星騎士と霊星術師 ③
王都から飛び立つ4隻の小型飛空艇は、東西南北に分かれてバラバラに飛んで行く。目指すべき目的地は違えど、与えられた任務は北方へジョゼフを護送する第一番隊を除き、レイスの追跡及び──捕獲の任務であった。
「私たち星騎士以外にも、霊星術師と謂われている無所属の術師たちが大勢いる。彼らはおおよそ、その殆どが犯罪に加担し、そんな彼らを取り締まるのも私達の大事なお仕事なのよ!」
「へいへい……それで? レイスもそのビンゴブックに?」
レジナルド率いる第三番隊のリズベット・モルドが、オルギス=ワイズにビンゴブックを見せて話をしていた。
「ビンゴブックに載っている様な凶悪犯には、それぞれに危険度が割り当てられていて、私達みたいな新米が振り当てられる仕事は主に、強盗や窃盗といった類の最下層ランク:白の犯罪者がメイン。レイスは一応、霊星術師の枠に入るし、叛逆行為で逃亡犯だから、恐らくは白以上……同期の私達が捕まえられなければ、ランクは自ずと上がり、追手も実力のある星騎士が派遣されるって訳!」
彼らにとっては初の任務であり、各隊が各々に初任務へと向かっている所である。
それぞれがレイスの足取りを探る為に複雑な心境を胸に、王都の空を飛んでいた。そこから眺める景色は実に穏やかで、賑わう街並みに誰もが虚しさを感じざるを得ない。同期の追跡任務など、彼らにとってはあまり気分の良いものではないのだろう。
「黒蝶の鳳蝶は? 精鋭騎士長の熾天卿と同格、又はそれ以上だとも謂われているだろ? それに、レジスタンスとか……革命軍とか……そんな連中も、そのビンゴブックに載っているのか?」
「世界最強の男が率いる──歴史上最悪の盗賊団ね……それに、革命軍なんかも最早、別格と言える。ビンゴブック最上位ランク:黒の犯罪者……できる事なら関わり合いたくはないけれど、出会ってしまったのなら取るべき選択肢は一択のみ──逃げる事よ。まぁ、私らはレイスの追跡が目的なんだから、早々厄介な連中とは出会う事はないと思うけれど……レイスが……無所属な術師である事に変わりはない。まだビンゴブックには載っていないけれど、レイスがビンゴブックに載るとしたら、恐らくは下から二番目……緑に分類されるはず」
リズベットが手に持つビンゴブックに記載されている危険度は、5段階評価で下から白・緑・黄・赤・黒と表記されている。それぞれに顔写真と氏名・年齢・犯罪歴などが記載され、その上に危険度の色分けがされているのだ。詳細の記載がない者も多く、最上位の黒に指定されている犯罪者達は、世界に名を連ねる有名人ばかり……黒双の義賊を初め、革命軍の面々に未だ行方知れずの黎明義勇の幹部達。
世界的に懸賞金を掛けられている裏社会の猛者共である。
そんな連中にレイスが加わらないという保証は、どこにもない事をリズベットは理解していた。このまま追跡の任務を遂行し、万が一にもレイスがそんな連中と行動を共にしていようものなら、恩義はあれどレイスを殺さなくてはならない事実に焦りを見せていた。
冷たい風に揺られて、小型飛空艇の甲板から離れてゆく王都を眺めていたリズベットは、ビンゴブックをそっと懐にしまいレジナルドを見つめる。舵を握るセラの隣で、進路を静かに見つめているレジナルドは、今──何を考えているのか……。
「そう言えば、レジナルド? レイスと同じ孤児院で育ったのよね?」
「あぁ……だから?」
リズベットたちの会話を聞いていたレジナルドが、浮かない表情でセラに目線を向けた。
「あの2人が言うようにレイスは最早、無所属の術師たちと何ら変わりない。私も少なからずレイスには恩義があるし、多分あの2人にだって……それでも、任務は任務。教団がレイスを追えと言うのなら、私たちはレイスを追わざるを得ない。それに、レイスの最終試験官を務めていたシュラルド副中隊長の報告書を読んだけど……あの子、堕天の片鱗があると書いてあったわ」
「そうだな……任務に支障が出るようなら斬るだけだ……」
レジナルドは淡々と歯に衣着せぬ物言いだが、まるで上の空だった。それでも、セラは親切心で話を続ける。それが、レイスの為なのか、はたまた隊長であるレジナルドを気遣っての事なのか、セラもまた曖昧で複雑な表情を浮かべていた。
「私ね、第2試験中にレイスの治療をしたのよ。その時、同じ孤児院のフロドも一緒に居たんだけれど……レイスの自己治癒能力は正直……人間の範疇を超えていたと思うの。死んでいてもおかしくない程の重傷だったにも関わらず、レイスは直ぐに目を覚ました。それに、詠唱術式による私の治療術を施していたとは言え、あの回復力は異常よ! フロドには伝えられなかったけれど、レイスを追うならレジナルド……貴方には知っておいて貰いたかったのよ。あの子はいずれ──闇に堕ちる」
