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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第08話◆
45/73

星騎士と霊星術師 ①

星十字騎士教団(クロス・シエス):中央本部】


 アルブム大聖堂『別名:GRAND LODGE』に集まる16名の新米星騎士。


 それぞれ入団試験の時とは、まるで風格も表情も異なり、凛とした面構えで教団の白いローブをその身に纏う。幾千もの修羅場を乗り越えてきた16名は、ようやくここまで辿り着いたのだ。一様に祭壇を見つめ、これまで試験官を勤めていたジェリス=べチェットが、その口を開くのを静かに待っている。


「──今日から貴様らも我々、教団の一員となる! その胸に与えられた称号は飾りでも、権威でもない!」


 それぞれが1つ星の勲章を胸に輝かせ、腕を後ろで組んだまま、ジェリスの話に耳を傾ける。その表情は誇りや疑念に満ち溢れ、正義を重んじる者やこの先の任務に不安を抱く者など、その様子は様々であった。


「今日、共に釜の飯を食った仲間が……明日は死体として戦場を転がっている事など、ザラにある事だ! ここにいる16名の内の半数はおよそ1年後、いや……半年ともたずに死んでゆく事だろう! しかし、それでも我々は誓に遵守する! 仲間の屍を乗り越えて、世界の……均衡と秩序を保つ為に! 民が安心して眠れる夜を死守する為に、我々は死ぬ事をも厭わない!」


 ジェリスの恫喝はそれぞれの不安を煽り、全身の毛が逆立つ様な迫力さえ感じさせる。生唾をゴクリと飲み込む彼らの数人は、覚悟が甘かったのだと最終試験で悟った筈。それでも尚、ここにいるという事は無慈悲に人を殺す意思を見せ、自身の死すらも覚悟した証であった。


「世界の為──その手を汚し、己が信念を殺せ! 貴様らは星霊(アニマ)の使役者……星教に殉ずる聖職者(クラージマン)なのだと、今ここにその命を誓え!」


 威圧……ジェリスの恍惚とした怒号が全員の瞳に喝を入れる。


「これより神聖なる星騎士の儀礼を執り行う! 各自、疑念は捨てろ! 迷う者は神に喰い殺されるぞ……これより執り行うのは通称『神降し』と謂われている降霊術の一種だが毎年、神に喰い殺される連中が続出していてな。星霊(アニマ)との契約を結べる者はその資質がある合格者の中でも約8割程度だ。中にはエグい死に方をする奴もいるが、我々は死んでゆく者を助けたりはしない。それに、助けようとする者も神への冒瀆と見なし──この私が自らの手で断罪する!」


 ざわめき始める最中、レジナルドがユアの不安そうな表情に思わず、声をかけた。


「ユア……お前、大丈夫だよな?」

「あ、当たり前でしょ? 残るって決めたんだから! 私は強さが欲しい……馬鹿アレクや、お人好しなフロドみたいにチャンスを棒に振るほど腑抜けていないのよ。私は無鉄砲なレイスとも、傲慢なメファリスとも違う。純然たる強さだけが、私の自信に繋がり……故郷に……あの人に誇れる私になるの!」


 思いを馳せる霜月の星騎士に追いつく為にもユアは、教団に入る事をずっと夢に見ていた。それが今、叶うというのに何を迷う事がある。欲する物が目の前にあるのだから、迷わず手を伸ばせばいいだけだ。


「それでは──覚悟を決めろ! これより、術式を展開する」


 ジェリスが両手を勢いよくパチンッと合わせた途端、大聖堂の中は暗闇に包まれて、淡い蛍火が16人の周囲を囲う。揺れる様にユラユラと暗闇の中で彼らを照らし、嘲笑うかの如く深淵が徐々に広がって見える。


 それは、不気味というよりも、まるで──恐怖そのモノ。



      ハハハハッ……


  ハハハハハッ……


         キャハハハハハッ……



 小さな子供達が似非ら笑う様に耳障りな声が脳内に響き渡る。


 それはまるで言霊の様に増え広がり、精神を侵してゆく。


 周囲の視界を虚ろに歪ませて、幻覚の様なモノを見せるのだった。


 それぞれの内に秘めた憎悪・殺した子供の幻聴。


 過去のトラウマが蘇り、呼吸が次第に乱れてゆく。



 ≪オネエチャン……星騎士になる為に……何を犠牲にしたの?≫



「はぁ……はぁ……はぁ……違う、私じゃない! 殺したくて、殺した訳じゃない!」



 ≪この糞ガキ! お前なんて……産まなきゃ良かったわ……気味の悪いガキ。お前なんて私の子じゃないわ! 何処ぞでのたれ死んで欲しいものよ……お前は一生、幸せになんてなれないんだよ!≫



「お母さん……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん……なさい!」



 ≪おい、このガキ高く売れそうじゃないか? 母親は殺しちまったが、娘は殺すなよ! 大人しくしていれば、悪いようにはしねぇからさ……お嬢ちゃん、良い子だな。おじさん達が金持ちの所に売ってやるからな? ほら、笑えよ…… ≫



 男達は気持ちの悪い笑顔で語りけてくる。目の前で殺された母に同情のカケラも抱く事はなく、それでも何処かにポッカリと空いた穴は、どう足掻こうとも埋まる事はない。そして、力なき少女は冷たくなった親元を離れ、人さらいに連れて行かれた。


