黄金色の昼下がり ⑤
駆けつけたレイスは2人の死を知る。
「みんな……まさか。そんな、オルティス……ニフロ……」
「レイス、無事だったか。すまない、2人は助けられなかった」
「そんな……僕のせいだ」
「そんな事はないよ。レイス1人に責任がある訳じゃない」
ダンが駆け寄り、レイスの肩にそっと手を当てるとフロドに目をやる。
「レイス、生きててよかったよ」
「フロドのおかげで僕は助かったけれど、僕は……1人、逃げ出してしまう所だった。みんながバケモノと戦っているなんて知らず、僕は……自分の事ばかり考えて……」
「いいんだよ。もう、終わった事だ」
フロドが優しくほほ笑み、レイスに歩み寄る。
「逃げ出そうとした時に、エミリアに会ったんだ。幽霊なんて信じちゃいなかったけれど、あれは紛れもなくエミリアだった。僕に≪ 助けて ≫って言うんだ。自分はもう、死んでいるって言うのに≪ みんなを……家族を助けて ≫って……エミリアが、僕に言ったんだ……」
レイスは肩を震わせながら泣き崩れる。安堵したからなのか、間に合わなかったからなのか、それは本人にも分からない。けれど、溢れ出る涙はフロドの肩を濡らし、握り締めていたトンファーを肩の荷を下ろす様にそっと黄昏に消した。
「ユアと俺で誰か大人を呼んでくる。みんなはザック達を探してくれ。きっとどこかに隠れているはずだから、ミアと一緒にいるかもしれないし」
「ジュリアも修道女アマンダと一緒だと思う」
レジナルドとユアがマントを羽織り、街へと向かってから少しして、未だ行方の分からない家族の捜索が始まった。一様にマントを羽織り、取り敢えず身支度を済ませながら、各部屋を見て回る様に捜索を続ける。
しかし、一向に見つからないザックとナルバとジュリアの3人。ザックとナルバに関しては、いつも悪戯ばかりしているお調子者の兄妹で、兄のザックが9歳。妹のナルバは、まだ8歳だ。
ジュリアに関しては最近になってようやく1人で、トイレに行ける様になったばかりの幼児だと言うのに一向に見つかる気配がしない。常にアマンダにくっ付いていた事もあって、必ず一緒にいるだろうとレイス達は考えていた。
「コーランドの婆さん家に逃げたのかもしれないな」
そう不意にアレクが呟いた。確かにザックとナルバはよくコーランド家に遊びに行っていた。
メファリスもアマンダもジュリアも、みんなそこに居るのかもしれないという事で、少し離れたコーランド家へと急いで向かう事にした一同。
* * * * *
森の中を歩いて少しすると、湖畔の傍に建てられた古びたコーランド婦人の家へと辿り着く。
90歳を超えるお婆さんが暮らすには、あまりにも広すぎる不気味な洋館。通称“幽霊屋敷”と噂されているその洋館は、孤児院の子供達にとって特別な場所だった。
たまに遊びに行っては、コーランド婦人にお菓子を作ってもらったり、破けた洋服を縫ってもらったりと、実の孫のように可愛がられ、お世話になっている。
心の優しいコーランド婦人は嘗ての戦争で夫と娘夫婦を失くし、森の中でひっそりと暮らしていたのだ。そんな折、ちょうど孤児院の設立に際して協力した事をキッカケに子供達との交流ができたのだという。
「お邪魔します。コーランドさん?」
レイスが洋館の大きな扉を開けて中に入るも、呼びかけに答える者は誰もいない。
「コーランドの婆さん! アレクだけど!」
「コーランドさん? ダンです!」
「いないのかも? メファリスも、他のみんなもいる気配がしないぞ」
カフラスがずかずかと奥へ歩いてゆくが、洋館の中はまるで静まり返り、コーランド婦人を呼ぶ彼らの声だけが反響していた。フロドも異様に感じたのか、壁に手を当てて何かを探っている。
「どうした、フロド?」
「いや、こんな時間だから寝ているのかと思って、壁のベルを鳴らしてみたんだが……変だ。音がしない」
