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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第10話◆
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悪魔の実験 ⑤

 世界に混沌が訪れる“災厄”の因子:魂核を覚醒させる為、チェスターは長い間、秘密裏に行動を起こしていた。魂核は人が持つ悪意の根源とも謂われ、焔の罪人であるメルティやジョゼフ、メファリスなどが、その因子に当たる。しかし、その第一子とされる(マヴロ)の覚醒時には遠く及ばない事を知り、チェスターは時代を変革する程の第二子を追い求めていた。


 そして、その可能性を秘めていたのが、亡国の血縁者:ランドールであり、(マヴロ)因子を引き継ぐ──ジュリアである。


 そこへ、都合よくも運命の輪を持つ者:レイスが現れ、チェスターは長年の計画に成功を確信する。


 運命の輪とは──まさに、変革の灯火。その形も、その用途も、未だ明らかとされていないにも関わらず、時代の節目には必ずといって、その名が囁かれてきた。それが何を意味するモノなのかも分からず、ただその資格者だけが現れるという。


 そして──今、レイス・J・ハーグリーブズが、その資格者であると囁かれ始めていた。


「──さぁ……悪魔の実験を始めようか!」


 チェスターがジュリアの水槽に手を掛けようとした途端、物凄い力でランドールがその腕を掴んだ。チェスターの腕がへし折れそうになる程の強靭的な握力に思わず、チェスターが顔をしかめる。


「止めるんだ……サジ、お前なんだろ? なぁ……頼むよ。チェスターに何されたかは知らねぇけど、そんな事する奴じゃないだろ? アマンダも、ジュリアも、レイス達の大切な家族なんだ……俺にとっても、大切な存在なんだ。だから、頼む! 馬鹿な考えは……」


 そして、有無も言わさず、ランドールの下腹部が綺麗に吹き飛んだ。


 真っ赤な血液と臓物をぶちまけて、ランドールの後方に飛散する。ランドールはその場に崩れ落ちる様にして膝をつき、血を吐きながら下腹部を抑えるが、そこに何かを感じる事は出来ない。


 空洞……ポッカリと空いた穴に手を当て、優しかったサジの瞳を絶望した様に見つめる。


「グハッ……な、何で……サジ?」


「サジ!? 馬鹿なんですか? この娘に何を期待していたのかは知りませんが、レイスをメファリスが呑み込んでいたみたいに、私がこの娘を乗っ取っているとでも思ったのですか? 必死に呼びかければ、この丸眼鏡をキラキラさせて、目覚めるとでも期待していたのかな? そもそも、この娘はもう……死んでいるのですよ! 分かりやすく端的に説明するのなら、これが──私の固有能力〖骸の知識(カダヴァ・ロム)〗です。死体の記憶・経験、あらゆる知識を私のモノとし、その肉体を自らの器にする事が出来る。知識こそが嗜好! 知識こそが最高の美食! 死者は私と1つになり、知識は全て──私の糧となる! 理解出来ましたか? 当然、サジなどという人間は、もうこの世に存在しません。貴方達は知り得ない事だと思いますが、あの日の……貴方達が第一師団から逃げ出した日、サジは黒騎士によって殺されているのです。両親の傍らで……懸命に貴方達を庇いながら、技術者としての誇りだと、自らの死を受け入れたのです。貴方達と関わったばかりに……まぁ、引き合わせたのは、この私ですが……」


 知識欲に溺れ果て、不敵に笑う黒猫に狂気さえ感じた。


 幾千年もの間、待ち侘びていた様な歓喜に涙するチェスターは、その不安定な情緒をさらけ出し、ジュリアに手を重ねる。ジュリアの鼓動に耳を当て、その心音がチェスターの胸を弾ませた。


「あぁ……これが、魂核の鼓動……私が求め続けていた因子の烙印! さぁ、目覚めなさい!」


 チェスターがジュリアの眠る水槽に手を触れるとガラスは砕け散り、中から薬液と共にジュリアが腕の中へとぐったり倒れ込む。それは余りにも静かで、穏やかなモノだった。


 嵐の前の静けさに似た……静寂。


 すると、アマンダが突然、子守唄を歌い始める。


 実に清らかで、心までもが浄化されてゆく様な美しい歌声に、ジュリアは眠り続けた。アマンダの優しい声に包まれて、穏やかに眠る。


「何してんだ!? このガラクタがっ! 目覚めさせようとしているのに、子守唄なんて歌ってんじゃねぇ!」


 アマンダはチェスターにバラバラにされながらも、歌う事を止めなかった。それは、母の足掻きなのか、それとも機械人形としての防衛プログラムなのか……次第に歌声の聞こえなくなったアマンダは機能を停止し、見るも無残なスクラップと化す。


