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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第11話◆
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傲慢と因子の器 ⑤

 パトリシアが因子の器になる事を言い出し、麻痺で動かない筈の身体を懸命に起き上がらせる。己が死ぬ事を理解していながら、レイスの為にと立ち上がるパトリシアを見て、レイスはその強い覚悟にただ茫然と動けないでいた。


「そんな……ダメだ。パティ……パティが犠牲になる事はないよ!」

「そうだ! こんなの間違ってる! これは、お前が背負うべきモノじゃねぇだろ! メファリスを助けても、お前が死んじまったら、誰も喜ばねぇよ! レイスはお前を器にする為に生かした訳じゃねぇ!」


 パトリシアの行動にアレクも、必死に阻止しようと地面を這いずる。力尽くでも止めたいと思う反面、思う様に動かない自身の身体が焦りを生み、必死に足掻いても届かない手が──遥かに遠く感じた。


「レイス、もうこれしか……方法はないんだ。チェスターが起きてくる前に、パトリシアにミアを……」


 レジナルドは魂核の覚醒を阻止する為にも、この方法が最も合理的である事に確信を抱く。本人の意思も協力的である以上、レジナルドにとっては願ってもいない状況であった。そして、パトリシアが因子に触れると混濁する悪意が、パトリシアの霊素(アストラ)に溶け込み、体内へと暴れ狂う様に巡ってゆく。


「あ゛あああぁあッ……ぁッ……あああああああああがッあ!!」


 小さな身体は因子を取り込み、自我の崩壊と共に苦痛な悲鳴を上げる。


「パティ! ダメだ……やめて!」

「クソッ……動けよ、俺の身体!」


 因子に呑み込まれてゆくパトリシアを目の前に、必死に手を伸ばすレイスをレジナルドが引き止める。アレクもその手が届く事はなく、何も出来ずにパトリシアが因子の器となる光景に──唇を噛み締めるしかない。無常な決断を前になす術の無い2人は、己が何の為に足掻いてきたのかと、絶望を振り返る。それは、まるで意味のなかったかのように、繋がった絆が切れる様で……泣き崩れる2人の心臓を抉った。


 そして、パトリシアの肉体を包み込む様にして黒い繭が形成されると、パトリシアの悲鳴は聞こえなくなり、その肉体は深い眠りに就く。それが孵化する事の意味を知り、目の前の繭に泣き叫んだ。


「そんなッ……ダメだよ! ロブ、離してッ! パティが……パティが……」

「何で……何でなんだよ! パティ……」



     ドクンッ……


           ドクンッ……


  ドクンッ……



 繭は静かに鼓動を響かせ、不意に降り出した雨に打たれるレイス達は空を見上げた。


 上空には結界が張られていた筈だが、その結界はどういう訳か消えており、メルティの姿もない。上空で待機していると思っていたメルティの不在……そして、突然降り始めた雨に感情が洗い流されてゆく。


 全てが流れ落ち、虚無に乾いた笑みを浮かべるレイス。


 すると、そこへ殴り飛ばされたチェスターが戻ってきた。


「……クソッ、よくもこの私を殴ってくれたものだ」


 ヨハンの左頬は赤く腫れあがり、チェスターが腫れた箇所に触れると、煙が瞬く間に腫れを修復してゆく。


(物理的に殴られたって感じではなかったな。レイスの霊素(アストラ)は性質を持たないと思っていたが、とんだ勘違いだったのかも知れない。運命の輪を持つ者──白蛇を従えるか。運命の輪を持つ資格者は、第13の守護者だと謂うのか? 稀に見る時の性質変換。時空を歪ませた……のだろうか? だとしたら、在り得ない。ニコラスとレイスにその様な接点など、ない筈だ。資格の継承など……彼は公に処刑され、その力は葬り去られた筈だからなぁ……それに、レイスの孤児院以前に於ける情報は……奴隷であった筈……)


 殴られた頬を摩りながら、チェスターがレイス達の方を見つめると、そこに黒い繭を見つけて次第に青ざめてゆく。自身の計画が成功したのかと一瞬、思いもしたがそんな筈はない。アレクが抱えているジュリアを見て、確信せざるを得なかった。そこに居ない幼女の存在に気が付き尋常ではない量の冷や汗が溢れ出す。


「そ、そんな……な、何をしているんだぁ! 貴様らぁ! 私の計画が……ぁ……嘘だろ!? 因子を普通に目覚めさせて何の意味があるというんだ? それでは、全てが無に帰すだけなんだぞ!? 孤児院での惨劇も、これまで教団に叛逆してきた事も、メファリスを元に戻したら全てが、何の意味もなかったじゃないか……」


