微睡みに笑う黄昏 ⑥
手術を受けるレイスとアレクは、悶絶する程の痛みに耐え抜き、接続機器を──その失った片腕の傷口に取り付けてもらう事となった。
1本、1本、丁寧に神経や筋肉を繋ぎ合わせ、義肢専用プラグを差し込める接続局部を埋め込む。
そして、頑丈な外殻で接合部を守り、精密箇所を覆う様に固定。
これが所謂『義肢コネクタ』とも呼ばれ、義肢を簡易的にメンテナンスや交換が出来るように、いつでも取り外せる為の医療技術である。しかし、その手術に於ける激痛は想像を遥かに逸し、傷口を高熱の針で抉られているかのようだと、語る者も多い。
夜の手術室からは2人の恐怖と激痛に歪む、叫び声が鳴り響き──ランドールは膝で眠るパトリシアの耳を塞ぎながら、ガタガタと震えていた。
「「ぎゃあああああああ!」」
(悪夢だ……きっと、あのサディスティックそうなサジって研究員にオモチャを解体するかの如く弄ばれて、想像を絶するような悍ましい光景が繰り広げられているに違いない!)
そして、日が明ける頃──ようやく手術室から出てきたサジは満面の笑みで血塗れになっていた。それはもう、サディスティックとか言う次元ではない程に火照った身体を冷ますかの如く、清々しい表情を浮かべて手術室からニッコリと顔を出すのだった。
「終わったよ……」
「はぁ!?」
その後から手術を手伝っていた助手達がぞろぞろと疲労しきった様に手術室を後にして、奥の手術台に横たわる2人の姿をランドールは見た。
* * * * *
それから日は変わり、レイスが目覚める頃には夕焼けが窓から差し込み、レイスの瞼を擦る。
「んぅ〜……」
微睡みに背筋を伸ばし、重たい目を開くとそこは見慣れない洋室のベッドであった。
左腕の違和感に手を当てると、そこには義肢コネクタが取り付けられており、義手はないものの機械的な冷たさが指先に伝う。手術の成功にホッと肩を撫で下ろし、安堵するレイスは茜色に染まる空に目を向けて、少しだけその表情が陰っている様にも見える。
──コンコン。
部屋の扉をノックする音と共にランドールが顔を見せると、レイスはニッコリと悲しげに微笑んだ。
「その腕輪……大丈夫みたいだね」
そう言うレイスは何処となく儚げに目線を逸らし、俯いていた。
「お陰様で、街の人にもサジさん達にも違和感なく接してもらえるよ。本当にこれまでバケモノ扱いされていた事が、不思議なくらいにすんなりと馴染めていて凄く嬉しいよ」
「それは良かったね。ところでここは?」
「ここはサジさんの自宅だよ。レイス達をここまで運ぶのに一苦労したんだから。2人して気絶しているし、パティもまだ眠っていたからホント大変だったんだよ?」
「アレクとパティは?」
「2人なら下で夕食の手伝いをしている。レイスも着替えたら下に降りておいで」
「うん……わかった」
返事をしたレイスの表情にランドールは心配を寄せながらも、何も言わずに部屋を立ち去る。そして、徐に黄昏から氷の花を取り出したレイスは窓辺から差し込む夕焼けにその花を翳して、ある出来事を思い返していた。
自身の耳に輝く霊奏のピアスを部屋の鏡越しに見つめ、右手に握り締められた氷の花の冷たさがじんわりと心に染み渡る。
* * * * *
それは、惨劇の前夜──満月が2人を照らし、湖畔に浮かぶ氷結の睡蓮が躍っていたあの日の事。深夜の水面は薄っすらと月明りに照らされて、いつにもなく薄い霧の切れ間から、キラキラと輝く──数多の氷花。
フロドはレイスと話をしながら、性質変換で創り出した睡蓮を水面に浮かべて黄昏れていた。
「最近、ロブって1人行動多いよね。ミアも……王都へ行ってからぱったり孤児院にも遊びに来なくなったし、もしかして喧嘩でもしたのかな?」
「さぁな……元々メファリスは、孤児院に住んでいる訳じゃないし、コーランドさんの幽霊屋敷に行けば、普通に会えるだろ? それに、そんなに心配ならレイスが行ってやればいいだろ?」
「ムリ、ムリ、ムリ、無理! フロドがついて来てくれるならまだしも……」
「いいよ。今晩はもう晩いから、また今度なら」
「あ、ありがとう……」
「よし──こんな所で良いだろ!」
徐に立ち上がるフロドはレイスの手を優しく引き、自身のピアスを外す。
「さっきから何してるの?」
「レイスのピアスも貸して。番い結晶って知ってる?」
そして、対のピアスも受け取り、そこに埋め込まれたレイスの瞳と同じ色の結晶を重ね合わせて、その2つを接合する。すると、2つのピアスが綺麗に結合してゆき、裂け目さえ見えなくなってしまった。
