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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第09話◆
51/73

兄妹の絆 ①

 北方──残雪の都=エボーラにて、白銀の世界を駆ける小さな2つの影があった……。


「ナルバ、走れっ! 追いつかれるぞ!」

「にぃ、もう……疲れたよ。ナルは、もう……走れない!」


 極秘研究施設からの脱走を企てたザックとナルバは、その幼い身体で雪道を満身創痍で走り抜けていた。背後からは銃火器を武装した世界政府機関の施設警備員達が、発砲音と共に迫り来る。


 慣れない雪道に足を取られながらも、兄のザックはナルバの手を引き、懸命に走り続けていた。雪が血に染まり、ボロボロになりながらも森の中へと逃げてゆく2人。


「生き延びるんだ……それに、アマンダとジュリアを助け出さないと……オレ達だけが希望なんだ。孤児院のレジ兄達も無事でいるのかすら、今は分からないんだから! しっかりしろ! オレの妹だろ!」

「にぃ……寒いし、ナルの手足が……痛いよ」


「頑張れ! ナルバ!」


 2人は薄手の白い衣服だけを身に纏い、手足には頑丈な枷を掛けられたまま、その指先は霜焼けで赤く腫れ上がっていた。衣服にはそれぞれに番号が記されており、胸のエンブレムの下にはザックがNo.00856・ナルバがNo.00857と、まるで囚人の様な姿である。


 世界政府が秘密裏に堕天(シンラ)の極秘研究を行なっているその施設では、ザック達の様な幼い子供達が連れて来られ、被験体としての役割を与えられていた。遺伝子操作から投薬に至るまで、実に様々な実験のサンプルとしてその身体には、いくつもの注射痕が残っている。


「被験体No.00856とNo.00857が逃走中。能力が覚醒して暴走する危険性があります。見つけ次第、我々に射殺の許可を! あの化け物共を街まで逃がしてしまったら、大変な事になります!」


『被験体は絶対に殺すな! 貴重なサンプルなんだぞ……あの2人はやっと成功した()()()()()()()の適合者なんだ! 必ず生かして連れ戻せ! 街まで逃げられた際には、コードCを発令する。街一つ如き、この際だ……止むを得ん!』


 無線からの指令はあくまで生きたままの捕縛であり、ザックとナルバを最優先とするものであった。そんな事もつゆ知らず、2人は薄暗い森の中を駆け抜けて近隣の小さな街へとようやく辿り着く。



* * * * *



【北風の街=ハイデン】


 トワイライトでの一件以降、密かに北方へと辿り着いていたレイス達は、教団からの追手を警戒しつつも、情報を求めて色々な街を転々としていた。そんな折、ここハイデンまでようやく辿り着いていたものの、不確かな情報に踊らされ、施設の場所が特定できないでいたのだった。


「やっぱり極秘ってだけあって、早々に見つかる訳もねぇな……何処にあんのかも分からねぇ施設を探して、そろそろ金も底をついてきたぞ。どうすんだよ? そもそも、情報屋はどうした?」

「あの騒ぎで姿を消してしまったんだよ! 店にも立ち寄ったが助手の姿すら、誰も居なかっただろ?」

「パティ……お腹すいた……」

「俺も腹減って……あれから何日経ったんだよ。どうにか食料だけでも調達しておかないとこのまま全員、飢え死にしちまうよ……なぁ、レイス? 流石に一度、出直さないか? 孤児院へ帰れば多少なりとも、金はあるんだろ?」


 疲労困憊な4人は空腹にお腹を鳴らし、歩く気力すらも薄れ始めていた。


「ダメだぁ〜! 俺も腹が減って……」

「そうだね……確かにそっちも考えておかないと、この先はいつ星騎士と戦闘になるか分からないし……」

「ご・は・ん・♪ ご・は・ん・♪」

「……な、何かいい匂いが……」


 ランドールが匂いに釣られてユラユラと導かれてゆく。その後に続き3人もその匂いの先へ、疑いながらも向かってみると、そこには教団の仮設テントによる駐屯地が設営されていた。


 レイス達を追って先に到着していた中央第一師団が、仮設駐屯地にて今まさに窯焚きをしている最中である。


「ご飯だぁ!」

「パティ! ここは!」


 レイスが急に飛び出したパトリシアを咄嗟に抑え込み、即座に身を隠した。バレない様に物陰から顔を覗かせると、見知った顔もチラホラと伺える。


「おい……アイツら試験の時に居た奴らだよな? もしかして、新兵も駆り出されてんのか? だとしたら、レジナルドやユアも居るかもしれねぇな! どうする、レイス? アイツらに協力してもらうか?」

「それは……出来ないと思う。迷惑はかけられないし、それに……教団に属している以上、ロブやユアは僕らを捕まえざるを得ないんじゃないのかな? だとしたら、このままバレないに越したことはないよ」

「ご飯は?」

「あぁ……目の前に美味そうな飯があるって言うのに……世知辛いなぁ」


 項垂れるランドールは、そっとパトリシアの頭に手を添えて慰める。目の前で美味しそうに頬張る星騎士達に苛立ちながらも、その場を後にしようとしたその時だった。不意に視線を感じたアレクが背後を振り返る。