「確かに……その壁のベルはコーランドさんの寝室につながっているんだろ?」
「そうなんだけど……」
いつにもまして不気味な洋館は、5人の不安を更に煽る。底知れぬ静寂と行方の分からない家族への焦り、ロビー2階に据えられた大きな古時計は刻々と時間を刻み、時計の針が4時ちょうどを指したその時。
──ゴォーン。
突然、静寂を切り裂くように古時計の鐘が鳴る。太陽を模した天井に反響して吹き抜けのロビーは、空気が膨張したように鐘の音を大きくさせた。
驚いた4人は身を竦め、辺りを見渡す。すると、そこにカフラスの姿はなく、奥の廊下へと続く扉が少しだけ開いている事に気が付いた。
「カフラスのやつ、勝手に動きやがって」
「仕方ない、連れ戻しにいくか?」
フロドが渋々、カフラスの後を追おうと言い出したその直後に、2階の別室からガシャンっと、大きな物音がした。さっきまで誰も居ないと思っていたが、もしかするとザック達が身を潜めている可能性を考えて、4人は2手に分かれる事に──フロドとアレクがカフラスを追い、レイスとダンで2階の捜索を行う。
2手に分かれたレイス・ダン組はロビーの螺旋階段を上り、物音がした一室へと向かっていた。
「何でコーランドさん、いないんだよ。まさか、お化けとか出たりしないよね?」
「レイスは幽霊の事、信じてないんじゃなかったの?」
「星教的には実在するんだろ? 実際、見えるし……信じる事にしたんだよ!」
「遂に認めた訳ね。だからって、ビビりすぎだろ?」
怯えるレイスに腕を掴まれ、ダンが音のした部屋の扉を開ける。その部屋は書斎として使われているコーランド家の大きな書庫だった。まるで迷路のように入り組んだ本棚を抜けて、音の真相を探っていると突然、背後で再び大きな物音がする。
「わぁああっ! 今、誰かいたよ!」
「分かったから、少し落ち着けって。コーランドさん? ザック? メファリス?」
ダンが書庫の奥へと姿を消した直後、手前の本棚から突然、人影が現れた。
「おやおや、誰かと思ったら……レイスじゃないかい。こんな夜更けにどうしたんだい?」
本棚の陰からその姿を現したのはコーランド婦人──その人だった。背中を丸めた小さなお婆さん。その手にはヤマナラシの杖を持ち、その白く繊細な杖をコツコツと鳴らして、レイスに歩み寄る。
「コーランドさん、大変なんです。バケモノが孤児院を襲って……ミアは?」
「落ち着きなさい」
「ザックとナルバやジュリア、それにアマンダも姿が見えないんですよ」
「バケモノかい? どんな姿をしておった?」
「黒くて、大きくて、手足が細長く、爪と牙がとっても鋭かった。それに、紅蓮の大きな瞳をしていたんです。不気味に笑って……エミリアにオルティスにニフロの3人が、喰い殺されました……」
少し悲し気な表情を浮かべてコーランド婦人は、レイスの腕をおもむろに握った。
「ソレは──堕天じゃよ。星教に古くから伝わる忌まわしい怪物。悪しき魂と純粋な肉体が交わる時、人は怪物に堕ちてしまうという。全ての元凶は遥か昔、神々によって生み出された邪悪な始祖“黒”だと言い伝えられてきた。この世に起こる摩訶不思議な出来事も、子供が消える不可解な事件も、全て──闇に蠢く奴らの仕業なんじゃ!」
「コーランドさん、痛い……」
老人とは思えぬ程の握力でレイスの腕をギュッと掴む、コーランド婦人。今までに見た事がないくらいに取り乱したコーランド婦人は、物凄い形相でレイスの瞳をジッと見つめている。
「コーランドさん、ザック達を見ませんでしたか?」
「知らんよ。それより、堕天に会ったのなら、くれぐれも用心をする事だね。奴らを殺せるのは加護を与えられた星騎士のみ。星霊と対話し、星霊に愛された者だけが邪を滅し、浄める事が許されている……」
「大丈夫ですよ。もうバケモノなら皆が倒しましたから」
「死んではいないさ。加護をまともに扱えぬ子供らにはア奴を殺せやしない!」