 慌てたチェスターが黒い繭へと駆け寄り、悲愴な顔でナイフを突き立てるも、その刃が通る事はなく──強固な繭の層によって厚く守られている。外敵から包み隠す因子の目覚めは、何人も邪魔をする事は出来ないのだろう。


「ふざけるなッ! ふざけるなッ! 私が何年、この計画に時間を費やしてきたと思っているんだ! ヨハンの能力では最早、因子を取り除く事は不可能……クソッ、クソッ、いや……待てよ。レジナルド、君の能力ならば……あるいは……」


 諦めの悪いチェスターは痺れているレジナルドを見つめ、ニヤリと不敵に笑う。


「レイス! レジナルドを守れッ!」


 咄嗟にアレクが叫ぶと同時、チェスターはレジナルドへと駆け寄る。物凄い形相で走るその手には、先程のナイフを逆手に持ち構えていた。肉体を奪う為なら、恐らく手段を択ばないチェスターにレイスが盾となり、トンファーを身構える。


「因子を失った貴様に何が出来る! 無能な能力で足掻くだけの出来損ないに、この私が止められると思っているのか?」

「ロブまで死なせる訳にはいかないんだよ……今、貴方を止められるのは僕しかいない」


 しかし、レイスの攻撃は悉くいなされて当たらない。仮に当たったとしても、その攻撃はチェスターの特異体質により効力を有さないのだった。まるで、煙を殴っている様な手応えのなさにレイスは一度、距離を取る。


(さっきは当たったのに、何故……不意打ち? 意識外からの攻撃なら、当たるのか?)


「貴様如きでは私に勝てない事くらい理解できているだろう? 結界が消えて、時間がないんだ」


(そういえば、結界がどうして突然消失したのか……チェスターはその理由を知っているというのか? メルティの姿が見えない事からも、その線は高い。他に何を計画しているんだ、この黒猫)


 雨に打たれながら不確かな思惑に翻弄されてゆくレイスを他所に──コーデリヴァスが遂に動く。


「何だアイツ!? 私の神経薬で動けない筈……」


 痺れていた筈の少年は徐に走り出し、タイミングを見計らっていたかのように颯爽と建物内部へとその姿を消した。


(頼んだぜ、コーヴァス……お前だけが頼りだ! この状況になっても、未だ動かないエニス大将の元へ! 急げよ……№1!)


 レイスやレジナルド達が注目を集めている一方で、地道に解毒を行っていたコーデリヴァスはアレクの指示で、大将エニスを呼びに行く算段を考えていた。チェスターに対して勝算があるとすれば、エニスの力が必要不可欠だと2人は考える。


 エニスがどちら側に属しているのかすら、知り得ない2人にとって──全ては賭け。


 どちらに転ぼうと現状の打開策としては、それが最善であろう。


 そして、レイスがどれだけの時間、チェスターを足止め出来るかに全ては懸かっていた。


「レイス……コーヴァスがエニスを呼びに行っている今──それまで、お前がこの場でチェスターを抑えろ! ジュリアは何があっても指一本触れさせやしねぇ……俺が絶対に守る。だから、お前は……死ぬ気でレジナルドを守れ!」


 アレクの無茶苦茶な計画の全貌を把握したレイスは、その不確定な確率に身が竦む。エニスに賭けるよりも、ここで共にチェスターを止める方がよっぽど良かった。寧ろその方が、全員が助かる確率は高いのではないかとさえ思える。


「エニスを……ますます、時間がなくなったな。そこをどいてくれないかい、レイス? 今なら、まだパトリシアの命を救えるかも知れない。レジナルドの肉体さえ手に入れば、その繭から因子だけを取り出せる。そうすれば、パトリシアの意思が完全に消失する前に……」

「うるさいッ! 今更だ……結局、誰かは死ぬ……なら、もう──誰の死ぬ所も見たくないんだ!」


 そして、レイスは全身を霊素(アストラ)で纏い、両腕を腰の位置に構えた。左腕の義手には白蛇を纏い、右腕のトンファーには膨大な霊素(アストラ)を集約させてゆく。


(また、あれか……厄介な性質変換……本人は無自覚だろうが、アレは私にとってもかなりヤバい。反応出来るとかそういう次元の話ではなく、寧ろ──そこに既に攻撃があるという解釈が正しい。時間のズレ……それが生み出す攻撃は、黒煙になる前の私を殴る! 本来ならば有り得べからざる事だが、それを可能にした者が運命の資格者:ニコラス=ダグラビウス。そして、レイス・J・ハーグリーブズ……貴様は一体、何者なのだ!)


「僕の元へ──固有能力:黄昏の方舟(ワンダーランド)

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