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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第11話◆
63/73

傲慢と因子の器 ①

 パトリシアの共鳴に反応した堕天(シンラ)達が、地響きを鳴らして迫り来る。嘗てない程の絶望にレジナルドでさえも、剣を握る手が震えていた。荒唐無稽な恐怖に思考は疎か、生存する気概さえ失ってしまう。


「レジナルド君……君は早く、傲慢(プライド)の因子を離隔させなさい! 私は出来うる限り、器となる魂核を死守します! この計画がエニスにバレたらそこで全ては終わりですよ!? この日の為だけに色々と画策してきたのだから……邪魔者は全員殺してでも、因子は確実に保護して下さい!」


 チェスターは有無も言わさず黒煙となり、レジナルドの抱えたジュリアに手を伸ばす。


 しかし、レジナルドはチェスターの声すらも聞こえていなかった。まるで、抜け殻の様に虚ろな瞳で、ジュリアを抱き締めている。それが、犠牲にしようと一度は思った相手であるという事も分からず……壊れた様に立ち尽くしてた。


「おい! しっかりしてくれ! 何を今更……」


「俺は……間違っていましたか? 教団に従い、正義の為なのだと言われ──今日まで真っ当ではなかったにしろ、それなりに正しい道を歩んできたつもりです。孤児院を存続させる為に、色々と汚い仕事もしてきました……アイツらが街で騒ぎを起こせば、俺が教団に見逃してもらえる様にと掛け合ったり……生活資金だって国からの援助がなければ、あの生活は成り立たなかった……世界は俗物に溢れ、澱みきっているんだ……誰かがその汚れ仕事を請け負わなければ、あんな孤児院……ずっと昔に消されていたんだよ! ジュリアを孤児院へ連れてきた時だって、教団に人知れず育てる様にと命令されて仕方なく……誰がすき好んで(マヴロ)の孫なんか……」



『レジィ、いじわるパヴルス読んでぇ〜』



 レジナルドの腕の中で、穏やかに眠る銀髪の小さな女の子は、よく笑う子だった。可笑しな絵本を自分の宝箱から取り出しては、読んでとせがむ普通の女の子。無垢な笑顔を振りまき、皆を癒してくれる掛け替えのない存在であったと、その寝顔に涙が不意に零れ落ちる。


「……っ……ゔっ……な、何で……で、出来るわけ……俺は、家族が大切で……リアを救いたくて……皆に幸せになって欲しくて……それで、ミアにだってもう一度、逢いたかったから! あれからずっと、ミアを取り戻す為に……でも、ジュリアも大切な家族だろ……なぁ……殺せる訳がねぇんだよ! ジュリアだけを犠牲にするなんて出来る訳がないんだよ! だからって、俺はどうすれば良かったんだっ? どうするのが正解なんだよ! なぁ……だ、誰か……頼むから、教えてくれよ……もう、訳がわかんねぇよ……」


 心の中が無茶苦茶で、騒がしい程に色んな感情が入り乱れていた。これまで積み上げてきた研究も、教団での信用も、仲間に対する隊長としての自分も、自分の指示でオルギスを死なせてしまった責任も、リズベットを傷つけてしまった負い目も、セラに向けられた殺意も、全てが崩れ落ちる様にして、保ち続けていた冷静さと共に──脆くも、崩壊してゆく。


 この施設で生まれ育ったレジナルドにとって、孤児院の家族は特別だったにも関わらず、どこかボタンを掛け違えたかの様に歪み始めた世界で、その本質を見失ってしまった。精神世界は螺旋の様にグルグルと宙を回り、胃袋を締め上げられる様な吐き気に襲われる。


 苦しくて、逃げ出したくて、血に塗れた自分自身の手を軽蔑した。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ……うっ、ぉゔっぉ……うゔゔおぉっ……」


 そして、吐いた。


 もう立っていられない程の磨り減った精神はやがて、迫り来る怪物達の地響きや奇声すらも届かなくなり、キーンと静寂の中で甲高い音だけが鳴り響いている。レジナルドは全身の力を抜く様にして横たわり、ジュリアの頰に優しく手を当てて微笑んだ。