「あ、アマンダ……おい! しっかりしろよ! 此処まで迎えに来たんだぞ……こんな……」


「蛙君も邪魔をする様なら、次は頭を吹き飛ばしますからね? 大人しくそこで、そこのスクラップと遊んでいて下さい……」


 そう言ってチェスターはジュリアを抱え、研究室を出て行った。自分1人では何もできない事への屈辱とアマンダさえ、救えなかった自分の存在理由を疑う。ランドールは瀕死の身体を引き摺り、最後の力を振り絞ってアマンダに手を掛けたが──そこで、レイスに託された想いは無情にも、意識と共に薄れてゆくのだった。


(何も出来なかったよ……ごめんな、レイス……)


 そして、ランドールは眠りにつく──真っ赤に染まった床の上で、穏やかな表情を浮かべながら、静かに瞼を閉じた。


 傍にはバラバラに壊されたアマンダと、目を覚ましたジョゼフが水槽を叩き割り……ランドールの脈拍を確認して、少年は笑う。



* * * * * *



 一方、完全に堕天(シンラ)と化したレイスは我を忘れ、レジナルド率いる第三番隊と交戦を続けていた。


「これが……レイス? どうしてレイスが……」


 以前、レイスにその命を助けられたリズベットは、変わり果てたその姿に絶望する。


「事情ならレジナルドが知ってんだろ? それより今はこの怪物をどうするかだ……試験の時に見た奴よりかはだいぶ小さいけど、動きが早過ぎて目で追うのがやっとだぞ!」

「レイスだからな……流石に俺も、このスピードは追えない。けど、あまりパワーはないみたいだ……カウンターでレイスの動きが封じられるのなら、望みはある!」

「なら、その役目……私がやるわ! レジナルド、ズーラムへ向かっている時の会話……覚えてる? こうなる事は分かっていた。いずれにせよ、最後は貴方の役目なんでしょ? 私は……これが、本当に正しい事なのかすら分からない。最終試験の時も、正直……教団を憎いとさえ思ったわ。救える命があるのなら、私は……救いたいと思ってしまうの」


 セラにはレイスが、踠き苦しんでいる様に見えていたのだ。教団の命により、後に殺す事になろうとも、今は助けられないものかと思ってしまう。そんな疑念が脳裏をチラついて止まない。


「なら、このまま外へ向かう! レイスを助けられるとしたら、方法は1つしかない。外へ出たらレイスを拘束してくれ、その後は俺が……」

「分かったわ! リズベットとオルギスも良いわね? このままレイスを引き付けつつ、施設外部まで逃げるわよ!」


「隊長命令なら仕方ねぇ」

「うん! 私もレイスが助かるなら……協力するよ」


 4人は俊敏に動くレイスの攻撃をギリギリで避けながら、全力疾走で施設外部へと向かう。それは、自身の命を餌にしている様なモノであり、まさに無謀な選択──それでもセラ達は懸命に直走る。


「外だ! 地下から出たぞ!」

「いよいよね」

「私の合図でリズベットは義手を、オルギスは反対の腕を抑えて。私の固有能力で捕縛する! その後は、頼んだわよレジナ……」





 突然の地獄絵図……。



 地上に戻ってきた4人の視界には、想像もしていなかった光景が映る。


 その酷たらしい光景に戸惑い……足がすくんだ。



「ぎゃあああっ、た、助けっ……」

「や、止めてくれ」

「し、死にだっぐ……ない」


 何処から湧いて出て来たのか……数え切れない程の堕天(シンラ)が施設警備員達を襲い、食い荒らしていた。地上は血に染まり、逃げ惑う施設警備員達には既に戦意がない。ただ、一方的に蹂躙され、捕食されている。


 泣き叫ぶ声に、肉の喰い千切れる酷い音が4人の平常心を嘲笑う。


 そして、後方から迫り来るレイスを一瞬、忘れてしまった。


「ヤベッ──レイッ……」


 セラ、リズベット、レジナルドの3人が振り返ると、そこにレイスはいなかった。


 一瞬でも油断したその隙でオルギスの頭部を喰い千切り、3人の横を通り過ぎてゆく。


「お、オルギス……?」

「い、嫌ぁあぁああっ!」

「……クソッ! セラ! リズベット! しっかりしろ! 地下へ……地下へ戻るぞ! 此処にいたら全員、殺される!」


 数多の怪物達に占領された地上。


 逃げ惑う兵士。


 火の気は上がり、地面には多くの死体が転がっている。


 頭部を失い、肉塊と成り果てたオルギスの身体が崩れ落ち、返り血を浴びたリズベットは恐怖で足が動かない。


 あのセラでさえ、オルギスの死に呆然と立ち尽くしまま、レジナルドの声が聞こえていなかった。


 そして、レジナルドは1人、地下へ戻ろうとした──その時だった。


 ジュリアを抱きかかえた少女が、ゆっくりと階段を上ってくる。


 鼻歌交じりに黒い尾を揺らして、不気味な笑みを浮かべていた。


「やあ、レジナルド君……希望は見つかったかい?」

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