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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第11話◆
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傲慢と因子の器 ④

 喉元を喰い千切られたかに思えたチェスターは黒煙となり、スルリと黒龍をすり抜ける。全ての攻撃を無効化にするチェスターの身体は、外的要因によってほぼ無意思に発動する先天的な体質であった。黒煙によって形成されるその身体は猫を象り、闇から生まれ落ちた所謂──奇形種と謂われる荒唐無稽な存在。その存在は未だ生態が解明されていない、未知の生物種である。


 そして、黒煙となったチェスターは、同時に他の物質を掴む事が出来ないという性質を持つ。故に、抱いていたジュリアを地面に落としてしまった。黒龍の突然の攻撃に対し、反射で黒煙となった身体をすり抜ける様にしてジュリアが、ゆっくりとその腕から零れ落ちてゆく。慌てて拾おうにも黒龍の猛攻がそれを許さない。まるで意味のない煙を裂く行為にチェスターは、苛立ち──姿を元に戻せないでいたのだった。


 そこへ、倒れ込んでいたアレクが顔を上げる。アレクは麻痺で動かない身体を何とか引き摺り、ジュリアを見事にキャッチすると、抱きかかえる様にして蹲った。パトリシアも、レジナルドも、コーデリヴァスでさえも、意識はあれど声を発する事すら出来ない中で、アレクだけが必死に抗い続けている。


「──が、頑張れッ! レイス! 立てッ!」


 再び顔を上げたアレクは、虚ろなレイスに大声で叫んだ。


「無駄ですよ。この落ちこぼれは、もう息をしているだけで精一杯なんですから……それにしても驚きましたね。アナタ方に打った神経薬は特級品ですよ。丸一日は指1つ動かせない筈なんですが、貴方は何故──動けるんですか?」


 アレクの強靭な精神力と圧倒的なポテンシャルに驚きを隠せないチェスターが、黒龍の隙を見て咄嗟にサジの姿へ戻ると、右手を付きだして霊素(アストラ)を集約させてゆく。


「負けるなッ! レイス! 頑張れッ! 立ち上がれッ! 英雄は……何があっても、折れねぇんだよ! テメェは泣き虫で、俺らの中でもダントツで弱いかも知れねぇ……それでも、我武者羅に努力した日々は、決して裏切らねぇから! 自分に負けるなッ!」


 チェスターの集約した霊素(アストラ)は空中で弾け、白い花びらが宙を舞い落ちる。


神経花葬(しんけいかそう)──第弐線・燦花、昏睡種」


 それは、美しく散る雨の如く──しっとりと黒龍の周りを覆い、静かにその毒牙は染み込んでゆくのだった。触れた花びらが黒龍の体表に溶け込み、徐々にその意識を眠らせてゆく。そして、チェスターが丸眼鏡をかけ直すと同時に、黒龍は抗う術もなく地面へと落ちた。


 黒龍と繋がったままのレイスは未だに虚ろなままで、アレクの掛け声すらも届かず、孤独に絶望の淵を眺めているだけ。


 そして、チェスターが再びレイスの腕を掴むと、ヨハンの姿に戻って黒龍を引き摺り出そうと固有能力を行使する。徐々に抜け出す悪意にレイスは抜け殻の様に成り果てるのみ。それは、自分に対する絶望か……はたまた、世界に対する絶望か……。


 完全にレイスと黒龍が離隔し、サジの能力で昏睡状態となったメファリスに触れるチェスターは、計画の最終段階へと入ろうとしていた。大きな黒龍の背に右手を当て、眠る因子を更に星霊(アニマ)である蛇の器から引き摺り出すのだ。その禍々しい霊素(アストラ)が溢れ出すと同時、アレクがジュリアを抱きしめて叫ぶ。


「レイスッ! メファリスはそれで、笑えんのかよ!? お前が、決めた物語(シナリオ)だろうがッ!」


 アレクの激昂にレイスの肩が、ピクッと微かに動いた。


「俺達は英雄(ヒーロー)に……なるんだろうがッ!」


 淡い過去に語らった幼き日の記憶──ヨハンを失くし、アマンダの打ちひしがれる姿を見て、星騎士になる事を夢に見ていた幼少の思い出。それは、絶望から這い上がる為に必要な手段の1つに過ぎない。家族が平和に暮らせる世の中であれば、それで良かった。


 “英雄(ヒーロー)”という象徴に彼らは、希望を見出していたのだ。


 信念を掲げた正義ではなく──目の前の人が、不条理に死なない世界を創造する為。


「……離せ……チェスター」


 そして、レイスの瞳に光が灯ると、小さく口を開いた。


「何ですか今更? 彼女は変革の燈火となるのですよ。君はただ──そこで絶望を噛み締めていればいいんです。この私が世界の……この世の全てに絶望から決別させてあげます。さぁ、君も私にその幼児を渡しなさい!」


