微睡みに笑う黄昏 ⑤
【孤児院=MOTHER LODGE】
一方、アレクとランドールはと言うと、一向に変身術を習得できずに疲労も蓄積してきて、ただただ苦戦していた。そもそもランドールの見た目が蛙である事は、何らかの術による影響ではないかと疑問を抱き始めていたアレクは、地面に腰を据えて考え込む。
「これは誰かしらに霊星術を掛けられているのかも知れないな。基本的に術式の上書きは出来ないんだよ。一度、掛けられている術式を解いてからじゃないと、どうにもならない! こんな時にレジナルドかフロドが居てくれればなぁ……」
「そうか……まぁ、これだけやっても出来ないんじゃ仕方がない。一応、他の術は扱えるみたいだし、見た目は物理的にどうにかするとしよう」
そう言うと、ランドールは右目に負った古傷を抑え、深くため息を吐く。
見慣れない自身の異様な姿に──失われた記憶。
自分自身が何処の誰で、一体何の為にこの国にいるのかすらも分からない現状に少しの苛立ちが垣間見えた。
途方に暮れた先の未来にランドールは少しの自信さえ、失いかけていたのかも知れない。
そして、ランドールは休憩の為、一時的に孤児院の玄関へと向かう。小さな階段に腰を掛けて寛いでいるとアレクは、アングレカムという白い綺麗な花を携えて、そのまま孤児院の横にある半壊した教会の脇へと歩いて行った。
その浮かない表情にランドールはコッソリと後を追い、アレクが小さな2つの墓の前に花を添えている様子を静かに伺う。
(──以前、レイスが言っていた事件の……)
遠目で墓に刻まれた名前までは分からなかったけれど、アレクの背中からその心情を汲み取り、そっと玄関へと戻るランドール。
星教のシンボルにもなっている『祈り』の花言葉を持つアングレカムは、その白く静寂な雰囲気と気品に溢れた神聖な色合いが、亡き人へ贈る花として広く知られている。
ランドールも何故かその花の由来を知っており、孤児院の庭に育てられているアングレカムの花壇を儚げに見つめていた。
すると、アレクは何食わぬ顔でランドールの元へと戻ってきて、頭の後ろで腕を組み、明るく笑って見せるのだ。
「そろそろ、ちゃんと計画を練らないとな。ランドールの変身術が無理なら、国外へ出る方法も色々と探さなきゃなんねぇし……パトリシアの事も今後どうするのか、色々と決めねぇと。レイスは何か言ってたか?」
「どうだろうな。レイスはレイスで色々と抱えているみたいだし、男の俺らがしっかりしないと。レイスにばかり頼ってはいられないだろ? 霊星術で姿を偽るのは無理でも、物理的に隠す事は出来るんだ。その方向性で模索するしかないだろうな」
ランドールの発言に首を傾げるアレクは、徐にランドールの瞳を見つめる。
「何でレイスと俺達を分けるんだ? アイツは女々しい所もあるが男だろ?」
「えっ!?」
(コイツ……レイスを男だと思っているのか? いや、それとも……いやいやいや。本人も女だって認めていたしなぁ……でもコイツ、レイスと一緒に暮らしていたんだよな? 何で逆に知らないんだ?)
困惑するランドールは、さも当然の様に飄々とするアレクを見据える。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
「あぁ……アレクはレイスとどれくらい付き合いがあるんだ? 一緒に住んでたんだろ?」
そして、ランドールはアレクの鈍感さに驚きつつも、自身が間違っているのかも知れないと、不安を払拭する為にレイスとの過去を詮索する事にした。
「アイツとは3年くらいかな。俺が11の時にこの孤児院へ来たから、多分その位だ。アイツ、男の癖に弱っちいしよ、昔は今よりも相当ビビりだったから、よくカフラスと一緒に揶揄ってたんだよ。幽霊なんて存在してない! とか言って、内心ビビり倒していたからな。最近のアイツを見ていると、どこか吹っ切れた様にも感じるし、頼もしくもなったよ」
「3年間……逆に凄いなお前……」
唖然とするランドールを気にせず、アレクは話を続ける。
「俺とカフラスって奴は元々、貧民街で盗みなんかをして暮らしていたんだが、教団に取っ捕まって……路地裏でボコボコにされている所をレジナルドに助けられたんだ。その時にメファリスって女の子とレイスもその時、一緒に居たんだけどさ……レイスの奴メファリスの影に隠れて情けねぇなって思ったのが、アイツの第一印象だよ。女みたいな綺麗な面して……」
「──誰が情けないって?」
そこへ丁度、帰宅したレイスが現れた。
太々しく腕を組み、頬を膨らませながら、アレクの背後に立っている。ビクッと驚いたアレクは振り返り、咄嗟にレイスの肩へ腕を回し、徐に小さな肩をギュッと抱き寄せた。
