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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第09話◆
54/73

兄妹の絆 ④

 ソレをザックとナルバの2人が初めて見たのは──あの日、貪る様な物音に目を覚ました時の憂鬱な記憶である……。


 始まりは孤児院の1階にある2人とエミリアが、共同で使う小さな一室だった。


 ムシャムシャと夜更けには、聞き慣れない物音にナルバがエミリアを起こした事で、その声にザックも気だるそうに目を覚ます。


「エミリア……部屋の外に何か居る……」

「大丈夫よ。きっとイノシシか何かしらが、食料を漁っているだけよ。ここ最近、森の様子がおかしかったから……きっとそのせいね」

「はぁ……うるさいなぁ……こんな時間に何なんだよ!? 明日はアレクとカフラスが折角、オレの修行に付き合ってくれるっていう大事な日なんだから、静かに寝かしてくれよな。どうせエミリアの言う様に森の獣が間違って入ってきたんだろ? ナルバはここでエミリアと一緒に居ろよ。面倒だけど、俺が様子を見て来てやるから……ヤバそうだったら、レジ兄達を起こしてくるよ」


 そう言うとザックは、重い腰を上げて部屋を出てゆく。耳障りな咀嚼音に苛立ちながらも、動物を刺激しない様に慎重な足取りでゆっくりと廊下を進む。森では様々な獣が生息している事もあって、その対処には慣れたものだった。


 如何に相手を刺激せず、その場を立ち退かせるのかは、森に住む者にとって常に気を配らなくてはならない基礎知識である。


 要は音に敏感な獣は少しでも警戒させてしまうと、襲い掛かって来る危険性がある為、不用意には近づかずに他に意識を向けさせる事が重要であるという事。その基本として先ず、食事中は決して気配を気取られてはならない。



(……にしても、迷惑な奴だよなぁ。こんな夜中に来るなよ。大型じゃなきゃオレだけで対処するか……熊とかだったら、流石にレジ兄達を呼びに行った方が良いよな。この時期は一番、気性が荒いからなぁ)



 そうこうしながら思考を巡らせていると、物音が談話室から聞こえてくる事に違和感を抱く。



(あれ? ここに食べるモノなんて……置いてないよな)



 一瞬の迷いを気に留める事もなく、ザックは1階の談話室を開けた。


 そして、そこに居たモノに──ただただ、驚愕する。


 そこには森の獣とは到底、言えない真っ黒い体表の“何か”が一心不乱に肉塊を貪っている──扉が開いた微かな音に振り向いたソレは、ギョロっと紅蓮の瞳を見開き、ザックを見つめるや否やニンマリと血塗れの笑みを浮かべて笑った。しゃがみ込んだまま、手には肉塊を握り締めており、その長い手足に鋭い牙と爪が窓から差し込む月光に怪しく陰る。


「……っ……」


 動く事すらも叶わない現状にザックの足は、今にも竦みそうな程──震え、呼吸が荒ぶっていた。


 血流はドクンッ……ドクンッ……と、脈を打ち鳴らし、見つめ合ったまま互いに硬直が続く。


 まさに──ソレは、怪物であった。



    クチャ、ムシャ


         ムシャ、ムシャ


  クチャ、クチャ



 徐に肉塊をソレは頬張り、笑みを浮かべたまま視線もザックを見つめたまま。そして、咄嗟に視線を逸らしたザックは明確な事実に気が付いて背中を刺す様な悪寒に襲われる。ソレが頬張っているモノ……その小さくて無垢な肌に……見慣れた桃色の髪……。


 そして、小さく無残な体躯が2つ、血だまりの床に転がっていた。


「オルティス……ニフロッ!? はっ……」


 不意に声を出してしまったザックが慌てた様子で、口を両手で咄嗟に塞ぐも、その声に反応した怪物がゆっくりと歩み寄ってくる。それはまさしく、絶望が徐々に迫りくる恐怖と同じ。その場から逃げ出す事も叶わず、ただ現実に恐れおののき蒼白な表情で怯えていた。ザックは自身よりも大きな怪物を見上げながら、その場で立ち尽くしたままじんわりと漏らしてしまった。余りにも現実的な死を目の前に抗う術も、生きる希望すらも、思い当たらない恐怖を実感する。



(……起きなきゃ良かった。あのまま寝ていれば……)



 そう思った矢先、気が付くと次の瞬間には視界が変わり、自身の身体は宙に浮かび、玄関へと物凄い勢いで向かっていた。抱きかかえる確かな腕を認識し、咄嗟に見上げると、そこには涙で滲んでいてもハッキリと分かる勇ましい修道女(シスター)の姿があった。


