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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第11話◆
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傲慢と因子の器 ③

 ヨハンとアマンダはその日以来、2人でよく出掛ける様になった。それはヨハンの一方的な好意であると思っていたが、意外にもアマンダも満更ではない感じである。買い物へ行くアマンダに付き添い、教会の礼拝には必ずといってヨハンが連れ添うなど、まるで夫婦の様に行動を共にしていたせいか、街ではいつしか孤児院を支えるオシドリ夫婦なんて甘い噂が立っていた。


 次第に孤児院の存在は街でも認知される様になり、レジナルドの勧誘もあってか孤児院には度々、身寄りのない子供達が集まってくる。その頃、丁度エミリアとダンの2人が、新たに家族として迎え入れられていた。


 そんな、とある日──ヨハンと共に街へ出掛けた筈のレジナルドが、悲壮な顔で帰ってきたのだ。


 それも全身血塗れで、何があったのかと尋ねても「ヨウにぃが……」の一言しか話さない。


 咄嗟にアマンダが街へと走り出したのを見て、レイスとフロドの2人が後を追い、走り出すと街では既に人集りが出来ていた。アマンダが必死に人混みを掻き分けてゆく背を2人も懸命について行くと……そこにはヨハンの遺体が無惨な姿で飾られている。十字架に縛り付けられており、3本の長槍で綺麗に心臓を貫かれていた。


 身体中には何度も拷問を受けたのであろう、痛々しい跡がある事から──それが、見せしめである事が分かる。


「……はっ……ッ……よ、ヨハン……あ、ぁ……ッ……あ、あ゛ああああああああぁぁぁ!」


 駆け寄るアマンダはその場で崩れ落ち、今までに1度も見せた事のない取り乱し様であった。泣き崩れながらヨハンを抱き締めて離さない様子に、誰もが目を背ける。


 フロドも咄嗟にレイスの目を背けさせると、震えた手でレイスを隠す様に抱きしめた。


「フロド……よ、ヨハンが……」

「しっ──誰かがコッチを見ている……レイスは直ぐに孤児院へ帰れ……」


 フロドの咄嗟の機転でフードをレイスに覆い被せると、レイスを連れてその場を立ち去る。星騎士であったヨハンが殺される理由など、状況を察する事である程度の推察が出来るだろう。レジナルドが逃げ帰ってきた理由も、恐らくは同じである。


 アマンダとヨハンの関係性を知り、尚且つ孤児院の誰かしらに恨みを持つ者の犯行か、又はその誰かしらを特定する目的で仕掛けられた──巧妙な罠という可能性が考えられる。そして、ジメッと纏わり付く様な、気味の悪い視線にフロドは怪しげな影を見つけた。黒のフードを被った、如何にも怪しげな男。その男はフロドの視線に気がつき、慌てた様子で裏路地へと逃げてゆく。


「レイス、ここから先は1人で帰れるね?」

「う、うん……でも、フロドは?」


 レイスの質問に対してフロドはニコリと笑みを浮かべ、頭を優しく撫でると何も言わずにその男の影を追って、何処かへと行ってしまう。その後、フロドは何事もなかったかの様に孤児院へと帰ってきた。


 しかし、一向にその事については何も触れず、ヨハンの埋葬に立ち会うフロドは、何処か様子がおかしかったとさえ思える程に、曖昧な疑念だけがレイスには残った。


 アマンダもヨハンについては語らなくなり、レジナルドも街へ出掛ける頻度が増えた。皆がヨハンの死をきっかけに少しずつ変わってゆく事への違和感と、自分自身が未だヨハンの遺体を夢に見て、眠れない事への苛立ち……そして、哀しみだけが心を蝕む。


 そして葬儀の後、アマンダは孤児院に手向け用のアングレカムを庭に植え、毎日の様に水をやる日々が続いた。


 命日には教会の傍に建てられた墓の前で5時間以上も祈りを捧げ続ける事も……普段はあまり辛そうな顔を見せないアマンダが、墓の前でだけは儚げに泣いていたのだった。


 その光景は見るに堪えないモノで、心臓を締め付けられる様に胸が苦しくなる。アマンダにとってのヨハンがどういう存在だったのかを知り、次第に誰もがヨハンの事を口にしなくなった。


