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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第10話◆
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悪魔の実験 ③

 静寂を切り裂く2つの流星がド派手に舞い降りると同時、北方支部内部では侵入者を感知したサイレンが鳴り響いていた。


《未登録による霊素(アストラ)反応が中央広場にて発生! 侵入者を感知しました──直ちに脅威の排除を遂行して下さい 》


「敵!?」


 レジナルド達と教団中庭の渡り廊下で、話をしていた第一番隊のハンナ達が、中央広場の方を確認した途端に今度は、正面城門から大きな爆音が鳴り響く。


 爆風はハンナ達のもとにまで届き、中央広場と正面城門の2箇所同時での敵襲に支部内部は大混乱となっていたが、その中でもレジナルドだけは迷う事もなく、中央広場へと真っ直ぐに走り出した。


「オルギス、リズベット! 私達は直ぐにレジナルドの後を追うわよ! 第一番隊は正面城門をお願い!」


 セラの一声で咄嗟に状況を理解した全員が、瞬時に行動へと移る。いざという状況下では、まさに一瞬の迷いが命取りとなり得る。


 第一番隊のフリッツ、リファネス、ハンナの3人でさえも、その一瞬の切り替えは試験の時とは比べ物にならない程、迅速かつ星騎士らしくあった。現状の北方支部には星騎士の大半が不在であり、支部の警備及びジョゼフの護衛の任を任されていた彼らにとって、今──まさに、行動をせざるを得ないのだった。


 その中でも、彼は──別格と言えるだろう。


 レイス達が上空から降りて来る数分前……まさに、彼は、彼だけが、一手先を見据えていたのだ。


「アイツ……やっぱ、先に来てやがったか」

「隊長にとっての俺らって……単独行動もこう毎回されちゃぁー流石にヘコむなぁ……」

「彼は別格だからね」


 レイス達に遅れて正面城門からの侵入を試みたアレクとパトリシアの2人であったが……その前に無情にも立ちはだかるは、入団試験第1位にして、名門五大家の1つ──ヴァルバティス家の次期当主。


 第一番隊:隊長── コーデリヴァスであった。


 薄い金色の髪は爽やかな二枚目を飾り、鋭く朱色の瞳が全てを見透かす様に落ち着いた雰囲気を魅せる。特権階級最上位、白霧の国に於ける五大貴族の一角が立ち塞がっていた。


「敵襲はどこだ? コーヴァス!」

「単独行動するならせめて、行先くらいは伝えて行けよな! 俺達、ワンチームだろ?」

「ごめんね。遅れた……」


 3人がコーデリヴァスの横へ並ぶと、辛辣な瞳でチラリと確認した後、腰の剣を静かに抜刀する。その動きは気品に溢れ、所作全てに五代家の流儀を感じさせるのだ。


「貴様らに……何も期待などしていない。お前らみたいなお笑いトリオと組まされているだけで、此方としては実に腹立たしいのだ。それに俺をコーヴァスと呼ぶなと何度言わせるつもりだ? 頼むから、茶番なら余所でやってくれないか? 今は貴様ら諸共、斬り捨ててしまいたい気分なんだ……足手まといは後ろに引っ込んでいろ」


「えっ! 怖っ……」

「ご機嫌ナナメかよっ!」

「ごめんね……邪魔しないから……ははっ」


 そして、足並み揃えて後退する3人は、爆煙の中から姿を現すアレクに驚愕した。


 それも、その背には小さな悪魔を乗せているという異常な光景だった。小さな黒翼を広げ、紅蓮に輝く瞳をコーデリヴァスへと向けている。


「か、彼って……レイスやユアさんの……」

「試験の時に居た奴か……てか、それ以前にアイツの背中に居るのって、堕天(シンラ)じゃねぇーか!?」

「おい、おい! 怪蟲に堕天(シンラ)まで……何が起きてんだよ!」



≪キャアアアアアアィアァー≫



 パトリシアの共鳴に身を竦ませる3人は、レジナルド達を追って行ったセラ達の事が気になり始める。任務当初は第一番隊だけでの護送だったが、道中での引渡し場所には何故かレジナルド達、第三番隊が待っていた。