 何処か辺境の奥地に収容され、死んだ様に笑う事さえも忘れてしまう。


 いずれ売り飛ばされるその日まで、心は擦り切れて瞳はくすんだまま。


 そんな過去も朧げにユアは黒膚病(シリア)感染者の子供を殺め、血に染まった自身の手を見る。



 ≪オネエチャン……星騎士になる為だけに……私をコロシタノ?≫



「煩い、煩い、煩い、うるさい! 私は星騎士にならなきゃいけないんだ! 力を欲して何が悪い! 私は強くならなきゃ……何も守れないままの自分じゃ嫌なんだよ! 大勢の人々を守る為に多少の犠牲は仕方ないでしょ……そ、そうでしょ? そうだって、言ってよ……」


 その途端、耳障りな笑い声がピタリと消え、背筋にゾッと悪寒が走る。


「へぇ〜君、面白いね。実に素直な人間だ。犠牲は時として必要だよね」


 不意に背後に現れた声の主。


 咄嗟に振り返ったユアはその星霊(アニマ)の姿に見惚れ、固唾を呑んだまま瞬きすらもしない。


 妖艶な白い毛に覆われた大きな狐。


 鋭くギョロッとユアを不気味に見つめ、風を優しく纏う。


「僕の力を君に分け与えよう。僕は風の星霊(アニマ)=宝瓶宮♒️:アクアリウス様を守護する眷属──白狐の星霊(アニマ)だ。君をこの身に変えて守護し、僕の力を誓約により分け与える。君の望みを聞き受けようぞ」

「望み……?」


 ユアは突然の出来事に困惑し、目の前の白狐を呆然と見つめたまま固まっていた。


「何だ? 誓約を知らないのか? 僕ら星霊(アニマ)は古来より、人に宿りてその力を分け与えてきた神々の眷属であり、君が望めばその対価によって如何なる望みをも叶える事が出来る!」

「何でも!? 対価って何を支払うの?」


「それは君が決める事さ。僕らは君たち人間に固有の能力という形で、望みを叶えるだけ。それが、どんな力を望むのかによっても対価は変わるし、対価次第では不老不死にだってしてあげられる。でも、僕は風を司る星霊(アニマ)だから、性質的には風にまつわる事で願った方が能力としての効力は大きくなる。僕に炎の力を求めたところで、支払った対価に比べて与えられる能力は、微々たるモノに過ぎない。分かるかい?」

「でも……星霊(アニマ)と誓約を結んでいなくとも固有能力を扱える人もいるでしょ?」


 ユアは不意にレジナルドの事を思い返していた。レイスは以前、白蛇の星霊(アニマ)を呼び出していた所を何度か見たけれど、レジナルドは今まで一度も見せていないどころか、レイスの白蛇を羨ましいとさえ言っていた。そんなレジナルドは何故か固有能力を扱えていて、性質変換や特異術式に至るまでズバ抜けた才覚を見せていたのだ。


 実際、そういうモノなのだとばかり思っていたけれど、レイスの白蛇が本来の形でレジナルドが異質である事を初めて知る。


「それはあり得ないね。星霊(アニマ)との誓約なしに固有能力は発現しない。それが星界の掟であり、この世の真理だとも言える。もし仮にそんな人間が存在するというのなら……その者は()()を侵している事になる!」

「そう……で、その誓約って今すぐに決めなきゃいけないモノなの?」


 浮かない表情をするユアは白狐に尋ねた。


 それは、安易に答えられる内容でもないし、自身の根源たる能力に関わる事なのだから、その質問は至極当然の判断である。レイスの様に物質を保管するだけで、戦闘には不向きな能力など星騎士にとっては使い物にもならない。そもそも、対価を何にするかによっても叶えられる能力が変わると言うのなら、尚の事──誓約は慎重に決断するべきだろうとユアは考えていた。


「そうだね。別に僕は構わないよ。君の中に宿らせてもらえれば、いつでも力を貸そう。誓約は後日にでも、特別問題がある訳でもないからね。稀に無能な誓約をする者もいるから、色々と考えてみるといい。僕との誓約は1度きりの貴重な経験だから、焦る事はないよ。自身を見つめ、性質と向き合うがいいさ」


 そう言うと、白狐は煙の如く虚ろに消え去り、ユアは大聖堂の真ん中で目を覚ます。


 突っ立ったまま何処か、異次元にでも行っていたかのように不思議な感覚を残して周囲を見渡していた。大聖堂の中は明かりに包まれ、周囲には先ほどと同じく、16人の同期達が集まっているままだ。


「どうだった?」


 すると、隣にいたレジナルドが肩を掴み、突然話しかけてきた。


 その表情には何の後ろめたさも感じない。


 まるで、いつも通りの優しい笑みを浮かべてユアを見つめていた。星霊(アニマ)の言っていた事が事実ならば、孤児院の家族にさえ隠し事をしていたレジナルドに不審の目を向けるユアだったが、グッと言葉を飲み込みいつも通りに笑みを浮かべて見せるのだった。


 偽りの仮面を被り、レジナルドの真意を探る為。


「大丈夫! 儀礼は無事に終わったわ……そっちは?」

「あぁ……俺も特に問題はないよ……」


 ユアは急にレジナルドという存在が恐ろしく感じてしまった。


 正義心の強い彼は孤児院の中でも皆に慕われており、飛び抜けた才覚を見せていたからこそ、疑わしいと思える節がいくつもある。そして、恐らくは誰もレジナルドの過去を知らないという事が、ユアの中でますます疑心暗鬼を抱かせてゆくのだった。

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