「ジ、ジスダぁ~!!」


「にぃ! 生きててよかったぁ~!」

「2人共、しっかり掴まてって下さい!」


 修道女(シスター)アマンダはなんとナルバも抱きかかえたままザックを左脇に抱え、全速力で走っていた。それは、アマンダ程の年齢の女性がなせるとは到底、思えない様な光景である。そして、その後にはジュリアを抱いたエミリアが後を追い、そのすぐ背後には談話室から飛び出してきた怪物が物凄い形相でジタバタと追いかけて来ていた。


「ザック、無事でよかったよ! 修道女(シスター)が部屋に迎えに来た時は、どうなる事かと思ったんだから! 取りあえず、皆はこのまま街まで逃げて! 私が2階へ行って、皆を起こして来る!」

「ジュリーのいじわるパブルスが、まだお部屋!」


 エミリアに抱きかかえられたジュリアが先日、王都へ行った際におみあげで買ってきて貰ったぬいぐるみの有無に駄々をごね始める。しかし到底、取りに行けるはずもなく、ぐずるジュリアを見てザックは無意識に舌打ちを鳴らす。



(オルティスとニフロが死んでいた……喰われていた。そんな事、ジュリアに理解できる訳もないけれど、それでも今は黙っててくれ! いつもなら可愛くも聞こえる我が儘も、今は……)



「ジュリア、我慢して下さい! このまま街へ向かいます! エミリア、皆の事はお願いしましたよ。私はこの子達を安全な所まで逃がしたら、星騎士様を連れて戻ってきます。それまではくれぐれも無茶はしないで! さぁ、ジュリアをこちらへ!」

「お願いします! それと、ザック! アンタは男の子なんだから……もしもの時は、頼んだよ! ナルバもお兄ちゃんが一緒に居れば大丈夫でしょ? バケモノは少しでも逃げやすい様に私が気を引きます」


 エミリアは修道女(シスター)の背にジュリアを掴まらせると、1人階段を駆け上がりバケモノを呼ぶように声を上げた。


「こっちよバケモノ!」


 その声に引き寄せられるかの如く、怪物は階段を上ってゆき、3人を抱えた修道女(シスター)はそのまま森を駆け抜けてゆく。


 雨上がりのぬかるんだ道を子供を3人も抱きかかえたまま、アマンダは走る。


 その表情は必死で我が子を守ろうとする勇敢な母の顔だった。


 そもそも、孤児院の彼らにとってアマンダの存在はまさに母親同然。況してや、ザックとナルバ……それにジュリアに至ってはアマンダ以外の大人を知らない。街へ行く事のない彼ら年少組にとって、世界の全てが孤児院であり、アマンダや年長組がその大半を占めていると言っても過言ではないだろう。


 その全てであった世界の崩壊と共にオルティスとニフロの双子が死んだ。


 兄妹同然に育ってきた2人はザックにとっても実の弟と妹のようなもので、どうしてこんな事になってしまったのかすらも分からないままひたすらに街へと向かうアマンダの腕に抱かれていた。その表情はまるで抜け殻のように虚ろで、遠ざかってゆく孤児院を見つめて不意に溢れ出す涙に少しの安堵と大きな不安を抱く。


「──止まれ!」


 少し孤児院から離れた頃、突然に呼び止められたアマンダはその声に足を止めた。突然の出来事にアマンダも、3人を下して身構えていると木の影から姿を現したのはそこに居る筈のないレジナルドの姿であった。


 夜中に稽古でもしていたのか、その腰には剣が備えられており、表情もどこか疲労感が伺える。


「レジ兄! 孤児院がっ! 怪物が孤児院に!」

「レジ兄だぁ!」

「レジ兄っ!」

「レジナルド……どうして貴方がここに? アレは?」


 アマンダもどこか警戒した様子でレジナルドと話をしていると、不意にレジナルドはアマンダの肩に触れる。


「良いか? このまま北方へ向かえ……3人を何があっても守り通せ。今日の分は?」

「えぇ……打ったわ。でも……」


「北方に極秘で研究を進めているとある施設があるんだ。そこでなら恐らく薬品も手に入るし、匿ってもらえるかも知れない。孤児院の名を出せば協力はしてくれるだろう。こっちは俺に任せておけ、どうにかするさ。最悪の場合は……」

「分かったわ……貴方も……ごめんさいね。必ず守る! 約束するわ……貴方達も、特にレイスには……もっと貴方達と暮らして居たかった。もっと貴方達の母親で居たかった……」


 そう言うと、アマンダは悲し気な表情を浮かべ再び走り出した。3人を抱え、孤児院へと向かうレジナルドを背に向けて……。



 そして、現在──アマンダとジュリアの行方は不明のまま、何故かザックとナルバの2人だけが北方の極秘研究施設から脱走し、施設警備員に追われているのであった。そこから、第一師団の駐屯地にまで逃げて来た所、レイスの暴走に出くわすのである。

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