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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第11話◆
68/73

傲慢と因子の器 ⑥

 暗くかかった雨雲は北方支部を覆い、冷たく肌を濡らしていた。


 頬に流れる雫が雨であるかの様にレイスは、哀しみを堪え──パトリシアへの気持ちを押し殺し、静かにトンファーを身構える。


 動けないレジナルドを背に、己の運命を恨む。


 パトリシアを救えなかった無力な自分に、決別する為にも……全力で家族を死守する事を誓い──呟いた。



「僕の元へ──固有能力:黄昏の方舟(ワンダーランド)



 レイスが能力を発動すると、手元にナイフやフォーク等が現れて、次々とチェスター目掛けてそれらを投げてゆく。同時に地面を強く蹴り上げたレイスは、一瞬でチェスターの間合いへと踏み込んだ。


 更にチェスターが警戒し、一歩下がった所へ巨大な瓦礫を取り出す。その瓦礫はチェスターの視界を一瞬で覆い、すかさず左手から無数の白蛇を伸ばすと、チェスターの身柄を拘束した。


「捕まえたぞ、チェスター!」


「それだけですか?」


 チェスターは白蛇の拘束からいとも簡単に抜け出して黒煙となり、レイスの背後へと回る。そして、ナイフを逆手に構えて斬りかかる。


 喉元を切り裂く勢いで迫るナイフを咄嗟にトンファーで防いだレイスは、すかさず右足でチェスターを蹴り上げるが、それすらも黒煙となったチェスターに意図も簡単にかわされてしまう。


 そして、ヨハンからサジの姿へと変わったチェスターが右手を構え、ニヤリと笑うと手の平で空気が圧縮されてゆくのが分かった。


 レイスは咄嗟に瓦礫やら衣装タンスやらを重ね、いくつも壁を隔てたが──その空気圧は、一瞬で全てに風穴を開けて突き抜けてゆく。


(……あ、危ない所だった! 間一髪、スレスレだ)


 肝を冷やす一撃はレイスの脇腹をかすめ、マントの端が欠けていた。チェスターの右手から直線状に風穴が開いており、触れるモノ全てを吹き飛ばすそれは、恐らくユアと同じ“風”の性質変換。


「ヨハンが水、サジが風……もしかして、全ての性質変換を扱えるのか!?」


「御名答! 性質は主に肉体で形成される為、同じ霊素(アストラ)を元にしても器が異なれば、性質も異なるのです。メファリスが貴方の肉体で、自身の性質を扱えていなかった事で気がついているものかと思っていましたが……それとも、堕天(シンラ)が性質変換を扱うという発想に至らなかったのか、肉体によって性質変換が異なる事をそもそも知らなかったのか、どちらにせよ──それが分かった所で、貴方になす術など存在しませんがね」


 開いた風穴からレイスの目の前に姿を現すチェスターは、両手に先程と同じく空気を圧縮して身構える。更にその2つを重ねて小さく凝縮をしてゆくと、ビー玉程の小さな風の眼となった。アレクが得意としている性質変換の高等技術と同じである。


 圧縮された霊素(アストラ)は触れた瞬間に弾け、性質の威力を極限にまで高めて発揮される。炎であれば一方へ爆発し、全てを焼き尽くす程に──風は一方へ吹き抜ける正に砲弾となるのだ。


「レイス! その眼に触れたら、肉体が吹き飛ぶぞ!」


「ふざけるなッ……僕は性質変換が扱えないんだぞ!?」


 アレクの言葉に焦るレイスを見て、余裕を見せるチェスターは右手に風の眼を持ちながら高らかに笑う。


「はぁはははははっ! 無力! 無能! 無様! 何たる滑稽か……貴様に勝ち目などありはしない。瓦礫にタンス? 他に何が出せる? ランプか? 絨毯か? ミネストローネでも出してみるか?」


「バカにしやがって……」


 完全な実力の差になす術のないレイスは、自身が持ちうる全ての可能性で算段を企てる。しかし、それら全てを以てしても、風の眼は疎かその他に於いてもチェスターに敵う筈もない。


 レジナルドやアレクが動けるのなら未だしも、現状ではただの独り善がり──尚且つ守りながらの身では、尚更であった。


(どう考えても勝ち目が見えない……そもそも、あの眼をどうにかして避けないと確実に──死ぬ!)


「どうしたんですか? 来ないんですか!? では、こちらから参りましょう」


 チェスターがレイスに風の眼を突きだしたその瞬間、複数の影がレイスの横を過ぎ去り、チェスターを一瞬で切り裂いた。瞬く間に黒煙となったチェスターの手の平からは風の眼が消失し、驚愕した表情で距離を取るチェスターに──彼らは武器を構えて立ち塞がる。


「チェスター! もう、終わりだ!」


 ランドールを筆頭にセラ、リズベット、ジョゼフ、フリッツ、ハンナ、リファネス、そして──アマンダの8人がレイスを守る様にして颯爽とその姿を現すのだった。


 思わぬ増援にレイス達も驚きを隠せずにいると、セラがレイスへとゆっくり歩み寄る。


 自身が犯した事への罪悪感とオルギスを喰らった事の重圧に、顔を背けるレイスは救われた反面──先程の一撃で死んでいた方が良かったのではないかとさえ思う。


 目を合わせる事さえ出来ない状況に、セラは剣をレイスの首に突き立てて話し始めた。


「オルギスの事、アンタのせいじゃないから……アンタが堕天(シンラ)のままだったら、私自らの手で確実に殺すつもりだったけれど、元に戻ったのならシャキッとしなさいよ! アレはアンタの意思じゃない事くらい理解しているつもりよ。だから……割り切った私の為にも必死に足掻きなさいよ! それがアイツの為でもあるし、そんな申し訳なさそうな面なんて見たくないの! 私やアイツは誇り高き貴族で──堕天(シンラ)を滅する為に星騎士となったのよ!」