「ごめんな……俺が兄貴で……アイツだったら、もっと違う未来があったのかも知れない。あの時、死ぬべきは俺の方だったんだろうな……」


 パトリシアはレイスを担ぎ、急いで上空へと飛び上がった。チェスターも又、群れを成す堕天(シンラ)を見て姿を晦ます。


「こんな筈じゃ……クソッ、私の計画が……」


 押し寄せる怪物達は荒々しく、レジナルド達が横たわっている一点を目指して集まりつつあった。


 そして、レジナルドとジュリアの元にまで大群が押し寄せると、覚悟を決めた様にジュリアを抱き締めるレジナルド。


 その恐怖は死より恐ろしく、生きたまま喰い千切られてゆく事よりも、ジュリアを救ける事さえも出来ない愚かしさに泣きながら、苦笑する。


 そして、数多の怪物達がレジナルド達に群がる一歩寸前で、爆炎と共に怪物達が激しく──爆ぜた。



「──顔を上げろ……テメェが、情けねぇツラしてんじゃねぇ! 賢いくせに1人で、何でもかんでも抱え込んで、抱えきれなくなったからって、テメェが勝手に見切りつけて捨てんなっ! 生きようと踏ん張れよ! 零れ落ちた物、必死に拾うくらいの気概を見せろよ! その腑抜けた面、俺が殴り飛ばして、この俺様が全部! 死ぬ気で拾ってやる! だから、テメェは前だけシャンと見て必死に生きろっ!」


「あ、アレク……」


 群がる堕天(シンラ)を吹き飛ばし、颯爽と現れた少年は赤く──業火の様に燃えていた。


 義手の右腕に炎を纏い、レジナルドの胸ぐらを掴んで激高する。しかし、堕天(シンラ)の猛襲は止まる事を知らない。


「──アレク! 後ろ!」


 咄嗟に上空からアレクの背後へと滑降するパトリシアが、レイスをレジナルドの方へと投げ飛ばし、アレクに襲いかかろうとしていた堕天(シンラ)を切り裂いた。


「パティ、何で降りてきた!」

「アレク1人じゃ……無理だよ! 流石にこの数を相手にするなんて!」


「安心したまえ、この俺も居る! というか、君は怪物達とは別と考えて良いのかな? アレク、答えろ……その小さな獣はアイツらとは別モノなのか!?」

「テメェは、いちいち細けぇーな! どう見ても味方だろうが! その秀才故の頑固な思考回路はどうにかなんねぇーのか? テメェを説得するだけで、どれだけの時間を無駄にしたと思ってんだ!」


 唐突に現れたコーデリヴァスに、戸惑うパトリシアは2人のやり取りを見て思わず、笑みが零れた。


「何があったかは知らないけど、アレクが無事で良かった……けど、あれがアレクの言っていた頼りになる兄貴なの? 全然、そんな風には見えなかったんだけど、寧ろサジさんとよからぬ事を企んでいる様にも見えたよ」

「サジの奴……雰囲気変わったか? 前もあんな感じだったかな? 何が何だか訳分からんが、取り敢えず! 誰も死なせねぇ!」

「この俺が居て、死なせる訳がないだろう……寧ろ、この俺がここに居る事を感謝するんだな凡人共よ」


 コーデリヴァス、アレク、パトリシアの共闘を見つめるレジナルドは、眠り続けるジュリアとレイスを抱いて何処か安堵していた。


「誰かこの秀才、黙らせてくれないか?」

「そもそも、支部に堕天(シンラ)が居る事自体、可笑しいと思うんだが……支部長は何を企んでいる?」

「この人、本当に秀才?」


「あー、その支部長の企みを暴く為に共闘してんだろうがっ! テメェは、面倒臭せぇな!」

「そんな事より、気を付けろ……直ぐ、後ろだ」


 コーデリヴァスは淡々と近づく堕天(シンラ)達を素早く斬ってゆく。それは華麗に、靱やかで、微塵の隙も感じさせない。ただ、その誇張した動きが妙に、鼻につくだけである……。


「ダメだ……絶対コイツとは気が合わねぇ! スゲェ腹が立ってきた……隙があったら、ブッ殺す! そして、テメェらは絶対にブッ殺す!! どっからでもかかって来いやぁ! 全員、嬲り殺しにしてやるよ!」


 完全に八つ当たりなアレクと息を合わせる様にしてコーデリヴァスと2人、群がる怪物達を次々に薙ぎ倒してゆく。


 その圧巻の戦闘センスと類稀なるコンビネーションは、縦横無尽に宙を舞い──パトリシアの援護もあってか、100を超える群勢が一瞬で塵と化す。


 気がつくと地上には──3人だけが立っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] さすが……強いですね。 家族が結構集まってきて、嬉しいのと、色んな人が次々に死んだり重傷を負ったりして辛いのとで複雑な気持ちです。 兄貴分のレジナルドがきて頼もし……頼もしい?汗 パティが可…
2021/03/19 15:52 退会済み
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