 そして、月日は流れ──アマンダは星教教会の正式な修道女(シスター)となる。


 ヨハンがよく口にしていたキルウィニング教会の復興と孤児院の子供達を守る為、アマンダは自らを盾に教団との繋がりを作ったのだった。それが正しかった選択であるのかは、誰にも分からないけれど……レジナルドの稼ぎもあって少なくとも、孤児院では平穏な日々が続いていた。



* * * * * *



 そして、懐かしさと胸の苦しみにようやく、目を覚ましたレイスは懐かしい姿に霞む眼を擦る。


 死んだ筈のヨハンがジュリアを抱いて、目の前に立っていた。辺りを見渡すと横たわる4人の姿があり、レジナルド、アレク、パトリシアに見知らぬ貴族の少年が、気を失っているのだった。


 色褪せた世界に歪む感情が、ジリジリと畝りを上げて背筋を差す。手元には誰かも分からない死体が転がり、不思議と口の中が生臭い……。


「はっ……!?」


 両手は血に塗れ、頭部のない死体は恐らく星騎士のものであろう……その胸には1つ星の勲章が輝き、新兵である事を察した。


 つまりは、入団試験を共に受けた顔馴染みであるという可能性。


「……ッ……う゛おぉうおろぉぉ……」


 気持ちが悪い。口の中に広がる血と肉の香りに吐き気を催し、指を口に思いっきり突っ込んで、異物を吐き出そうと必死になるレイスにヨハンが静かに歩み寄る。


「ようやくお目覚めかな?」


 ニヤリと不気味な笑みを見た瞬間に、それがヨハンではない事に気がつく。


 見知ったその笑みにレイスはゾッと背筋が凍り、恐怖で足が竦んで動けない。何故、ヨハンの姿をしているのか……何故、彼がジュリアを抱いているのか……。


 そして、ジュリアを抱くその男は、レイスの耳元に手を当てて、小さな声で嘲笑う様に──囁く。


「──忘れたの? レイス……私だよ? サジだよ」


 そう言い放った男が顔を上げると、ヨハンの姿をしていた筈が、気がつくとサジの姿へと変貌していた。丸眼鏡に可愛らしい顔つきが、歪にゆがむ不気味な笑みは、間違いなく──彼だと確信する。


 変幻自在なのだろう……その正体は、分かりきっていた。


「チェスター……これは、何の真似だ! 皆に何をした!?」


「あらら、私だと気づいてしまわれましたか……これはこれは、とても残念です。もう少し遊んでいたかったのですが、まぁいいでしょう」

「サジは、そんな笑い方しないんだよ……」


「そうでしたか。私も詰めが甘いですね。演技派だと自負していたのですが、笑みで見破られてしまうとは実に驚きです。私は死んだ者の身体をこうしてストックし、様々な情報を今まで集めていたんですよ? 人の記憶に触れ、人の身体を使い、潜入も至ってシンプル。これまでにヨハンやサジ、はたまた星騎士に地方貴族など、そのコレクションは様々なモノです。お陰様でこの支部にも難なく入り込めましたし、何よりも今日……この日に厄介な星騎士共を遠方へ追いやる事が出来ました。エニスとか言う邪魔者を除いて、この支部には今──私達しか居ないんです」


 老若男女問わず、様々な姿に変貌するチェスターは、まさに猫を被った化け物である。誰もが想像しているよりも遥かに、珍妙な能力である事は確かで、一度姿を変えてしまえば、それがチェスターであるのか否かについては、チェスターの癖や性格を知り得ない限り、判断のしようがない。況してやその人に成り切ろうと本気で演技をしたのなら、もはや誰にも分かる筈がない。


 そして、姿を変えてゆく中でチェスターは、エニスの副官であるジェイビス・ダーウィン中将の姿になって両手を広げる。


「分かりますかね? あのエニスでさえ、この私の演技に違和感を抱かなかったんですよ? 隣国との偽情報を与え、エニスに気付かれぬ様に全星騎士を遠方へ派遣。そして、中央の第一師団を追い返し、もぬけの殻となった北方支部へあなた方が、メルティに拐かされてのうのうとやって来た。レジナルドを利用して貴方から因子を抜き出そうとしたのは誤算でしたが、それも今となってはどうでもいいです」