「そうか……その時は俺が責任をとる……そういう約束だからな……」
その瞳は虚ろに……メファリスを黄昏に宿した時の事を思い返していた。レイスの決断を止められなかった自身への後悔と結局、危惧していた通りの運命に苛立つレジナルド。
あの約束は本当に正しかったのだろうかと、レイスのあの時の微笑みに心が揺れる。
そして、それぞれの心中とは真逆に第三番隊は、レイス逃亡の第一現場:農村『ズーラム』へと向かい、静かに霧の中へ消えていった。
* * * * *
【黄昏の街:トワイライト】
「さぁ、ご飯よ」
サジの母親が上機嫌に料理を食卓に並べてゆくと、パトリシアはゴクリと喉を鳴らし、前のめりにスプーンを握った。今にも手を伸ばしそうなパトリシアにレイスがリハビリ中の左腕で捕まえる。
「こらパティ、まだだよ」
「お腹すいたぁ!」
「はははっ、パティちゃんは育ち盛りだからな!」
サジの父親も上機嫌に笑い、幸せそうな家族と共に食卓を囲む一時の平穏。リハビリも順調に進み、慣れた具合に義手を動かすレイスとアレクは本調子と言っても過言ではないだろう。
「子供が増えたみたいで、賑やかなのはいいわね」
「そうだな。いつでも家に遊びにおいで、私達夫婦は娘が研究室にこもりっきりで寂しいから。サジももう少し、親孝行してくれるとありがたいんだが……誰に似たのか。機械いじりばかりで、滅多に家へ帰ってこんのだよ」
「やめてよ、パパ! 恥ずかしい……そのうちに立派な技術者になって親孝行するわよ」
サジの両親はとても穏やかな性格でその見た目も、実に優しさがにじみ出ている様であった。サジの研究室がだらしないのもきっと、この両親に甘やかされて育ったのだろうと、レイスとアレクは少しだけ羨ましそうに見つめる。
「それじゃ、手を合わせて……星霊の加護に感謝し、限りある命に祝福を──いただきます」
「いただきます」
突き立てた親指を眉間に当てて、静かに祈りを捧げるその様子は、孤児院で暴れまわっていたあの頃とはまるで違う。あのアレクでさえもその神聖な祈りを大切にして、おとなしく瞼を閉じていた。
そして、食事を始めると不意にランドールがレイスの義手を見つめる。
「なぁ、その……レイスとアレクの義手には結局、孤児院から持ってきたアレを使ったのか?」
手術以前、レイスが一度孤児院へと戻っていた時の事である。
それは、亡くなった家族の遺品……ダンとカフラスの残した武具をそれぞれが、義手の素材としてサジに提供していたのだった。もともと、ダンの反重力ブーツはフロドのモノであり、カフラスのソウフの指輪はアレクが貰い受けていたのだがフロドの意向もあり、反重力ブーツはレイスへと受け渡されていた。
そして、その遺品をそれぞれの義手の素材として、持ってきていたのだった。
2人の事を思い、孤児院に置き去りにされたままの2つの武具を……2人の遺志を紡ぐかの様に、新たな形となってレイスとアレクの片腕にそれぞれ宿る。
黒く硬質なアダマンタイトの義手には、反重力装置とランドールに渡した試作品の腕輪と同じ、偽証の刻印が刻まれている。ダンとは戦闘訓練のペアを組む事が多かったレイスにとって、意味のある決断であったと言える。それは、アレクにとっても同じで、孤児院以前から共にツルんできたカフラスの形見を自身の義手に組み込んだのには、それなりの理由があった。
「前にもランドールには話したと思うけど、カフラスは俺の相棒みたいな奴だったんだよ。そいつの形見だからな……俺にとっちゃ、本当の兄弟みたいだった。俺らの中で先陣を切るのはいつもカフラスで、レジナルドに次ぐ実力の持ち主だったんだ。俺とは違って、頭も良くてよ……昔っから悪巧みをする時には、アイツがいつも作戦を考案してくれていた……」
「そうだね。カフラスは孤児院の中じゃ、一番の策士だったかも知れない。ダンもカフラスも、一度も外の世界を見ずに死んでしまった。外の世界に一緒に連れて行ってあげたいんだよ。だから、僕ら生きる者が──その遺志を紡ぐ」
それぞれに背負った遺志は、あの頃……共に夢を見た淡い思い出。
「そうか──遺志を紡ぐ……か……」
ランドールもその言葉の意味を考えていた。
記憶のない自分。
忘れてしまった過去を思い、何処と無くその言葉が心に引っかかったまま、その夜を終える。




