も気付かないうちに、泣いていた。
自分のことなのに、その理由もよくわからない。
呆れたようにプリシラは溜め息を吐いて、また俯いた。
「離して、痛い」
「……ごめん……」
離す代わりに僕は彼女を抱き締める。
逃げられるワケにはいかない。
「……ちょっ?! 離してって言ってんじゃん!!」
「痛くしたのは、ごめん。 でも離せない」
「馬鹿じゃないの?!」
ポコポコと僕の肩を叩くも、そこに力はない。多分ちょっとだけ、信じてくれてるのだという希望的観測。
自分の胸に、彼女の頭を寄せる。
「……好きだ」
伝われ。
表現のおかしな部分を一部直しました。