「セラ……」


「というか、コーヴァスが居ないんだけど……」


 フリッツがコーデリヴァスの姿を探していると、ランドールもパトリシアがいない事に気が付く。


「そう言えば、パティも見当たらないな」


「ランドール……ごめん、パティは……」


 レイスが俯き、事情を説明しようとしたその時だった。チェスターが空気を裂くように8人の中心へと現れる。


「──油断したな」


 黒煙となったチェスターはレイスと然程変わらないスピードで全員の間合いへと入り込み、それぞれの身体に神経薬を打ち込む。まるで、卑怯なその一手に誰もが身動きも取れずに崩れ落ちた。


 そして、機械人形のアマンダ以外は、その場で次々に横たわってゆく。


「しまっ……クソッ、チェスタぁああああああああああああああああ!」


 一瞬、チェスターから注意を裂いてしまったレイスは後悔を胸に視界が地面へと沈み込む。指1つ動かない現状に悔しさを噛み締めて、地面に叫んだ。


「フフフッ……アマンダ、貴女には流石に効きませんでしたか。しかし、これで更に立場は逆転です。颯爽とご登場して頂いたにも関わらず、誠にすみません。貴女を壊して、レジナルドの肉体は私が頂きます」


 しかし、アマンダは優しい笑みを浮かべたままチェスターを見つめていた。


「哀れな猫よ……未だ彼女に囚われているのですね。失った者はどれだけ切望しようとも帰っては来ません。遺された者の哀しみも分かりますが……」


 サジの姿で不敵に笑みを浮かべたチェスターは、アマンダの目の前でヨハンの姿へと変身して見せる。


「アマンダ……分かるだろ?」


「よ、ヨハン……な、何故!?」


 ほくそ笑むチェスターは両手を広げ、アマンダをそっと抱きしめた。その瞬間、アマンダの瞳からは涙が溢れ出し、膝から崩れ落ちた。


 それがチェスターである事は理解していながら、ヨハンの身体に抱き締められている温もりに、懐かしい感情が燻られていた。


「その身体……」

「そう、本人の身体です。私の能力を知っている貴女なら、ご理解頂けるでしょう?」


 チェスターの能力ならば肉体を半永久的に保管しておける上に亡くなった際、受けた傷等は修復されている。


 つまりは、魂さえ呼び戻せるのなら……死者さえも蘇生する事が出来うるのかも知れない。


 魂核の覚醒──それが、出来るとするならば可能性はそれ以外に有り得ないだろう。嘗て、無数の死者の魂を現世に呼び戻した第一子:(マヴロ)の覚醒時の様に……冥界の門を開きうる稀有な存在。


 それが、魂核を持つジュリアの肉体であり、その鍵となるのが罪を刻まれた7つの因子であるという事。


「アマンダ……貴女が邪魔さえしなければ、ヨハンも蘇らせる事が出来るんだ。そして、私には彼らを蘇らせる義務がある!」

「…………」


「ダメだッ! アマンダ! そいつの言葉なんかに惑わされるな!」


 痺れた身体を引き摺り、必死にアマンダへと手を伸ばすレイスは、チェスターを未だに止めようと足掻き続けていた。


「──諦めが悪いですね……貴方みたいな無価値で無能な存在に運命を有する資格などない」


 チェスターが苛立ちながらレイスへと近づき、右手を構えて狙いを定める。


「僕は…… 庭に植えたアングレカムの花に毎日、水をやり続けていた日々を知っている! アマンダが毎日、ヨハンの墓にそのアングレカムをお供えして祈り続けてきた日々を知っている! 僕らの為に毎日……」


「そろそろ黙れよ──無能が」


 チェスターはエニスの副官ジェイビス中将の姿に変わると、レイスの顔面を容赦なく踏みつけて、構えていた右手の手首に左手を添える。


「貫け──樹奏旋律アルボル・ド・ファンファーレ


 ジェイビスの固有能力が発動すると、チェスターの右手からは複数の樹木が捻れながら生え揃い、木々が擦れ合う音が、まるで突撃の合図を吹き鳴らすラッパの如く──大きな音がその場の空気を揺らしていた。


 そして、音が鳴り響くのが止むと、レイスの目の前には複数の枝に貫かれたアマンダがレイスを守る様にして、我が身を盾に立っていた。


「あ、アマンダ……」


「よ、良かったわ……レイスが、無事で……」


 樹木の枝はアマンダの身体に深く入り込み、アマンダを核としてゆっくりと成長を続けてゆく。


 ミシミシとその身体が破損してゆく毎にアマンダの機能は次第に失われ、バチバチと身体中から火花を吹き上げながらも、いつもの様に優しい笑みだけを浮かべ続けていた。


『自己修復機能低下……プログラムの破損許容量域を逸脱いたしました……人格保全機能破損……アマンダ・プログラムを60秒後に完全停止します』


「わ、わ、私を……は、母親の……よ、様に……接してくれて……て、あ……あり、ありがとう。み、皆の事はと、とても……だ、大好き……だ、だ、だ、だから。さ、さ、最後まで……一緒に、に、居られなくて……ごめんなさい。私の愛しき我が子達……あ、愛、愛しているわ……いつまでも──永遠(とわ)に……」


 そして、アマンダは完全に機能を停止した。


 雨が儚く──アマンダの笑みを濡らして……。

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