 レイス追跡の任務を与えられていたにも関わらず、全く別方向である筈の北方へ、彼らは先に辿り着いていたのだ。そして、侵入して来た者があろう事か、レイスと同じ孤児院のアレクに小さな悪魔だという事実を知り、フリッツは1つの仮説が思い浮かぶ……。


「リファネス、ハンナ……まさかとは思うが、入団試験はまだ、終わっていないのかも知れないぞ……」


 そんな事を辛辣な表情で言ってみたフリッツは、後にその発言を後悔する事となる。


 そんな茶番をしている3バカを余所にアレクは、ブチ切れた様子で首を鳴らしていた。


「──テメェ……いきなり危ねぇだろうが! これじゃあ、隠密もクソもねぇーなぁ! 派手に爆発まで……そりゃあ、俺の専売特許だろ? 悪ぃけど、爆発耐性で全く効かねぇーんだわ! くそ野郎!」

「アレク、アイツ……ヤバいよ」


「ふん……単純、キレやすい。貴様は典型的な炎性質って感じだな。本当に……胸糞が悪いね! あんまり調子に乗っていると殺してしまうぞ?」


 両者共に好戦的な態度で睨み合っている最中、レイス達はというと、予想以上に少なかった警備をいとも簡単になぎ倒して、極秘研究施設内部へと以外にもあっさり辿り着いてしまっていた。



* * * * * *



 道中、星騎士は疎か、施設警備員さえも殆ど出会す事もなく、難なく地下にまでやって来てしまったが故の不安……それ故に、これ以上先へ進む事への恐怖が勝る。


「どうして誰もいないんだよ……」

「まさか、ここまで手薄だとはな。まさか、アレク達の方に敵が固まっているなんて事はないよな? さっきの爆発もまさか、アレクの奴じゃ……」


 不安は2人の歩みを遅め、地下施設を降りてゆく足は重くなっていた。まるで、足を踏み入れる者を拒む様な生暖かい空気が、嫌に肌へと纏わりつく。


 施設内部は薄暗く、蛍光灯の明かりだけがチカチカと視界を鈍らせ、不気味な程の静けさに満ちている。


 鉄の壁は冷たく、ヒンヤリと肌を伝った。


「なんだか……気分が、ランドール……」

「大丈夫か? また、メファリスの!?」


 不意によろけたレイスはその場にしゃがみ込み、息が異様に荒ぶっていた。額からは尋常じゃない程の汗が溢れ出し、瞳が紅蓮に変色しかけている。そして、咽るように突然、吐血する。


 その血は黒紫色が混じり、レイスの容態は以前よりも悪化していた。


「おい! しっかりしてくれ! メルティの奴……これ全然、平気じゃないだろ!」

「ランドール……頼む。僕は少し休んでから追いかけるよ……だから、先にアマンダとジュリアを探してくれないか? 時間がないんだ……頼む。こんな事で家族を……もう、失いたくないんだ……」


 衰弱した様子のレイスが、必死に困惑したランドールの腕を払い除けた。限られた時間の中で、不甲斐ない自分に嫌気が差す。


「頼むよ……ランドール」

「馬鹿野郎! 置いて行く訳がないだろう! 俺が背負ってでも連れて行く。だから、踏ん張れ! レイスの治療法だって、この施設にあるかも知れないだろ?」


「ランドールは、バカだなぁ……分かるんだよ。僕の身体は徐々に蝕まれているんだ。少しづつ、着実に堕天(シンラ)へと近づいている事は明白な事実だ。だから、何れ君をも喰い殺してしまうかも知れないんだ……このまま、一緒に居ても」

「治療法を見つける! それ以外に選択肢なんてありゃしねぇんだよ! 家族は見捨てない……そうだろ? あれ? なんか、アレクみたいな事を言ってんなぁ」


 苦しみながらも少し、レイスが笑った。


 ただ、そのたわいもない会話がランドールを突き動かし、守るという意味を実感する。


「──なぁ……そこに、誰か居るのか?」


 そして、不意に聞こえる掠れた声。


 それは、まるで瀕死というべきか、死ぬ間際の様に生気さえも感じられない声だった。その声の主は近くの薄暗い部屋から聞こえ、部屋にはジョゼフが居るのかとランドールが覗き込む。