 不敵な笑みを浮かべ、再びサジの姿へ戻るとレイスの髪を掴み、嘲笑う。


「可哀想なレイス……貧弱で、無力。そして──無能ですね。運命の中心に居ながら、何も成す事の出来ない非力な存在が君だ。挙句、因子に呑み込まれ、人を喰い殺したなんて哀れ過ぎます。何も守れない……それに、メルティに裏切られていたとも知らず……状況を悪くする一方ですね」

「メルティもグルなのか? というか、ヨハンを……殺したのはチェスター……お前なのか?」


「いいえ……殺したのは私ではありませんよ。私は殺生を好みませんので、死体の収集が趣味なだけです……サジを殺したのはあの黒騎士ですし、ヨハンについては然るべき時にでも、お教えいたしますよ。それと、メルティとは只の協力関係と言った方が正しい。それよりも、貴方は人の事をどうこう言える立場ではないんですよね! 少々の誤算はありましたが、彼らが堕天(シンラ)を片付けてくれたお陰で、無事にこうして当初の計画を進められる訳ですから……記念にこの情報は特別なサービスとしてお教え致します。貴方は因子に呑み込まれていたのでご存知ないかと思われますが、そちらの肉塊──それは、オルギス・ワイズのモノです……貴方がその手で殺し、頭をガリガリと噛み砕き、顔の肉を引き千切り、脳味噌を啜り、貪り喰った結果です。あれはだいぶレアだと思ったのですが、お味の方は如何でしたか?」


「お、オルギス……う゛おッ……ッ……」


 生前のオルギスを思い浮かべただけで、胃を搾られている様に、止めどない吐き気がレイスを襲う。


 今になって、メファリスが死にたいと懇願した理由が分かった。体内に流れる血液が、喰った人間の遺伝子を全身に巡らせ、指先から臓器・脳細胞に至るまで全てが侵されてゆく様で、実に気持ちが悪い。チェスターの言う通り、本当に無能だった。


 浅はかな考えでなんとなく、全てが上手く行くのではないかと安易に思っていた。


 しかし、現実は──只の愚か者に過ぎなかった。


 生きている意味も、存在価値すら感じない。只の器として、自分自身が悪でしかなかった。


「……し、に……たぃ……」


「はぁ……やはり貴方は器としてもダメですね。何故、貴方が運命の輪に選ばれたのかとても疑問でしたが、この際それはどうでもいいです。貴方には生きていて貰わなければならないので、これから行う事について呉々も抵抗はなさらないで下さい。レジナルドの能力とは違って彼の場合は、貴方を殺しかねないので、宜しくお願い致しますよ」


「…………」


 すると、チェスターはサジの姿から再び、ヨハンの姿へと戻り、すかさずレイスの右手を掴む。


「引き摺り出せ──水縛紅露(アランティカ)


 それはヨハンの固有能力であった。触れた相手を水の鎖で縛り、星霊(アニマ)を強制的に無力化させて引き摺り出す──能力封じの力。それが使えるという事の意味をレイスは咄嗟に理解し、メファリスが自身の身体から抜け出てゆく感覚に、罪悪感に似た開放感を感じる。


 右腕を伝う霊素(アストラ)の流れは、レイスの星霊(アニマ)である蛇達を引き摺り出し、次々に水の鎖で捕縛されてゆく。そして、大きく成長した黒蛇が姿を現すと、メファリスの意思が目覚めた様にして大きな黒翼を広げる。


 それはまるで、黒龍の如く──知らぬ間に黒蛇だけが因子によって、変異を遂げていた。



≪──ギギャアィアアアアアアア──≫



 耳を劈く様な鳴き声を上げる黒龍は、レイスの右腕に繋がったままチェスターの喉元へと伸びる。鋭い牙を突き立て、そのままの勢いで喉元を喰い千切った。

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