「これが所謂、番い結晶ってやつだ。元々は1つの結晶体であるこの石に刻印術式を刻んで2つに分けると、そこに込められた刻印は再び重なるまで──永遠に消えないっていう古い術なんだけど……」
「なんだかロマンチックだね。フロドってそういうのが好きなの?」
はにかんだレイスの瞳はまるで透き通ったエメラルドの様に輝く。
幼いながらに整った顔立ちの少女を……物静かな眼鏡の少年は、まるで焦がれるようにジッと見つめていた。
「──今、この番い結晶は重ね合わせた事で元々の術式は消えた。俺はレイスにとっての騎士でありたいとずっと前から思っていた……だから、この番い結晶に新たな俺達の誓いを刻みたいんだよ」
「そっか……ちょっと、照れ臭いけど……いいね、そういうの」
頬を赤らめるレイスは視線を逸らし、水面に浮かぶ氷の花に目を向けた。
フロドの創り出す造形花はとても繊細で、実に儚い気持ちを抱かせる。以前、黄昏に保管した氷の花はレイスにとっても大切なモノで、元気がない時には決まってフロドが花をくれていた。
そうしていつも気に掛けてくれるフロド=バーキンスが、いつしかレイスの中でもとても大事な存在へと変わっている事に気付かされる。
「フロド……フロドにだけ、僕の……大事な秘密を教えてあげる。ロブにも、ミアにも教えていない大事な秘密」
「秘密? そんな大事な秘密を聞いちゃってもいいのかよ?」
レイスは縦に小さくコクリと頷くと、フロドの耳元に顔を寄せて──そっと呟く。
それは、自身がずっと隠してきた秘密。
誰にも知られる事のないように、必死に秘め続けた過去の呪縛。
真実は常に闇の中に隠されて、その事を知る者は限りなく0に近いだろう。
「──僕は、___________……」
「えっ!?」
すると不意に、驚くフロドの頬へそっと唇が触れた。
恥ずかしそうに照れ笑いを見せるレイスは、いつもの調子でフロドの胸に拳を優しく当てと、ニッコリと笑みを浮かべて視線を逸らす。
「内緒だからね!」
「…………」
普段は絶対に見せない乙女なレイスに見惚れ、フロドは瞬きをする事すら忘れてしまっていた。不意に自身の頬に触れた柔らかな唇。自身だけに知らされたレイスの秘密。あまり普段から動揺を見せないフロドでも、この時ばかりは少しだけ、ポカポカと体温が温まっている事実に動揺の色が垣間見えていた。
「それじゃあ、始めようか? フロド、それでどうするの?」
「あぁ……水面に沢山の氷の花があるだろ? あれに刻印術式を既に刻み込んであるんだ。だから、俺達は湖畔の中心に立って、この番い結晶に互いの霊素を流し込む」
そういうと、フロドは湖畔の中央に続く道を凍らせて、レイスの手を引きながら、水面の上をゆっくりと歩いて行く。中央にまで辿り着くと互いの手を重ね、握られた番い結晶に2人は霊素を注ぎ込み始めた。
それと同時に、周囲の氷の花々が粒子の様に砕け散ってゆく。
まるで、星が降る様に──水面に映る夜空は砕けた氷の結晶で月光が屈折し、燦然と輝きを放ち始めるのだ。満天の星空が湖畔に反射しているかの如く、レイスとフロドの2人を覆う小さな粒子は、その刻印を番い結晶に刻み込み、集束されて輝いている。
その光景は幻想的なまでに魅了され、霧染まる森の中を一瞬で輝きに包み込んでいた。
「わあぁああ! 凄く綺麗……」
全身を巡る鳥肌にレイスの瞳は、キラキラと粒子の様に輝いていた。
術式が完全に刻み込まれると、光は消え──フロドは真剣な表情でレイスの手を強く握る。
「──いつ如何なる時も、俺はレイスの事が1番大事だ! レイスに危険が及ぶ時、この番い結晶が俺にレイスの危険を知らせてくれる。だから、レイスは笑って……俺の傍に居てくれ。俺が手の届く範囲に……助けられる距離に……レイスだけが大切なんだ。レイスが傍に居てくれれば……それだけで十分、俺は幸せだから……」
2人の手の中で砕けた番い結晶は綺麗に2つに分かれ、2人の耳に再び戻る。
この刻印術式を組む為だけに夜遅く、レイスを連れ出したフロドであったが、その報酬は図らずも嬉しいモノだけではなかった。レイスの抱える秘密を知り、人知れず覚悟をせざるを得ないと、自身の心にレイスへの思いを更に強める結果となった。
* * * * *
そんな淡い思い出も、今では遠い過去なのだろう。
レイスはフロドを思い、教団への叛逆行為に家族を置き去りにした身勝手な結果を悔やんでいた。自身の選択が正しかったのかどうかも、今の現状では計り知れない。それに、アレク以外の安否さえ分からないのだから、レイスの不安は少しずつ膨張してゆくのみであった。
「フロド……」