「じょ、ジョゼフなのか?」


「ジョゼフ? 知らないなぁ……誰だ? 君達はそのジョゼフとかいう人を探しているのか? それにしても、もう1人は凄く具合が悪そうだね……ここの連中に何かされたのか? まるで、俺達の様だな……」


 そう告げる声の主は、小さな男の子だった。


 全身が傷だらけで、見ていても痛々しい程にボロボロな身体を震わせ、レイスの症状にも似た様子である。ふと、気が付くとその部屋には似た様な子供達が30人程、集められていた。


「き、君達は……一体」


「俺達はこの施設で黒膚病(シリア)感染者として幼い頃から、ずっと隔離されている。親元を半ば強制的に引き離され、治療と題し、色々な実験に使われてきた。そんな無茶苦茶な実験で、死んでいった奴も多い……そいつも、その状態が続けば何れ、死んでしまうぞ。これが、現状で最も効果の高い薬だ。そいつに呑ませてやれ」


 少年は青い錠剤を取り出し、水を手渡す。


 それは、この施設で開発された悪魔の抑止薬。堕天(シンラ)化を抑える事の出来る唯一の薬なのだと少年は言う。


「君達も一緒に逃げるか? 今なら警備も手薄で逃げられるぞ!」


「そうじゃない……警備なんて何の役にも立たないんだよ。そもそも、ここへ来た事が間違いだ。逃げられる訳がない。一度、足を踏み入れたら最後、奴がこの支部に居る限り、誰も外へは逃げられないんだ……北壁の知将。彼女の恐ろしさを知らないから……俺達はここに残るさ。病も治っていないし、外へ出て何が出来る? こいつら全員、行き場なんてないんだよ」


 少年は今にも死にそうな声で語る。


 絶望の中で生きて行く事しか叶わない、人生に歩みを止めた者の虚ろな瞳。


 そこに居る子供達は既に屍と同じであった。


「俺達はせめて、早く死ねる様にと努力するだけ……出来る事なら、殺してくれないか?」


 少年たちは不気味に笑い、ただ──そこに立ち尽くしていた。


「い、行こう……レイス! こんな所に居たら可笑しくなりそうだ。早くアマンダ達を見つけよう。そんな薬は飲まない方がいい」

「もう、ダメかも知れない……ランドール! 先に行ってくれ! 君を殺したくはない……」


 突然、ランドールの背から飛び降りたレイスは崩れ落ちるように倒れ込む。


 もう既に気力も体力も限界を迎え、今にもメファリスにその意識を乗っ取られそうになっていた。


「君は……そうか、俺達とは違う。感染者ではなく……根源そのものを体内に宿しているのか。器としての資質を持つ者……成り損ないの俺達とは全然違うな。出来る事なら、俺達を糧としてこの呪われた人生から救ってくれ……」


「あ゛あっああああああああああ──行けっ! ああ゛ぁ、グハッ……行けってぇ──ランドール!」


 レイスの怒号に走り出すランドールは、変異してゆくレイスを背にアマンダ達を探す為、1人──施設最深部へと向かう。


 そして、数分後……。


 子供達が居た部屋へとレジナルドが訪れた頃には、そこかしこに惨たらしい死体の数と化け物へと成り果てたレイスが、子供達の肉片を貪り喰っていた。


「哀れだな……これが、リア……お前の選んだ道なのか? 全く、何やってんだよ……俺に嫌な役回りばかりさせやがって、結局テメェは何がしたかったんだよ! 家族を守りたかったんじゃねぇのか! 欲に溺れ、救えるモノも救えねぇんじゃ……何の意味もねぇだろ! 自己犠牲も大概にしろよ! テメェも大切な家族の一員だろうがっ! テメェが犠牲になってどうするんだよ……馬鹿レイス! 大事なもん守り通したけりゃなぁ、他人を蹴落としてでも──その手を汚せよ! 英雄じゃ……家族は救えねぇんだ。聞こえてんのか!?」



≪キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ──≫

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