「……やべっ! 誰かいる!?」


「──あ、アレク? アンタ、こんな所で何……れ、レイス……な、何で?」


 その聞き慣れた声はユアのものであった。


 丁度、駐屯地へと帰還してきた第四番隊が物陰に隠れていたレイス達を発見する。


 そして、ユアはレイスと行動を共にしていたアレクへ辛辣な瞳を向けた。それが、皮肉にもアレクへ伝わる事はなく、ただその隣にレイスが居る事に嫉妬して止まない。


「どうして……アンタがレイスと一緒にいるのよ!? それに……こんな……訳の分からない連中とこんな所で何をしているの?」

「ユア……コイツら、俺達の追ってる奴らだろ? お前の……名はレイスと言ったか? どんな形をした野郎かは知らんが、ここで会ったのも何かの運命──大人しく捕まれ」


 隊長のシグロが抜刀の構えをした瞬間、レイスの様に武器が何処からともなく出現した。


 それは、刻印術式による簡易的な装備方法である。レイスの固有能力が最弱と謂われている所以であり、星騎士なら誰もが最初に身に付ける術であった。任意の武器を刻印によって手首などへ出し入れを可能にする術。


 そして、シグロが取り出した武器は全長3m程の太刀である。その太刀を抜刀の構えで握り、レイスを盲目故の研ぎ澄まされた感覚だけで狙いを定めていた。


「待って! いきなり戦闘なんて……話せば分かってくれるよ。私の家族なの……それに、アレクは……この件に関係ないでしょ!? 無闇に戦闘行為をするのが賢明だとは限らない。それに、今は師団に属している以上、貴方がこの第四番隊の隊長とは言え、上に報告する義務があるでしょ? 勝手な戦闘は許可されていないわ!」

「シグロ様、私も加勢致します」

「隊長がやるってんなら俺は構わねぇぜ!」


 すると、シグロに続き、ユファとワイルの2人も武器を取り出した。


 それぞれにユファがブーメラン、ワイルが大楯とランスを装備する。


「ジェンセン……お前が邪魔をすると言うのならお前諸共、斬るまでだ。家族だろうと犯罪者は犯罪者。第四番隊はレイス及び堕天(シンラ)討伐の任による戦闘行為を独断専行する。ここで逃しては祖父の顔に泥を塗る様なモノだ……ユファ、レイス以外は殺せ」

「仰せのままに……」


「待って!」


 唐突に襲い掛かるシグロ達の攻撃の前へ咄嗟に飛び出したユアは、同じ様に短刀を出現させて全ての攻撃をいなしてみせた。全身に風を纏い、その短い刃は風刃によって変幻自在と化している。まさに、実体のない刀とでも言うのだろうか。


 揺れ動く刃は無数に枝分かれしており、鋭くも優しく3人の攻撃を殺した。


「ユファ、ワイル……それに、シグロ……貴族のメンツだとか、祖父がどうとかどうでも良いのよ! どうしても彼らを捕らえたいのなら、先に報告をして……それからよ! 私達は無秩序な盗賊でもなければ、謀叛をする蛮族ですらない! 私達はこの国の……この世界の規律と秩序を守る星騎士なのよ! 勝手なヒーローなら、この組織には必要ないわ!」


「その通りだユア隊員。我々は星騎士であると同時に星教に殉ずる聖職者(クラージマン)。規律違反は神への冒涜」


 ユアの必死な熱弁に耳を傾けていたジェリスが済ました様子で現れる。


 そして、彼女の登場に驚いた3人は武器をしまい、ピッと背筋を伸ばした。盲目である筈のシグロさえ、その聞き覚えのある声に肝を冷やさざるを得なかった。冷たく突き刺さる様に冷徹で、新米の口を黙らせるには彼女の他に適任者はいないだろう。


「よく隊の暴走を止めた、ユア隊員。シグロ……貴様は祖父の名にこだわり過ぎだ! そんな事では貴様を隊長に任命した私のメンツが立たんだろう? それと、久しいなぁ……レイス!」

「ジェリス……貴女も来ていたんですか? てっきり諦めたと思っていましたが……」


「ふんっ……今やこの国中、何処へ逃げようとも居場所はないぞ!? 教団は中央の主力部隊である第一師団を動かしている。それもあの黒騎士様の師団だ……いくら孤児院育ちでも聞いた事くらいあるだろう? 王家を救った英雄……黒騎士」

「一個師団が動いてんのか!?」

「…………」

「それって美味しいの?」

「おい、おい!? レイス! こりゃあ、益々ヤバイぞ!」


 慌てるアレクとランドールとは裏腹にレイスは不気味な程に落ち着いていた。


 まるで、黒騎士に思い入れでもあるかの様に……不敵に笑みを浮かべる。


「黒騎士が英雄? アイツはただの人殺しだ……何が王家を救った英雄だ……ふざけるなよ」

「どうしたんだよ? なぁ!? レイス?」


「奴はここにいるのか?」

「あぁ……黒騎士様が率いる師団だからな。だが、貴様ら如きには到底、会う事すらも叶わない。大人しく投降すれば、会わせてやらん事もないがな……逃げようとすれば即座にそこの赤髪の首をはねる」

「待って下さい! ジェリスさん! 私が説得してみせますから……」


 咄嗟にユアがジェリスを止めに入ると、不意にレイスの殺意が溢れ出す。また、サジの家の時の様に漆黒の霊素(アストラ)に包まれて、背後にメファリスが現れていた。囁く様に──拐かす様に──それでいて、優しく嗾す。


 ≪──ネェ、アソボウヨ……≫

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