 右手にはメファリスの因子を確かに掴み、アレクに左手を伸ばすチェスターはまさに、世界をその手に握り締めていた。変革の時を待ち続けて、長い間を生きてきたチェスターにとって待ち侘びた瞬間でもある。


「さぁ──早く! そのガキを私に渡せ!」


 歪んだ価値観は犠牲を問わず、理想を追い求め続けた。


 それが、チェスターの倫理観であり、事を成す為に求められた資質である。


 故にレイスとは相いれないのだろう。




「ミアを、離せって……言ってんだろうがッ!!!!」


 一瞬でチェスターの背後に飛び込んできたレイスが、左腕の義手に霊素(アストラ)を纏って、渾身の一撃を放つ。空間が歪んだ様にチェスターの左頬を捉えた一撃は、音を断絶してその勢いのままヨハンの身体を吹き飛ばした。黒煙になる事もなく……しかし、その瞬間にチェスターが握っていた傲慢(プライド)の因子が溢れ出し、行き場を失った純粋な悪意が暴走を始める。


 白蛇を縛り付けていたヨハンの固有能力は同時にその効力を消失し、白蛇はレイスの身体へと戻ってゆく。そして、漏れ出した悪意を目の前にレイスはメファリスを黒龍の身体へ戻す為にレジナルドの元へと駆け寄った。


「ロブ、動ける? ミアが……」

「あの黒龍はもうダメだ……因子が一度、抜けた事によりその肉体は腐蝕を始めている。それに、また新たな白蛇を器にした所で、何の意味もない。闇雲にリア……お前を傷つけるだけだ」


 レジナルドは麻痺している身体を懸命に起き上がらせようとするも、その身体はまるで自分ではないかのように動かない。


「僕なら大丈夫だ! ミアの命が繋げられるなら……」

「リア……無理だ……せめて堕天(シンラ)の覚醒体ならまだしも……」


 そして、レジナルドはパトリシアに目を向ける。


「それこそダメだ! パティは家族なんだ……ジュリアも、パティも、誰も犠牲にはさせない!」

「だが、それではミアを犠牲にする事となる……この状況でミアを助けられるとしたら、リア……方法は限られているんだ。苦渋の決断をする時なんだよ。覚悟を決めろ! あの子なら、チェスターの言っていた魂核の覚醒は起こらない。それに、因子の器としては最適なんだよ。あの子の意思は因子に呑み込まれて消失してしまうけれど、それでミアが呼び戻せるのなら……ジョゼフだって因子を堕天(シンラ)の器に適合させたから、ジョゼフの意思は残っているんだ! 分かるだろ?」


 因子の器は本来であれば堕天(シンラ)の肉体を必要とする。メルティやジョゼフがそうである様に、メファリスがそうであった様に、しかしその器となった者の意思は死に絶え──因子を持つ者の糧となる。つまりは、メファリスを助け、魂核の覚醒を防ぐにはパトリシアを器にする他、道はない。


 ジュリアでは第二子となり得る可能性がある為、この世界に厄災を起こしかねないのだ。


 最も合理的かつ世界の平和を望むのならば、パトリシアかメファリスのどちらかを犠牲にするしかなかった。


「無理だよ……」


「レイス……パティを器にして……パティはもう、十分生きたから。本来だったら、あの日──殺される筈の運命をレイスが変えてくれた。この数ヵ月、レイス達と過ごした日々は本当に楽しかったよ。そろそろ、ママにも会いたいし……パティを器として使ってよ」


 それは、本人からの申し出であった。


 死ぬと分かっていながら、満面の笑みを浮かべるパトリシアにレイスは、言葉を失う。徐々に溢れ出してゆくメファリスの因子は空気を淀ませて、腐蝕してゆく黒龍の肉体は既に星屑と成り果てていた。既に時間がない状況でレイスは、葛藤に揺らぐ。


「レイス……もう、いいんだよ。パティの人生はレイスと出逢って救われた。だから、レイスの為に死ねるのならパティは幸せ。ママも天国で待ってくれている筈……ずっと病気で寝たきりだったパティの人生、最後にレイスと出会えて本当に良かった」

「ダメだよ……」


 パトリシアの覚悟に泣き崩れるレイスは、互いに震えた手を握る。


「本当に……レイスに出会えて良かった。良い人生だったよ……ランドールにはごめんねって伝えておいて、きっと寂しがるだろうから。パティが堕天(シンラ)である事こそが、きっと運命だったんだね。因子を持ったレイスと出逢う事にパティの人生の意味があったんだ。だからこれは、きっと幸せな事だよ……ありがとう。パトリシア=ディンプシーはランドールとアレクが、そしてレイスが大好きでした」


 泣きっ面で懸命に立ち上がった幼女は、メファリスの因子を前に涙を拭って振り返り──そして、笑った。

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