「別に事実だろ? それも当時の話じゃねぇか、今は別に情けねぇとは思ってねぇよ。それより、情報屋の方はどうだったんだ?」
「あっ……お、おい、急に何だよ! 離れろよっ!」
レイスは咄嗟にアレクを突き飛ばし、顔を赤面させる。
昔から距離感の近いアレクにレイスは度々、困惑していたのだ。正直、レイスが女である事を知らないのは、チビ達とアレクくらいなモノなのに……誰も、アレクにその事実を伝えようとはしなかった。
「取り敢えず、情報屋に調査は任せてきたよ。何かあれば連絡するそうだ。それで、その調査の一環で義手の研究施設へ行ったんだが、アレクも僕と一緒に義手の手術を受けてみないか? 僕はある程度、資料を見せてもらったんだが、今後の為にもアレクは義手にした方が良いと思うんだよ。何分、その腕じゃ色々と不便だろ?」
レイスとアレクは互いに腕を1本づつ、あの惨劇の日に失っていた。
その為、普段はマントで隠している事も多いが、生活に支障がないと言えば嘘になるだろう。あの一件以来、教団の試験でも腕のハンデは実に大きかったとアレク自身、思う節がある。
それなのに現状──腕は、失われたままだった。
レイスは研究施設で多彩な義手に魅せられ、アレクにもその技術を進める為に一度、孤児院へ戻ってきたのだと言う。パトリシアは研究施設の彼女に預け、急いで戻ってきたのだとか。
手術や適合性の試験を諸々考慮しても、実に3日はかかる。その後のリハビリを含めれば、凡そ2~3週間は研究施設で彼女の下にお世話になる他ないらしい。
「分かったよ。俺もその技巧義肢技術義手しゅじゅ……ぎしゅ……あぁ、言いづれぇ! クソがッ!」
「技巧義肢技術義手手術ね」
レイスはドヤ顔でスラスラと言ってみせる。
すると、ランドールが寂しそうな表情を隠して、徐に立ち上がった。
「俺は……孤児院に残るよ。変身術も上手くいかなかったし、まだ街へ行くには……」
「それなら、良いモノがあるよ。これ、役に立つんじゃないかな?」
そう言うと、レイスは黄昏から腕輪を取り出す。それは銀色に輝き、複雑な刻印が記された霊星術の施されている綺麗な腕輪。
「何だよ、この腕輪?」
「研究施設の人に貰ったんだよ。偽りの腕輪って言ってね、身に付ける者の姿を曖昧にするっていう少し変わった腕輪なんだけれど、研究段階の試作品だからって貰ったんだ! 本来は僕の身を隠す為に貰ったんだけど、これ……ランドールにあげるよ。これで僕らと一緒に街へ行けるだろ?」
「あ、ありがとう、レイス!」
そして、身支度を済ませた3人は、パトリシアを預けた研究職員の下へと急いで向かう。
* * * * *
【技巧義肢開発センター:Artificial Limbs開発技術部門】
「お待たせしました。こちらがカタログになります。それと、名乗り遅れましたが私、技巧義肢開発センターの研究室長を担っております──サジ・トレイヴォという者です。宜しくお願い致しますね」
そう言って彼女が持ってきた大量のカタログには様々な義肢が載せられていた。
素材から機能に至るまで、本当に様々なラインナップである。それを見つめ、アレクは脳みそがショートしたかの様に固まり、レイスを反射的に見つめたが、楽しそうなパトリシアと戯れているご様子だった為、困り果てたアレクは正眼にサジを見つめて答える。
「一番強いので……」
「あ、あの……色々と機能がございまして」
「だから、一番強いヤツで……お願いします!」
「そ、そうね。取り敢えず、適性検査からしましょうか?」
折角持ってきた資料には一切目も触れず、分かり合えそうにないなっと感じたサジはアレクを連れて、検査室へと向かった。レイスは既に自身の型を決めており、明日の手術に向けて少しだけ不安を誤魔化す様にパトリシアと戯れていたのだった。
人生で手術を受ける事になろうとは思いもよらなかったが、それでも腕が擬似的にでも治るというならと、喜んでいた矢先……いざ、その事実が近づいて来ると、思っていた以上に恐怖が込み上げてくるのだ。
「レイス、怖いの? パティが怖くなくなる魔法の言葉を教えてあげる!」
「べ、別に怖くなんかないよ? 因みに何て言葉?」
「──人はね……誰も劇的に死ぬとは限らないから、明日を見据えるより、今を大切にしなさい。って黒様が言ってたよ!」
「…………」
「それはまた……あ、あんま気にすんなよ! なっ!? 大丈夫だよ!」
ランドールの励ましに泣きそうになるレイスは、パトリシアの頭をポンポンと撫でてから、儚げに笑みを浮かべてサジの元へと向かった。少しでもメンタルを回復する為に今は、アレクと一緒にいた方が賢明であると判断したレイスは、明日への不安を胸にサジの背中に縋る。
そして、次の日──手術室へと向かう2人の勇姿が、そこにはあった。




